2017年12月31日日曜日

年末の思い出

掃除サボって、おせちも作る気が湧きあがってこない。
裏庭で植え替えのため土を広げていく日もほったらかしにして乾燥したのが風に巻き上げられ裏から玄関前まで飛んできてゴミだらけ。
 いけない、いけないこのままではとようやく片付け始める

スイッチが入れば何なく出来る掃除、窓ガラス、家の周りの見えるとこ、自転車3台、バイク1台ホースと洗車ブラシで出来上がり、自転車置き場もついでにデッキブラシでこすっとこ。そうだお墓の花も水が切れる頃だ。
矢張り、花筒の底にちょっぴりになっていた。
いつも堤防を走りながら思うの、走ればすぐなのになぜ腰が重いのって。
煮物を作ろうと思うが二日までは一人の正月なので気乗りがしない。材料は揃っているがまだどうしようかと揺れている。
店をしている頃の事思い出した。よくはやっている頃の事だ。大晦日と言えども紅白を見る間もない。
それでもおもちをつきお煮しめを炊き雑煮を作る。
夜が遅くなるので元旦に早起きして色々煮たものだ。
その頃は家族も多く、帰省する弟家族も加わった。
今思えばよく出来たね、若くて元気あったね。
今はこの体たらく。
思い出が今の私には苦く感じます。

2017年12月30日土曜日

今年の反省

今年もいよいよおし詰まってきました。
テレビでは今年を振り返ってとか話題になったニュースの特番を流している。おかげで忖度を漢字で書けるようになった
ずい分悪者使いされた忖度だけど気遣いと解釈したらどうだろう。
忖度なしの生活はかえってぎくしゃくして味気ない。
相手を思いやる心無しでは社会生活は成り立たない。
何事も程合いが大切、心がホッとする忖度なら結構なことだ。
話題がそれてしまいました。この一年間の感謝を書くつもりだったのに。
みんなに支えられてこのブログも一年を締めくくることが出来そうです。川柳とスポーツ吹矢が増えた老後はそれなりに忙しいのも薬だと思っています。出来なかったことの一つに読書があります。今年も「人生論ノート」読めませんでしたが、幸福についてとか論じなくても私、身の丈に合った幸福感じているからこれでいいのではと思ってます。
それに永遠のテーマのダイエット無理でした。反省するのはたやすいけど実行するのはと~~~っても難しい。
出来ても出来なくても年は明けます。
今年一年本当にみなさま、お世話になりましてありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願い致します。
どなた様もよいお正月をお迎えください♪
大掃除はしなくてもお正月は来ます

2017年12月25日月曜日

今年の事

しばらくこの欄休んでしまいました。
年賀状もやっと仕上げ、何となくほっとしています。
ご無沙汰ばかりの方々のお顔を思い浮かべながら作りました。毎年、早くと思っていても新年を迎えるギリギリまで出来てなく焦ってばかりでしたが私にしてはなかなかの進歩。

  「あれこれを端折っても来る大晦日」
12月の句会に切羽詰まって作った川柳、私の心境です。
こう寒くなっては大掃除もままならずやめとこ、あれもこれもまあ、明日でもええわ、とか思いながら日が経ち新年を迎えることになるずぼらな性格そのままです。

私の一年振り返っても大きな変化がないのが身の丈にあった幸せです。それなりに病気もせず家族仲よく、友達に恵まれこれ以上望むのは罰あたりでしょう。
そんな毎日の中でスポーツ吹矢の会に入った事、あちこちへ連れて行ってもらったこと、翌日まで笑いじわが取れない程みんなとしゃべって笑ったことなどなどミニ幸せ数えればきりがありません。
買ってもないのに宝くじ当たる幸せもいいけど大金手にしても使い方わからないし、小さな幸せがいっぱいの方が心満たされそうだなって、こんなに太っているのに半分はやせ我慢してるのです。

2017年12月15日金曜日

得るもの 失うもの

「OK グーグル スマホ鳴らして!」と呼びかけるとすぐさま置き場所を忘れたスマホが呼び出し音を鳴らして「あった♪」というCMが流れる。
その値段ももはや庶民の手に到底届かないというのではなく今にそれこそ一家に一台という日が遠くないことを物語っている。
聴きたい音楽、ニュース、など音声で呼びかければそれこそ何時でもOKで拒否という言葉が不要な繋がりたい時だけ呼び出せばいい都合のよい友達関係みたいなのができあがる。
時々、これでいいの?と思うのは年寄りの冷や水っていうやつか。
医院の待合室では腰かけると同時にスマホを手にする人が多い。以前は「あんた、どこ悪いんよぅ」とよく話しかけられたものだ。その頃は個人情報という垣根もあったもんじゃなく「他人の病状きいてどうすんのよ!」と思ったこともあった。
そんな煩わしさも無くなりみんな自分の世界に浸っているようだ。
体は待合室だが自分の世界に入ってしまった人はそこにはいない、話しかけることもはばかる。
それでみんな名前を読んでくれるまで黙りこくっている。
顔と顔を合わせて会話するのが苦手な人がでてきてもおかしくない。
しかし、人と人の繋がりはOKばかりでなくNOもある事を経験しておかないときっと困るだろう。
 私にはいつでも話し合える友だちに恵まれている。
小さな困りごと、体の不調など聴いてもらうだけで気が楽になる、私にはその便利な機器が必要になるのはまだまだ先の話である。
その便利さを得た時手放すものもあるような気がするのです

2017年12月13日水曜日

はまぼう学園発表会

「市民はまぼう学園」の発表会がありました。
以前は「老人大学」と呼ばれてました。そう言えば、老人会は老人クラブと名称が変わってます。
その学園の方々の一年間の集大成の発表会です。
15のクラブがあり、手芸、短歌、農園、陶芸、生け花、書道、ぬり絵などの展示があり他に日舞、ダンス、大正琴、歌謡やコーラスが舞台での発表なのです。知人も出てます。
作品にしろ、歌や踊りにしろ、老人とは思えないような若い気持ちにあふれています。
だって、今年のテーマは「高齢者パワーで みなぎる若さ」なんですって!
高齢者と言ってもひとくくりで高齢者とは言えない、いえ、見えない人達が多いですもの。お土産に頑張る力をもらった気がしました。

大人の会話

先日整形の病院へ行ったときです。
時雨降りやまずという寒さにもかかわらず患者さんが何人も待っています。
私の後ろの席に老夫婦が坐って話してます。聞き耳立てなくても自然と聞こえてくるのです。どうやら診てもらうのは男性の方、「長いこと待たなならんなぁ」「そりゃしょうないで」……「あ、あの人脚悪りんやな、おっきな包帯してる」「そやな、あ、腰見てん、あんなん巻いてる。あれは高いらしいで」と二人の会話が続くが、耳の聞こえがよくないのかいつしかトンチンカンな返事してる。でも不思議なことにお互いにかみ合わない会話にいらだったりせず、そのうちまた、テンポのあった会話に戻ったりしている。これぞ熟年夫婦の卓越した会話力なのだろう。いちいち怒ったり大きな声で怒鳴ったりでは身が持たないだろう。
そしてやっと診察の順番が回ってきて二人で診察室へ入っていった。これが大人の会話なのでしょう。時々あいまいな会話もお互いに受け入れている。少し羨ましいご夫婦でした。

2017年12月8日金曜日

年女?

