2013年8月26日月曜日

日高路の秋

御坊市の花火大会がお天気を気にしながらもすみました。
束の間の色とりどりの花火に人々は魅了されます。
わたしも自宅から見ました。
音だけしか理解できない猫のきり子は大きな音にビクッとします。
近所の犬は音のたびにウォ~ンと心細い声で鳴いています。
ご主人様は見物に出かけたようです。

花火を楽しめるのは人間だけでしょうか?
だけど音と色があればこそですね。
もし、音も無しにあのきれいな大輪の花火が夜空に映しだされたとしたらなんだか間抜けな感じです。
お腹に響く大音響と共に私たちの興奮も倍増です。

御坊市の花火大会がすめば日高路は秋色になってきます。
今日も雨だからでしょうか、この間までの猛暑を忘れたかのような涼しさです。
このまま秋へと言う訳にはいかないでしょうがホッとします。
体調崩さないでください

2013年8月19日月曜日

今読みたい

今読みたい本は「直木賞」受賞作品、桜木紫乃さんの「ホテルローヤル」と
曽野綾子さんの「人間にとって成熟とは何か」です。
実家のラブホテルを手伝いながら感じた「大人は体を使って遊ぶとき」があること。
を作品のあちこちの散りばめてその事が善悪の物差しで測るのではなくそれぞれの事情があって
北国のラブホテルの扉をひらくのを短編にまとめた作品だそうです。

曽野綾子さんのは「人はみな平等に年をとるが、しだいに人生が面白くなる人と、不平不満だけが
募る人がいる。両者の違いはいったい何か。
まわりに振り回され、自分を見失いがちな人に、自分らしく生きぬくコツを提言。
と広告にある。
例えば第7話 「品のある人に共通すること」 思ったことをそのまま言わない。
    第13話 「存在感をはっきりさせるために服を着る」
などなど今すぐにでも読みたい項目がいっぱい。
読書の秋が私にも来たら読みたいと新聞の切り抜きを取っているのはよいが果たしてその秋は
何時ごろ来るのだろうか???

2013年8月15日木曜日

敗戦の日

今年もまた巡ってきました。
新聞は「終戦の日」特集を組み戦争の無意味さをつたえる。
あの日以来、日本では戦争は無い。
中学の社会科で教わった「恒久平和」の意味深さを噛みしめる。

私の中では「終戦」ではなく「敗戦」なのだという思いが曲げられないでいる。
この戦争で300万人もの人々が命落とし、そのうち最後の一年で200万人近くが落命したそうだ。
国民の多くが日本に敗戦の色が濃くなっているのを感じたのではなかろうか。
敗戦が一年早ければ200万人の人たちの命を落とさずにすんだであろうに・・・

昔母に訊いた。日本が負けてしまってどう思ったかと。
母は即座に「これでもう空襲はないと思った」と答えた。
敗戦よりも空襲警報のたび防空壕へ逃げ込む恐怖の生活から解放された事の方がうれしかったのだろう。
その後の日本は食糧をはじめとしてあらゆる物資が不足して生活は大変な事であったことを断片的ながら伝え聞いている。
今の私たちが戦争の無い時代に暮していけるのは先人たちの犠牲のもとに成り立っていることを思うと改めて「恒久平和」への道を確立しなくてはいけないと思う。

2013年8月10日土曜日

同級生たちと

行ってきました!同級生たちと高野山参拝バス旅行。

余りの寝苦しさで早すぎる目覚めでしたが、もう一度眠れば必ず寝過ごしちゃうのでそのまま起 床。
子供の様に心が浮き立ち、なんだか落ち着きません。
シャワーを浴び、天気予報を見、あれこれするうちちょうど良い時間。

今日のメンバーは11名、その中に中学時代の恩師、玉置先生がいらっしゃいます。
いつもお元気でかくしゃくとされそれでいてとっても楽しい先生です。
どちらが生徒か先生か区別つきません。
私も人生の目標のお手本を間近かにした思いです。

例年は奥ノ院めぐりをするのですが今年は趣をかえて霊宝館を見学です。
平安時代や鎌倉時代の仏像や涅槃図などの絵画や絵巻物の数々、特に清盛が自らの血を染料に混ぜて描かせたと言う「地曼荼羅」一度は見たかったのです。
その大きさと緻密な筆遣いに当時の技術に高さに感心するばかりです。


一人で見学したら、この静寂さに呑みこまれて当時の世界にタイムスリップ
いえ、既にここが鎌倉時代の真っ只中では?と思うくらい1200年~800年前と同じ空間で生きているのが何の違和感も感じないような不思議なひと時でした。

お土産を買う時はだれも修学旅行生といっしょです。目が輝いてます。
それぞれのお土産と楽しかった一日の想いを胸に帰路に着きました。
道中のバスの中はそれはそれは賑やかな楽しい会話に溢れていました。

2013年8月7日水曜日

高野山参拝

明日は同級生のみんなと毎年恒例の高野山参拝のバス旅行です。
遠慮の要らない同級生たちと出かけるのは楽しみです。
お世話して下さる方々に感謝、感謝です。

奥ノ院でお参りしてそのあと立里の荒神さんへもお参りします。
今年は別のコースかしら?
修行のするところはどこも険しく高い所に有り、立里さんもよくもこんな険しいところへ人力で建築できたものだといつも感心するのです。
我が身ひとつでも登るのは大変です。
杖にすがり体力ある人に引っ張ってもらい上から降りてくる参拝を済ませた人に「もうちょっとやで」
と励ましてもらいやっと着くのです。

でも、今年は上まで行けそうにありません。
自信ないです。そして、来年も元気で参加できるのか不安です。
急速に体力の衰えが迫ってくる気がしています。
「来年もお参りできますように」とお願いするつもりです。

今を大切に生きなければと感じる年になりました。