来年は戌年なので私は年女という事です。
ついこの間還暦だった気がするのにもう暦は一回りしたのです。
犬ってなかなかお利口で芸達者なのに私は亥年うまれじゃないかと思う。
同時にあれこれと物事をこなすのは大の苦手、一つの事にスイッチが入ると他の事は目に入らず、それでいて飽きっぽい、こだわる割に何をしても出来栄えはイマイチ。
猪が気を悪くしてるかもしれませんが・・・
先日も裏の花の植え替えや枯れ葉の整理をしていてやめときゃよかったのについ夜の10時前まで頑張ってへとへとになり朝は起きられなかったのです。後少し残っているがもう熱が覚めたというかしんどさが後を引いてる感じ。自分につくづくアホやなと言いました。
そんなこんなでブログの更新遅れがちです。
お詫びいたします。そしていつも読んで下さりありがとうございます。

2017年12月6日水曜日

年賀状

年賀状のデザインをどうしようかと迷っている。
あれやこれやと沢山の中から選び放題なのだが迷いに迷っている。
こんな構図も毎年の事、最後はエイヤッといくつかに絞った中から勢いで決めるのだ。
意気込んでソフトを使わないで仕上げた年もあったがデザイナーの手による色使いや細やかな組み合わせには到底かなわない、結局見栄えの良い出来上がったのを使わせてもらうことになる。
ただ、一言添え書きをするようにしている。本当はここだけでも手書きがよいのだろうが、私の文字はせっかくのデザインを台無しにしてしまう。
だからここもパソコン打ちになってしまう。
一年の締めくくり、近況報告を兼ねて日頃のご無沙汰をお詫びするのだが、作成しながら自分の一年を振り返るよい機会でもある。

2017年12月1日金曜日

いよいよ師走です

いよいよ師走に突入です。
師走といえば年賀状、毎年ギリギリまで書かないでいて四苦八苦するものだから今年こそはと何年思い続けただろう。
毎年同じことを思っているのにちっとも学習能力がないと年末に反省するばかりです。
さて、今年こそは!なのだ。郵便局のはがきデザインキット。筆ぐるめ、古いままだけど筆まめがそろい踏みです。
これで、年末にオタオタしてるようなこっちゃ救いようがない。
新しいお付き合いが始まった方々にはもうこの歳なので、失礼して以前からの方々に出します。
それに欠礼のはがきが何枚か届いているので段々とその枚数も少なくなってきています。
 虚礼だとか云われてますが、遠くの方や滅多にお逢いしない方に近況報告のつもりです。
年に一度だけの事なのでどうするのかを忘れてしまってる。
暇さえあれば今日はここに座って遊んでます。
色々な楽しい機能が付いているかと思えば使えない機能もある。(イヤ、使えるが私がよう使わないのかも)はがきにあれもこれもと書いたりスタンプやテープを引いてみたり、キラキラの模様を描いてみたり、遊びすぎて今年も結局押し詰まるまで作成出来ないような気がする。

卒塔婆小町

六歌仙のただ一人の女性で絶世の美女としても知られている小野小町の舞踊をTVで見る。
花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
小町の老後は憐れにも物乞いになってしまっていた。舞台花道からやせて白髪混じり、破れ網代笠を手に杖にすがるように疲れた様子で登場する。
舞台上手には高野山からの僧が同じく休憩中、小町が腰かけたそこは卒塔婆で古くとも仏体だから他の場所へ移りなさいと意見するが、一言一言に反論し「物体も衆生も隔たりはない」と説き砕く。僧は説法を敬い名を聞き小野小町と知る。

失った若い頃の優雅さを嘆きしばらく己が身の憐れを嘆いていたが、音曲の調べが急に変わると突然小町の様子も変わる。「小町の元へ通おう」と言い出す。不審に思った僧が 問うと深草少将の怨念が小町に憑いたものであった。
当時女性は家から外出などしないので男女の仲を結ぶ術は和歌か文くらいであった。美しい文字、美しい言葉、秀でた和歌が詠める女性が教養のある素晴らしい人だと評価されたそうだ。そしてその女性に恋をする。
深草の少将もそんな一人であった。小町は百夜通い続けたなら思いをうけると約束する。
嘘とは知らず月の夜も闇の夜も風や雪の夜も暁に着きそのまま帰る。帰ってはまた行く。遂に九十九夜の日念願叶うと喜び出かけるが疲れと寒さで息絶えた。そして僧は道端に咲く菊の花を手向け「仏門に入ろうな」と 小町に呼びかけると小町がうなずくところで幕が下りる。
せつない話である.
今の世ならば社会保障もあり、通信手段も色々あるが当時はそんなものがなかった時代。物乞いまでの零落ぶりとは…
しかしその衣装や身のこなしの端々に昔の教養高さと暮らしぶりが垣間見える。
衣装は濃い茶色に細い縞が織りこまれている。柄は風にそよぐすすきが配されて五つ紋、帯は無地の銀ねず,帯締を低くして老婆を表現しているのであろうか。指の動きに品のよさが醸し出され、小町のきっぱりとした性格もあらわれている。
久し振りに見た舞踊だが最後まで目が離されなかった。

2017年11月27日月曜日

スポーツ吹き矢

まだ歴史は新しい、と思う。スポーツ吹き矢です。
入る気は無く誘われて見学だけと行ったのにいつの間にか入会するはめになった。
歩き始めたばかりのこの会は月2回の練習日があります。
武道に通じた作法があり、面倒だなと思っていたが最近は、この無駄ともいえる時間が呼吸を整え、心を落ち着かせ、姿勢を正すのに必要なものだと感じるようになった。
いつも的の中心に狙いを定めて息を吹き込むのだが、毎回毎回その矢はバラバラのところに刺さっている。
たまに中心を射ることがある。
この時はかなりの快感です。
わずかなズレや息の吹きこむ力の差が6㍍離れた的に届くまでの間に思ってもいないところに届くのだろう。
年度末の最後の練習日には大会形式にするので目標を持って励んで下さい。と指導者から発表があった。
私、どうなることやら…

2017年11月26日日曜日

グランドゴルフ大会

シニアが楽しめる人気のスポーツといえば群を抜いてグランドゴルフだろう。
毎日午後から夕暮れまで練習をしている姿を見かける。
そのグランドゴルフ大会が第一地区大会として開催された。
参加選手は日頃練習している人もいるけど私のようにお声がかかったので参加したという人もいる。
小学校の狭い方のグランドが今回のコートである。
ここは、坂あり草むらあり、でこぼこありの難しいコートである。しかし50㍍の距離は取れないという。なので、3回同じコースを回る。

ルール説明が終わりホイッスルの合図で試合が始まる。
云う事を聞かないキカン坊のようなボールは強く打てばゴールをくぐる優しくすれば届かない、あざ笑うかのように何度も外れてしまうのだ。まるで人生修養のごとく。
リーダーは記録をつけながらプレイもするので大変ご苦労です。
試合結果発表では何とホールインワンもしたというのに私最下位でした。
大きくコースを外れておまけに木の根に阻まれて同じところで何打もしたのがこの結果です。楽しかったよ!

2017年11月25日土曜日

書展見学

有田市まで書展を見に行く。
行くと言っても乗せてくれる人が居ればこそなのだ。
いつもいつも軒から軒までといった具合に連れってくれる。
車中はいつものようにしゃべっては笑いまたしゃべる、よくもまあこんなに話題が出るものだと我ながら感心する。
友だちの奥様が出展されているのです。
有田川のほとりの展示場には和服や改まった服装の人達が(多分本日の出品者の人達でしょう)私たちも少しすまし顔で会場に、空気が変わる。
書道には縁遠い私は漢文の作品は勿論、細い筆で書いたかな文字も作品の解説文を読まないとわからない。
教養の無さがしみじみで自然と無口になるのは仕方ない。
ただ、その文字から伝わる表現が何となくこちらに伝わってくるものがある。
たくましい文字、繊細なかな文字、踊るような軽やかな文字
楽しさやほっこりした感じや清々しさなども表現されていて読めない私にも伝わってくる。
それにしても墨の色や表装の仕方で趣も変わってくるものだ。こんなふうに美しい文字が書けたら、字のきれいな人は心まできれいだと思ってしまう。
憧れは有っても努力する気は全くない。なのでお礼を言って車に乗り込むともういつもの私に戻っている。
渇いたのどを潤したくて寄った喫茶店でまたまたおしゃべり
少しは教養高まったかしら?


2017年11月23日木曜日

風の力

風に吹かれてた物がもう一つありました。
干し柿です。友だちが作って下さいました。
私,干すだけです。
いい具合に仕上がりました。
いい干し加減です
こんなのを数珠つなぎっていうのでしょう
 几帳面な性格がそのまま出てるなあって見るたび思った。
柿と柿の間隔といい作った日付をメモってることと言い、私こんなこと出来ない。ネックレスのようだ。
渋柿をむいて焼酎を吹きかけ、一つ一つ括りつけたのをもらって帰った。
串に刺したのと同じ数の10こです。
乾燥した風が渋を甘味に変えてくれたのです。
先人の知恵を受け継いでこうして美味しくできあがった。
早速味見、大丈夫と思いながらもちょっと怖々・・・
うん、大丈夫甘いね。
保存には矢張り冷凍がいいよと別の友だちが教えてくれました。
身近にありながら手にすることのできない「風」は形を変えて色々なことを教えてくれるんだね。

風に吹かれて

エア・プランツがユラユラと風に吹かれている。
何も考えずにただ揺らめいているのを見る。
ふとボブ・ディラン の「風に吹かれて」を思い出した。
同じメロディーが繰り返される。歌詞も「どれだけの砲弾を発射すれば、武器を永久に廃絶する気になるのだろうか」と言った問いかけがいくつか繰り返され、「答えは風に吹かれている」と抽象的な歌詞で結ばれている。(私が聞いた曲は英語なので何言ってるかわからないけど和訳ではそうなっている)
平和を願う歌でイヤ願うだけでなく人々にもっと積極的な平和への呼びかけなのだ。
だけど、メロディーはどこまでもやさしくさざ波のように繰り返す。
「平和だなー」と一人で揺れるエア・プランツを見ている。
特別きれいでもなく、成長しているのかさえ分からないけど見てるだけで何となく落ち着く。
この植物はこのために存在するのかもしれない。
 日毎に夕暮れがはやくなってきた。
そうだ、晩御飯作らねば、私の平和観賞会はここでおしまいです。

2017年11月18日土曜日

ここ数日の事

ここ数日忙しかったのでサボっていました。
スポーツ吹き矢がいよいよ愛好会として発足した事。
宗右衛門町ブルースで有名な平和勝次コンサートへ行きそびれたこと、などなどあったがかき切れないでいた。
本日は朝からしっかりと雨が降っていたが昼頃から止んできたので先ずインフルエンザの予防接種、幼稚園の作品展へ行こうとしたらまだ園児たちが園舎にいたので、それでは山野草展へと行きました。
山野草は華やかさは無いがじっくり見るとかわいい花達です。
見たこともない花が並んでいます。
山に咲くラッキョウの花がことさら珍しかった。
紫色の小さな花の塊です、根にはちゃんとラッキョウがなるらしい。
小さな鉢に何年も経ったであろう樹木が小さな世界を作っています。よくまあこんな小さな鉢で枯らさずに育てられるものです。
販売コーナーで見つけた石菖と名札のついたのを買いました。鉢もかわいいし、世話も簡単そうです。年中緑だというので私にぴったりです。

午後はコンサートに行って楽しんできました。
何時になく色々こなした一日でした。

ブラザーズ5 コンサート

ブラザーズ5というユニットのコンサートがあった。
堀内孝雄 ばんばひろふみ 杉田二郎 因幡晃 高山厳の5人のアーティストによるコンサートに行ってきた。
それぞれのヒット曲ほか当時の曲をトークを織り交ぜながら歌ってくれる。
どの曲も知ってるよって言える、若い頃の曲だがエライもので一緒に歌えるのだ。まわりの観客もみな手拍子でノリノリ。
ここで紹介しなくても多分どんな曲だったか想像できるでしょう。
御坊市での音楽コンサートは滅多にない。
近くで開催されるのはいいね。
因幡晃さんを見ているとその髪型と風貌はマンガ「おそまつ君」に出てくる(シェー)で有名なイヤミ氏に見えて来て仕方なかった。一人で笑った。彼は前からこのスタイルだったかしら?
とにかく今日は楽しませてもらった。
明日は川柳句会、頑張ろう!

ミニ同窓会

高校時代の同級生で近隣の友人たちで作る「ミニ同窓会」が夕べ開催された。
毎回30人くらいが集まる和やかな会だ。
世話人は順番に持ち回る。
「今回で50回目のミニ同窓会です」と報告があった。
一同「ほぉ~っ」と感動の声、
年に3回、単純に計算すると50÷3=16.67 16年続いていたことになるが以前はもっと頻繁に開かれていたように思うから、少なくとも14~15年は続いてきたこの会です。
亡くなった友もいるが、これまで仲良く続けてこられた喜びを分かち合う事ができうれしい。
参加する顔ぶれは大体決まっていて、食べて飲んでおしゃべりしての数時間は皆学生時代に戻っている。
何より健康で参加できることを感謝しなければいけない。
話題も健康の話、病気の話と若い時とは違う会話で盛り上がる、食べる方も以前よりはその量が少なくなってきているのは年齢のせいだろう。
二次会に行こうという「ツワモノ」もいないようだ。
何はともあれ細く長く皆元気に参加できることを願います。

2017年11月15日水曜日

フレイル予防

フレイルって聞きなれない言葉、要介護の少し前という状態の事らしい。
フレイルにならないための運動や食事などの方法を教えてくれている。
椅子から(高さ40㌢くらい)片足で立ちあがれるか、
ペットボトルのふたを開けられるか
青信号で道路を渡り切れるか
両手の親指と人差し指で足のふくらはぎの太い所にあてるとすき間ができるか つまり細すぎるのはいけないらしい。

 片足で椅子から立ち上がるなんてとても出来ない
 ペットボトルは大丈夫
 青信号もOK!
 指輪ッかはとてもじゃないが届きそうにない、太すぎる
去年と比べて落ちていないか調べ、寝たきりにならないようにしようというもの。
去年の私より明らかに違うのは歩くこと、歩いて膝に負担をかけて悪化しないようにかばってばかり、反省しきり。
高齢になったら体重も今より減らさないようにと言うが私の場合元凶はすべてこの体重に有りそう、
これを見て俄かにラジオ体操を始める、第1、第2をして息切れ状態、このままでは寝たきりまっしぐらかも。
骨折などで2週間寝込んだら、7年間の筋肉消耗に匹敵すると恐ろしいことも言ってた。なりたくないね。

2017年11月12日日曜日

JAZZダンス

友達にもらったジャズダンスのチケット、
昼間、台風並みの風が吹いていた。
夜になってもかなりの風。
雨よりましだ、と思いつつ風に逆らってペタルをこいだ。
ジャズダンスってなかなかカッコいいね。

何曲か披露され今度は「はまぼう学園」のメンバーが出演した。
こちらのチームは人数が多い分存在感がある。
みんな動きが揃って日頃のRessonの賜だろう。
年齢を感じさせない動きの良さ。

レッスンoneジャズダンスクラブのメンバーは9名。
この人数で続けて踊るのはかなりの体力消耗だし、衣装替えもせわしないだろうね。
しかもこちらもそう若くはないが切れもいい。
見ている人たちも「ようあんなに足上げられたな」とささやき合っている。私も同感。
みんなそれぞれに趣味を見つけて打ち込んでいる。
今日はその練習の成果を発表する晴れ舞台なのです。
帰りは何だか私も体が軽くなったような気がしました。







2017年11月9日木曜日

食欲の秋

食欲の秋の決定打!
サツマイモです。大きな大きなのを戴きました。
肥料がよく効いてるとみえて大きいだけでなくこぶこぶになってます。
きょうは これで大学いもを作ってみようと思います。

これを切るのが一苦労、包丁が取られます。動かなくなります。
どうしたものかと悩んで、以前花梨の実を切る時レンジで2~3分というのを思い出し、真似てみました。
うまくいったね。

大きめの一口大に切り数時間水に浸してあく抜きをして取りかかります。
水切りをして油で揚げるのですがその前に又レンジの出番、お皿にのせて4分かけます。かなり柔らかくなったところではじめは低温でしばらく、その後温度を上げて表面をカリッとさせます。きれいな黄色に揚がりました。
ボールにいれ市販の大学いものたれをからませ黒ゴマをふって出来上がり。

栗よりうまい十三里とはこの事です。(九里四里うまい十三里、つまり9+4=13という洒落だそうです)
また食べ過ぎてしまいました。仕方ないですよね。

2017年11月8日水曜日

岩出名所巡り

今日は同級生達と社会科見学です。二台の車に分乗して
10名の出席です。
先ず根来、旧和歌山県議会議事堂を見学します。
「ねごろ歴史の丘 」は岩出市の歴史と文化を伝える地域と名付けられ、資料館やこの議事堂、図書館、SL公園などが根来寺の境内周辺に集められ歩いて巡ることができるそうです。
私たちはこの議事堂と歴史資料館を訪れました。
現存する木造和風の議事堂として日本最古
議場は木造ながらに内部に柱を立てずにこの広い空間をどうして作ったのだろうか。
その天井はアーチ状の格天井、一ます一ます木目が縦横交互の格子状になるよう工夫されている。

議場の様子をジオラマで当時の様子を再現している。
寺院のような正面入り口あり、洋式の構造も有りの和洋折衷の建造物です。
他にも当時のままの控室や書記室なども有り、イベントや音楽コンサートなどの催しに利用されているという。
社会科の勉強がいっぱい出来ました。

また隣接する資料館では色々な展示物ありプロジェクターを利用した四季折々の風景と当地に伝わる子守唄などが紹介されました。
ここで教えてもらったお食事処を探すのにあちこちさまよって食べたお昼はなかなかおいしかったです。

お腹もご機嫌になったころ、グリーン植物センターへ。
広い広い公園です。
温室には南の国の椰子やバナナ、パイナップルが成っていました。又別の温室はサボテンだらけ、どの子もトゲトゲしてるけど棘の並び方が行儀よく規則正しく並んでいるのは賢いなって思いました。
ここを出るといよいよ珈琲タイムと買い物です。

いっぱいしゃべって、いっぱい笑って来た道を帰ります。
秋の日は段々短くなって夕焼けのころ御坊に到着です。
いつもながら運転して下さる方お疲れ様です。また、ススキの生石高原への道が通行止めと言う事で急遽行き先変更になりどこにしようかと悩んでいたら良い所を提案して下さった方、何よりみんなと一緒の社会科見学は一層楽しかったです。
皆さんありがとうございました。



2017年11月5日日曜日

包丁研ぎ

この前栗の鬼皮むきをしてから包丁の切れ味がイマイチなのです。
それでもそのまま使ってましたが今日の良いお天気に誘われて包丁砥ぎのスイッチが入りました。
それまでにも切れにくくなってるのが他にもあるのでまとめてやっちゃいます。
特に刺身包丁はいけません。薄切りができない状態。
一丁出来て次のが途中、こんなとこでなぜ立ち止まってるかと言うと指を切ってしまった。
濡れた指から出る血は大げさだね。ちょっと止まるまで休憩中。―――もう大丈夫です。絆創膏がピタッとくっついてるから。
又作業を続けます。
私包丁砥ぎかなり上手なのよ。
ただそのスイッチに電源入るのがなかなかなだけ。
切れ味のよい包丁は料理もはかどるのにね。

2017年11月4日土曜日

今年も咲きました

今年も咲きました!ダイヤモンドリリーです。
去年のよりも花の大きさは控え目ですが、華やかさに変わりは有りません。花弁の内側にもその輝きが見てとれます。
 見えないって?そう、今年のはそのカラット数も控え目。
土の中から小さな芽が出て来てしばらく見ないとニョキッてなってて支えが要るようになり、つぼみが太陽の方に向くのを時々反対むけると次の日はまた日当たりの方を向いてるの。
まだかまだかと待ってる間も楽しみなノッポの子は台風の時は風から守り、強い雨の日は濡れないとこに移動、茎が折れたりしたら大変です。
今年は脇芽も出ています。

この写真撮りに行くと今は花の季節も終わった裏庭に、この小春日和を惜しむかのようにひと際赤く咲く花もついでに写しました。自分の季節の終りを知っているのでしょう一生懸命さが伝わってきました。
ゼラニウム
にらの花も案外かわいい
何年もたつけど未だに名前覚えられない

2017年10月30日月曜日

スポーツ吹き矢

一雨でこんなに寒くなるなんて、近畿地方にも木枯らし一号が吹きました。
体もこんなに気温の変化が大きいと戸惑ってるようだ。
だけど今日はスポーツ吹き矢の日です。

昨日の夕刊に地域振興に取り組む団体に御坊市がその活動を支援する「協働事業」に認定されたと載っていた。
申請やスポーツ吹き矢の楽しさを教えて下さったボランティアの指導員の方々のご苦労に感謝すると共に、この愛好会を末永く続けていきたいと思う。
 
さて、今日は「御坊市スポーツ吹き矢愛好会」として記念すべき第一歩の日です。
申込日でもあります。思ったより多くの方々が申し込みをされていました。
その中には今日が初体験と言う方も何人かおられます。
その方々にもボランティアの方が丁寧に教えてくれます。
 
吹いた矢を的に当てるそれだけの事ですが、なかなか思った所に当りません。それどころか、息の強さや構え方の少しの違いでとんでもない所に飛んでいきます。
それだけに的の中心に当たった時の快感は癖になりそう。
私は、曲がった腰が辛いのですが、伸ばすことが健康法かと、新しく人とのつながりができるのもうれしいことです

2017年10月29日日曜日

田中 宏和さん

先日せっかくもらったメールに気づかないで後で電話したら、田中 宏和がいっぱいのテレビやってたという事でした。電話の相手は勿論田中 宏和さん。見ることが出来なかった番組でしたが、ネットにギネスに挑戦するも叶わなかったと有りました。
その記事と動画を見ました。何と87人の田中 宏和さんが集まったそうです。
そして「田中 宏和のうた」なるものも有るそうな。
電話をくれた田中 宏和さんがと~ってもいい人なんでそこに集まった田中 宏和さん全員が頭いい、まじめ、勤勉なのだろうと思っています。
人間は過去の経験から一部分の情報から全体像を憶測できるらしいのです。

同じ名前と言う事でこんなに集まって名刺交換したり(みんな同じ名前なのに?)すぐ仲良くなって楽しくなって話題が弾んでばかばかしいと思うけど人間ってちょっとしたきっかけで仲良くなれることが証明されたと書いてました。

きっかけが何であれ仲良くなれるってうれしいですね。

2017年10月28日土曜日

エア・プランツ

エア・プランツ検索してみました。
色々な種類がありました。
私が貰ったのはティランジア・ウスネオイデスって言うのですって。
原産地は中南米、日光が好きだけど直射日光は苦手、室内ならレースのカーテン越し程度に、何より大切なのは風通し。蒸れには弱いらしい。
バークチップや水苔にからますようにすれば良いらしい。
肥料は要らず水分も霧吹き程度とある。
昔は緩衝材に利用されていたとか。どこの国でもひらめきは私と一緒ですが、何とも気の毒な利用のされ方だね。

見た目はとっても地味で控え目な子ですが色々な欲望からほど遠い位置に存在するって今の世に珍しいね。
たまには見習わないといけないかもね。

エアプランツ

いつも戴く園芸家の友だちが今日は不思議なものをくれました。
少し薄汚れたプラの籠には見たことないものが入ってました。まるで、昔、お見舞いの果物や缶詰の箱の柔らに入れてたカンナくずを細くしたみたいなあれそっくりでとても植物には見えません。
水をやらなくても育つ花も咲くという事ですが摩訶不思議な代物です。かわいさ度は私の中ではとても低い。
彼は物干しの針金に引っ掛けてくれたのですが・・・・・

後でわかった事ですが風にユラユラするのはのどかでいいな写真撮っとこと触ってみてびっくり。
無機質でカサカサしてると思っていたのが何としっとり生きてる!命溢れてる!
そうなればお互いからみあった茎とも葉ともわからないのがどうなってるのかじっくり観察。
ジワジワと愛おしさが芽生えます。この子の故郷はどんなとこかしら?この子と仲よくなりたいです。
全体像は上下もわからない鳥の巣みたい

一枝を見るとやっぱり植物、茎から規則的に葉が伸びてます

これを見ると唐草模様の風呂敷を連想します

2017年10月27日金曜日

歳はとっても

ちょっと待って~! と言いたくなるほど、日の経つのがはやい10月です。
どこの地区も雨に見舞われたお祭あり、屋根のふき替えあり、台風に気を揉んだりして読書の一冊もできないままに終わりそうです。

先日の川柳の会で毎月発行の同人誌を頂きました。
柳友の句を見るのは楽しいです。共通の課題の言葉に対して各人各様の切り口で作られた句は、作者の人となりも垣間見る思いです。
又思いがけない視点で発表された句に感銘を受けたりして自分の視野の狭さや、語彙力の違いを見せつけられたりします。

黙読だけでなく声に出して読むことも大切だと教えられました。
音読により言葉のリズムや聞く人にわかりやすく伝えることも大切だという事です。
時々私も家でそうしてみるとこれがなかなか難しい。
なるほど、伝えることの難しさ、声に出して読むとまた違った感じ方があるのを納得できます。

〆切日が迫ると焦りますが、こんな楽しみもあるので又やる気も出るのです。
歳はとっても感性が養われる(まだまだ養われてはいないのですが)この趣味の会を続けたいと思ってます。

2017年10月23日月曜日

落ち着かない一日

荒天の一日でした。
台風が強い雨を運んできました。
投票は朝のうち、行って来ました。時間を追うごとに雨脚が強くなります。
それに、今日は市民集団検診の日です。
なんでこんな日に申し込んだのだろうと思うばかりですが行かねばなりません。

キタデ検診センターへはママが乗せてってくれました。助かりました。
無事に検診が済んだのですが、胃がん検診の時に飲むバリウムを早く排せつしないといけないという事で、下剤を2錠と大きなカップ2杯の水を飲みさらにペットボトル1本のお茶を家に帰ったら飲むように手渡されました。

それらをどうにか飲み、昼食をおえてヤレヤレと思った頃、そろそろあれが効き始めたみたいです。
水分もあれだけ摂ったあとはミルクのみ人形のようにすぐですし、バリウムのほうも忙しく落ち着かない一日でした。
お腹の中も小さな台風が来てるみたい。

そして、選挙の開票状況、地元の結果はわかっていても他の選挙区の事も何となく気になります。

風と雨がますますひどくなり気持ちが落ち着きません。
こんな時は猫のキリ子でさえ一緒だと少し心強いです。
体力的なことは何もしていないのに疲れました。
明日は穏やかなお天気に戻ってますように。

2017年10月20日金曜日

魚へんの漢字

昨日の続きです。
鮨屋さんの湯飲み(私が行く回るすし屋はプラスチックですが)によくある魚へんの漢字が気になって検索しました
船酔いしそうに傾いてますが
まぐろ、ぶり、くじらくらいは読めますが難しいです。
みんな読めたらかっこいいんだけどとてもね。
このサイトをコピーしたかったけどできませんで、一文字づつワードに貼りつけてさらにピクチャーに保存するまでの作業と~っても勉強になりました。
漢字読めなかったけど別の事で知識が増えてうれしい。
栗ご飯と栗の甘露煮出来ました。
こちらもみんな喜んでくれたので栗の皮むきの苦労が吹っ飛びました。めでたしめでたし❤❤❤

丹波栗戴く

ママが丹波栗をもらってきた。
ピンポン玉程もある見事な艶々したこれがほんとの栗色

献立は先ず栗ごはんが思い浮かぶ、渋皮煮、甘露煮、お店でしか見たことないマロングラッセ、色々浮かぶが先ず、この光沢ある鬼皮をむかねば!

先日もこれに劣らぬくらい立派なのを戴き、栗ゴロゴロの栗ご飯作りました。あの時も鬼皮と格闘したんだよ。
鬼皮はとにかく渋皮むくのに骨が折れた。
渋皮は薄いのに包丁は大切な実も一緒にむけてきておまけに割れる。

もう一度ネットで検索してみるも渋皮が簡単にむける手はなさそう。

栗ご飯と甘露煮作ります。
栗の実をきれいに色付ける「クチナシの実」を探しましたが手に入らず、このままで煮ます。

上手くいったら写真撮ります。

2017年10月19日木曜日

難解漢字

先日「視点論点」と言う番組で出会った漢字「鮴」という漢字読めますか?と言っていた。
見たこともない漢字で読めるはずもないので興味を覚えた。
答えは「めばる・ごり とも読む」だそうな、どこかに鮴崎(めばるざき)という地名があるらしい。

「ゆうや~け こやけ~の あかとんぼ」で有名な山田耕作は耕筰と改名した理由は髪の毛に由来するという。竹かんむりは片仮名のケケに見えることからせめて名前に毛毛をつけたという面白い話を聞いた。

「嬲」という漢字もあるらしい。(なぶる)と読むのだという。
「嫐」と言うのも同じ読み方であるらしい。
男が女を嬲る女が男を嫐る余り使いたくない言葉だが云い得て妙だ。

この「嬲」から感じることを(勿論本来の読み方を知らない人に聞いているのだが)日本人は<もてる、ブルゾンちえみ>と解釈しフランス人に聞くと<守る>という回答があったらしい、なるほど騎士の国だなと思いますと言っていた。
解釈の違い正反対なのにフランス人の感じ方すてきだな。とちょっと一人で笑ってしまった。
漢字の持つ意味深いですね。

2017年10月17日火曜日

夕飯の献立

昨日の冬物の入れ替えもすみ、夕ごはんの献立を考えます。
雨の日は買い物は近くで済ませたいものです。
しかも余り手の込んだものは御免です。

冷凍の赤い魚を煮ます。骨取りされてるので孫も食べます。それから、急に食べたくなったなすの煮物、クックパッドに掲載されてるのより昔から体が覚えている昆布と煮干しのだしで炊くのが食べたいのです。私好みにできるのは料理する者の特権だよね。

あと一品が思いつかないまま何とかなると思い帰宅。冷凍室の一番見えるとこに餃子が・・・これで決まりです。
しとしと雨のこんな日はおかずもしっとりしたものが似合うと思いませんか?

冬が来た~~

秋だのにこれから夏?っていうくらい暑い日が続いていたのに昨日から冬になってしまいました。
おまけに雨、昨日まで着ていた服装では我慢できない。

急遽衣類の入れ替えに精を出しました。
毎年お目見えの変わり映えしないいつもの冬物ですが、今回時間がかかりました。
心配ごとはただ一つ、スカートやズボンが入るかどうか、
不安なものは一々はいてみて確認、どうやら入るものに胸をなでおろし、なぜかカギホックがお互い、川の両岸で「お~い」と呼び合ってるくらい距離があるものに「は~っ」の溜息です。

思い出した! 冬の喪服のスカートはサイズ直しより新しいの縫おうとそのままになってたのもある。
ぐずぐずしてられないです。

姿見は正直者、このお腹の出っ張りがなかったら何事も上手くいくのに、反省の日々です。
因みに先日縫った夏のスカートはスカートというより四角い布みたいでかわいくありません。がっかりしています。
それもこれもみんな私が悪いのです。
白いほととぎす戴きました。花がぎっしり。

2017年10月14日土曜日

物置修理

物置の修理が終わりました。
夏の台風で雨漏りがして中の物が一部濡れてしまいました。
この夏の暑すぎる気候に修理の気合も入らなかったのでですがようやく出来ました。
工務店の人に「ここへお金を入れるのはもったいない」。と言われながらも修理することにしたのです。
二階には物置がありますが年とともに階段は苦手になってきます。
お彼岸が過ぎ暑さも凌げるようになって取りかかりやっと終わりました。
小さな工事ですが、中の荷物を移動しなければならないのを友だちが手伝ってくれました。

空き箱や使わなくなった物を何となく置いとく癖がいつの間にか物を増やしました。
これじゃいくら置き場所があっても限がありません、が育った時代背景が物の乏しい時代ゆえ身に付いていったのだから仕方ないです。
「何時か間に合う」 が多分人生を終えるまで治りません。

屋根をふき替え黒カビが生えてた天井を取り換え仕上げはハウスクリーニングの人が物置にするのはもったいないほどきれいにしてくれました。
自分でしたら何日かかることやら・・・
こんな小さな工事なのに色々な業者さんが関わってくれました。数時間で済む人や半日の仕事、幾日かかかった仕事もありますが、どの方も仕事に対する真剣さが伝わってきてうれしかったです。
しばらく雨が続くとの予報ですがこれで安心です。

2017年10月11日水曜日

主婦業格付け

最近何でもランクづけするのが流行ってます。
とりわけ、テレビ番組で芸能人の俳句を毒舌で小気味よく切り崩し、一文字かえたり、同じ意味合いの言葉に差し替えたりすると断然情景が生き生きと浮かんでくる俳句に生まれ変わるのは私も楽しみにしている番組の一つです。

それはさて置き、最近私主婦業半世紀もやってきたのに最下位じゃないかと思う事がしばしばです。
食事の後片付けが一向にはかどらない、洗濯で手洗いするものはやれば短時間で済むのに取っ掛かりのエンジンがかからない、掃除機だって一人住まいの小さな家なのについつい手を抜く。
まったく才能なしだなって思うのです。昔はもう少し手早く出来たのに・・・と。

でも、家族の夕食を作る日はそれなりに栄養バランスも考えてちょっとだけ腕まくりします。
今日、戴いた小アジをフライにしました。
オクラ、カボチャ、チキンナゲットも一緒に。

新鮮なお魚は腕の良し悪しを問わず美味しく出来好評でした。食後の梨もおいしかったです。
うまくできた日は嬉しくて何事もはかどります。
わかりやすい単細胞ですね。
もう少し主婦業頑張れそうな気がするのです。

2017年10月8日日曜日

カメムシ発生

涼しくなってきたというのに少し湿度が高くムシッとする日が来た。
なんの前触れもなくカメムシ襲来です。
夏中、「今年はカメムシ来ないからよかった」 と喜んでいたのに、日暮れとともに街路灯目がけての飛来。
先週も二日ほどこんな日がありました。

今夜は窓の雨戸を閉めるの遅くなったのです。
何やらポチポチと音がしていたのですがそれが何の音かうっかりしてました。
カメムシが窓に体当たりの音です。気が付いた時は窓にいっぱいくっついているのです。後へ後へと増えてきます。
街路灯を見上げると支柱や鳥かごみたいな電球のカバーにもいっぱいで緑なってます。
それだけではなくうちも隣家の外壁にもびっしり。
殺虫剤を吹き付けると私の頭に降ってくる、手に負えません。
最近その電球をそこだけ取り換えて他のより明るさが際だっているせいだとお隣のご主人が言ってました。

カメムシ真夏より、えだまめができる頃にやってくるというのを教えてくれた人がいました。
何だか似てるね、枝豆と。
似てるけど似てないカメムシに生まれた身の不幸をちょっとだけ憐れみましたが、枝豆食べるたびにカメムシを連想しないようこの事はここだけの話だよ。

2017年10月7日土曜日

御坊祭り2

気を取り直してお祭りの日の事を書きます。
御坊町の宮入が始まる頃、出かけました。
孫がマトイ持ちをしています。
私の中で纏といったら江戸時代の火消しがヒラヒラがついて屋根の上でいなせな兄さんが振っているアレを思うのですが、各組の居場所を遠くの観衆にもわかるように提灯を高く竿につけているのをもち運ぶ役です。
そのマトイを目当てに行くと孫と母親がいました。孫は余り動きがないので少しあきて来ているようですが、じぶんがしたいと言った役なので最後まで務めなければなりません。
この役、地味といえば地味だね。境内での勇壮な獅子舞や幟さしを見ることもできないのですから、しかし、忍耐力と責任感が少しでも養われたらいいなぁと思うのは老婆心です。
やがてお神輿が鳥居をくぐって出ようとしますが、四つ太鼓は自分達の時間をもっと楽しみたいとそれを阻止しますが時間厳守に小雨がぱらつき始めたこともあり時間通りに来年を惜しみながら帰ります。
ピンボケ
ピンボケ
         
しかし、二日間すっかり祭りに浸かった孫はどうやら乗り子にあこがれ始めたようです。
大丈夫か?おい!というまたもや老婆心満載です。

御坊祭り

またやってしまいました。
書きかけの文をそこそこで保存しないで書きすすめて行って後少しと言うところで、どのキーを触ったのかもわからないのですが一瞬にして全文が消えてしまいました。

以前にもこんな事があって保存しながら書くというのをしてましたがいつの間にやら忘れてしまって忘れた頃に悪夢は隙をついてくるのですね。
反省しきりです。それにしても、どこをどうしたらこんな事態が起こるのかわかりません。
もし、とても大切なことでこんな事が起こって消えてしまったら大変です。
その上、タイトルの部分には文字入力ができるのに本文にはカーソルがピコピコしてるのに文字入力ができず、焦りまくりです。
そしてやっと1からやり直してここにたどり着きました。
ヤレヤレです。そんなこんなで今日はもうおしまいにして日を改めて書きます。
今日はこれで失礼します。ごめんなさい。

2017年10月3日火曜日

秋本番

いよいよ秋祭りです。
なんか男も女もそわそわしてるように感じるのは気のせいかな?
そう言う私も腰が曲がっていてもなんだか弾んでま~す。
でも、ちょっと今空見て!お月さまとってもきれい!!
四日は十五夜だそうです。でも満月みたいよ。
月はやっぱり秋やねぇ。
この前TVで言ってた。なぜ秋の月見がいいのかって。
冬は寒いし、夏は何とかだし、春と秋は見る角度がちょうどいいらしい。でも春は空気が霞むし秋が一番くっきりなんだって。
なるほどです。祭りもいいけどちょっと空見て下さい。
淀んだ私の心もスッキリ浄化してくれるみたいです。
よ~し、明日は薄と月見団子です。

2017年9月30日土曜日

ひよっこ終わる

NHKの朝の楽しみのひよっこが終わりました。
朝のドラマどれも終わり方は幸せな形でおしまい、ってなるので、心のひっかかる物がないので見ている方もお・し・ま・い。楽しかったねとなりますが、その分幸せすぎると最後の方が面白くなくなります。
今回のも結ばれるべき二人が何組もそれぞれに結婚します。
記憶を失っていた父の記憶も断片的に戻ります。
そこでシャンシャンと幸せムードがみんなを包み幕を下ろすのですが何となく物足り気分です。
ひよっこの一番面白かったのは右も左もわからない東京に出てきた頃が一番見ごたえがあったように思う。

私たちの人生も振り返ると生きることに懸命だった頃が思い出深く懐かしく 感じるのではなかろうか。
子育てや仕事で時間に追われ「自分の時間が欲しい」と何度思ったことか、現在はその自分の時間がたっぷりあるのに有効に使っているとはとても思えない体たらく。

明日からは10月です。
心も爽やかにいきたいですね。
気持ちの香辛料みたいなのがあると良いですね。
歌を一曲覚えるのもいいし、季節の花苗を植え、縫いかけのスカートを仕上げるのも良し、何かヤッタ~感が欲しい季節になりました。

2017年9月26日火曜日

老人会会員増強促進

田辺市で老人会会員増強の研修会があり参加した。
平成26年から30年は全国で100万人、和歌山県では14,000人の増加を目標にしている。
今回は紀南地区御坊市~新宮市までの研修会である。
大阪の茨木市老人クラブ会長による具体的な活動のようすが紹介された。
会員数7,598人という大所帯である。
企業を巻き込んでの「いきいき交流広場」では趣味活動、サロン、介護予防の講座の場所を地域のスーパーなどが提供してくれて開催されていると羨ましいような事が紹介された。
また、追手門大学の協力もあり水中運動の成果を3年間にわたって追跡調査をするなど大都市ならではの状況も。最近ではホームページも開設されているらしい。
早速「樫の木だより」を閲覧した。色々な活動内容が掲載されている。
御坊市も「はまぼう学園」の活動状況も加味すればいい線いってると思いますが、

そして休憩をはさんでいよいよ増強のアイディアをグループ協議します。
各グループ5人づつでアイディアを出し合います。が、老人会特有の亡くなる人が居るのでせっかく増えた会員も一方で亡くなる方が居るので会員数の増加にならず現状維持さえ難しいとの意見が多かった。しかし、活動をニュースなどで取り上げてもらってどんな事をしているのかを知ってもらうようにしたいとか、会員に特典としてお店で買い物したら、会員証を見せて割引をしてもらえたら、などの建設的な意見も出ていた。
難しい課題に取り組む会員増強促進の研修会、さて会員数はどれくらい増えるのやら。

和菓子or洋菓子?

朝刊を止めて物足りなさにも慣れてきました。
先日、彼岸の花を買って包んだ新聞にこんな記事が。
和菓子と洋菓子、どちらが好き?
思わず見入ってしまいました。
そりゃ、洋菓子でしょ!と。ところが1,762人のうちの59%が和菓子。41%の人が洋菓子と答えたそうです。
「えっ、そうなん?」その理由や好きな種類の順番が載っています。
和菓子では大福、桜もち、おはぎ、かしわ餅・・・つばゴックンです。洋菓子ではケーキ、アイスクリーム、シュークリーム、チョコレート、プリンなどと続きます。
どっちも好きだけどどちらか一つと言われれば私は和菓子派、あんこ大好きです。
予想でも私と同じ洋菓子派が多いと見ていたらしいのですがね。
それぞれに思い出のエピソードもあります。
季節を楽しませてくれる和菓子や生れてはじめて友達の家でたべたアップルパイの甘酸っぱさが忘れられなくて、64歳になった今も月に一度は食べずにおれない。と言う人も、
食べ物、とりわけスィーツにまつわる思い出には幸せ感がありますね。
私も友達のお母さんが作って下さったホットケーキが今も記憶に鮮明に残っています。

さて、あなたは和菓子派それとも洋菓子派ですか?

2017年9月23日土曜日

秋彼岸

今日は彼岸の中日です。
春はぼたもち、秋はおはぎですよね。
そんなことより暑さ寒さも彼岸まで・・・
今朝はまさにそんな日です。
朝食には夏中ゴーヤやカボチャの冷たいジュースばかりでしたが今朝はどうしてもあつ~いコーヒーが飲みたくなりました。
カップを両手で包みこんでその温かさを楽しみます。
お腹も喜んでいます。
パンに昨日買ったいちごのジャムも新鮮な気分です。
でもその爽やかさも昼間は夏日になるらしいです。
そうこうしているうちに一気に本格的な秋は訪れます。

秋を楽しみながら何か始めたい気分です。

2017年9月19日火曜日

敬老の日の式典

敬老の日の昨日文化会館で式典とアトラクションがあった。
子供から高齢者までが舞台で日頃のそれぞれの演技を披露してくれる。保育園の園児たちの歌や演奏は心がなごむ。子供たちって見ているだけで勇気や希望を与えてくれるんですね。一生懸命さが客席まで伝わってきます。
また、市民大学「はまぼう学園」の各クラブによる大正琴、コーラス、日本舞踊、創作ダンスや夢屋舞組の華やかで力強いリズミカルなよさこいも花を添えてくれました。

知ってる方を舞台に見つけるとやはり注目します。
たのしそうに演じる姿はとても若々しく実年齢を忘れているようです。
若いときには多分みんな時間と仕事に追われながらの生活だったのが今こうして趣味に打ち込める事が出来るのは幸せです。
「いつまでもおげんきで」と園児たちが大きなプラカードを掲げてくれたのは励みになります。
来年もきっと・・・・・・

2017年9月17日日曜日

台風接近

台風18号が接近するというのだが今朝はまだ風もなく雨もない状態。
ほんまに来るんやろか?と思っていたら午後から次第に風が吹いてきた、こんな時何に注意して何を用意するといいのかピンとこない。
こどもの頃は入口に“せき板”を入れたり断水対策に大きな鍋ややかんやバケツに水を張ったり、いつもより多めにご飯を炊いたりした。また懐中電気は勿論大きなろうそくも登場した。御坊の水害を経験して災害に対しての備えの必要性が身にしみての行動だったのだろう。
そして、現在の私といえば呑気すぎますね。
今回もたいしたことはないだろうとタカをくくっていました。
どこかで釘を打ちつける音が響きます。
ビューッという音にちょっとは用意しようかなという気になり、植木鉢の背の高いのを物置にいれ、風に飛ばされそうなものを片付けました。
停電になったら困るなと言っても懐中電灯くらいしか思いつきません。
何時間も停電し冷蔵庫の食品が溶けだしても、トイレやふろが使えなくなっても対策のしようがありません。
あれもこれも電気があればこそという事を改めて実感しています。
今、21:30です。軒のツバメの巣が落ち、バイク以外の自転車3台がこけました。一旦は起こそうかと思ったけど風が収まらないうちは駄目だろうと倒したままにしています。
 何となく落ち着かなくて一日が過ぎようとしています。
市内放送があったようですが何を言ったのかさっぱりわかりません。このまま収まってほしいです。

2017年9月14日木曜日

園児たちと

幼稚園から老人会に敬老の日のお祝会に招かれました。
本堂での開催です。
園児たちが描いた表紙のついたプログラムには歌や手遊びなどが盛り沢山。
年長のクラスはさすがに手がかかりませんが小さな子のクラスは先生汗だくです。
それでも始まるとみんな大きな声で歌ったり私たちと手遊びをしたりしてたのしい時間を過ごさせてもらいました。
特に女の子はおしゃべりも上手で会話が弾みます。
牛乳パックでこしらえたマグカップにパンジーの花苗を入れたのをプレゼントしてくれました。
将来がいっぱいある子どもたちを見ていると私たちも元気が出ます。
97歳のマジックにもこどもたちは目を輝かせます。
今度は年長の子たちによるマーチングドリル演奏です。
阿弥陀様もびっくりの大音響で元気よく演奏します。
指揮はバトンをもった男の子、緊張感が伝わって来ましたが見事なバトンさばきを披露してくれました。
一生懸命練習に励んだのでしょうね。とても上手でしたよ。
プログラムの表紙です、にこにこ顔とトンボかしら
花苗にはお元気でいてねのメッセージ付きです

2017年9月11日月曜日

市民総体行った

時間に間に合うように会場の小学校のグラウンドへ行った。各地区の選手たちが胸にゼッケンをつけている。
わたしも「御坊」というのをつけていかにも選手らしい格好ですが、「御坊」の人達がどこにいるのかが分らない。
「まぁ、その内わかるだろう」と言ってたら仲間が来た。
そこで合流して皆と一緒のとこに。

グランドゴルフは最近シニア世代の間ではゲートボールを追いこして主流になってきているようだ。個人競技と言うところが人気らしい。だけど総体では団体戦ですって。
我チームは「御坊Cチーム」聞いただけで精鋭か否かが伝わってきます。〈ふ・ふ・ふ〉
5人で1チームそれでもMyクラブ持参の方は3人、私ともう一人が教育委員会が貸してくれるのを使います。
「弘法筆を選ばず」だぞ、って思って競技に臨みます。
やっててわかりました。5人とも「ドングリの背比べ」「五十歩百歩」なのです。なので楽しいのなんのって、「あれ~っ」が一番多いせりふ、ゴールをくぐり抜けてあれーっもったいないなのです。成績は言うまでもなく争う相手もなかったんじゃないでしょうか。
まさに向かうところ敵なし状態でした。
5時からお疲れ会にも参加しました。
楽しくお互いの親睦も深まりましたがこれ以後の総体のあり方という問題が課題として残りました。
現在どんな種目があってだれが参加しているのかが把握できていないのは急に出場した私だけなのだろうか?
町内会でももっとみんなに関心を持ってもらえるように出来ないのだろうかというのが私個人の考えです。

2017年9月9日土曜日

立待月

夕べふと目が覚めると窓の外が明るい、庭の灯りを消し忘れたのかと思ったが月明かりだった。
6日が満月だったので今夜は居待ち月なのだ。
満月、立待月、居待ち月、寝待ち月な~んちゃってね。
月の出を寝て待っていたらきっと熟睡で朝になってしまいそう、
眠いので外には出なかったけどきっとくっきりした月に違いないでしょう。だって月の光が冴えてるもの。

そういえば、日差しは相変らすだけど、日増しに秋らしくなってきてます。
夏中暑すぎて枯れそうになってた花達も元気を取り戻してきたみたいです。
おとといは一輪咲いてた玉すだれが今日は沢山咲いてつぼみもいっぱいです。

2017年9月6日水曜日

お医者の梯子

先日急に市民総体のグランドゴルフに出る事になった。
曲がる腰のせいで50メートルもあるところを歩くのは苦手です。そして何よりこの暑さ。
遠慮したいところだが、急に出られなくなった人の代わりにと役員の方がとても困ってらしたので引き受ける事に。
次の日曜日です。
よーし!膝の注射!今日行きました。
ついでになかなか治らない五十肩も相談すると治らないけど痛みが良くなる。とおっしゃるので肩にも注射です。
そのまま帰宅しないで近所の内科で健康診断の結果をききがてらいつものお薬をいただきに。
特定検診の結果は肥満以外はどこも悪くないそうです。

自分の予想通りの結果です。後がん検診があるのですが後日行こうと思います。これも多分何事もないつもりですが・・・(まだ受けてないのに)
今日はお医者の梯子をしました。
気になってた事をした後って何だかホッとします。
「総体」かかってこい!ですね。

名残りの桔梗が咲いてます。
秋の七草なのに夏中咲き続けました。

健康セミナー 最終回

昨日は老人会主催の健康セミナーの最終回です。
急に涼しくなったとはいえ湿度が高く雨が降りそうです。
にも関わらず大勢の方々が参加されました。
今日の講師は体操の くわばら りみ先生です。
「歌って 笑って 楽しい健康づくり」を広めておられます。
前々回にも歌とともにできる体操を教えてくださいましたが、私はもうすっかり忘れました。
そんな人たちのためにまた教えてくださいます。
グー、パー、グー、パーを速くしたり左右の手のグー、パーを交互にしたり、「おうまのおやこ」のリズムで楽しんだりします。高齢の方が多いけどみんなノリがよい。
複雑な動きになると歌が止まって動きの方に気持ちが集中するので先生、すかさず指摘します。ハッと気がついてみんなで大笑い。同時に色々出来ないのは私だけではありません。
腕と指だけを使っていろいろ組み合わせて体操します。
こんな軽い運動でも全身が鍛えられるようで汗ばんできます。
先生は痛いとこがあっても痛くないとこを動かしていると治るという持論をお持ちのようですが、私の五十肩もそうすればいいのかしら?とちょっと信じられない部分もありますがお話と歌う体操で2時間が短く感じられました。
何事も継続ですがそれがなかなか難しいのです。
できる事を続けたいと思います。
全6回の健康セミナーが無事に盛会に終わり役員一同ホッとしています。
中心になって計画、実行して下さった方々に心よりお礼申し上げます。
また、暑い季節にもかかわらず大勢の方々に参加して頂きありがとうございました。


2017年9月3日日曜日

教養講座

今回の教養講座は気象予報士の片平敦氏です。
思ったより長身(身長185㌢)の人懐っこい笑顔で壇上に立ちました。パソコンの画面を説明して下さいます。
自身の生い立ちから予報士になろうと思った幼少のころの写真も交えて現在に至る関西テレビでの気象予報士として13年間(だったかな?)活躍中のことなど。
お天気といえば私には先ず、雨、降水率がなじみ深いですが1時間に1ミリの雨でも傘が要るくらいで50ミリだと周辺の排水がうまく出来なくて溢れてくるくらいの大雨だという事です。
数値と体感が結びついてよくわかりました。
明日の天気を知る程度の天気予報だと思ってましたが「命を守る」という使命感を持って働いていると言います。
台風の進路や規模や雨の降り方が正しく伝わらなければ人命にかかわる事もあるからです。

気象衛星ひまわりとアメダスの違いもわからなかったのですがひまわりは宇宙空間、アメダスは地上で気象を観測するという事をそうだったのかと覚えました。
こどものころ学校の中庭にあった百葉箱はアメダスに替わって雨、風、日照、積雪、気温などを計測しているそうです。
ともあれ大切な気象の事ですがお天気は今後も矢張り片平さんやあまたつさんにお願いしといて私は明日の洗濯ものやお出かけの時に雨が降らないかの心配くらいしかしないでしょう。
だって、天気予報の当たる確率は85%の高確率なんですって!!
これからは当たらなかったからと言って「下駄をほおり投げて占っているのでは?」とか「猫を観察してるんでは?」なんて悪口言わないようにします。

器用貧乏

器用貧乏って聞いたこと有りますか?
何事も人並み以上にできるのになぜか裕福になれない人の事だと子どもの頃父に教わった事があります。
一筋にその道だけを行く人の方が結局は成功に繋がるということでしょうか。
能力がそこそこあってもいろいろな事に手を出した挙句、どれも中途半端になってしまう事が多いからから自分の目の前の事に精進しなさい。といったように思います。

ず~っと忘れていたこの事を思い出したのは私が大人になって父も亡くなって年月が経った頃でした。
 そして今また思い出してます。先日深夜のテレビショッピングで買った調理器具の事です。
荷物が付いたので早速ワクワクしながら開封しました。
おまけの真っ白い小さなフライパンが目を引きます。そしてお目当ての色々な切り方ができるスライサーも!!
TVで見たのと同じグリーンの四角い箱のようなものが。
付属品がこれでもかというほど付いています。
ちょうど昔、鰹節を削る道具でカンナの下に引き出しが付いたのがあったでしょ、あれに似てます。鰹節削りはそれだけの機能で引き出しに削った節粉がたまります。確か、カンナの刃の出し具合で厚さの調節が出来たような・・・

トマトのあられ切りを試しました。あれ???期待通りにいかない、熟しすぎてもないのに
果汁も出たわ、
次は玉ねぎこれも先に適当な厚さに切って格子状の刃の上に乗せ、上から蓋で押しつけます。が、TVでやってたようにスイスイ切れません。調理台の上で両手で押さえてもだめ、仕方なく床に置き両手に体重もかけてグイッと押すと下の箱に入ります。
玉ねぎ一個に何度もこの作業、TVで実践してたあの力持ちのおじさんも一緒に付いてないとこりゃあかんわ。
後は鉛筆削りの親方のようなのは切り口がきれいではない。キャベツのせん切りももっと薄く切れないとね。
色々できる器用貧乏な調理器具に期待したバカな私でした。
だけどそれほど腹立たしい気持ちにならないのは私もきっと大人になったせいなのでしょう。
今度は近くのお店でよく切れる包丁を買いたいとおもいました。

今年も期待を裏切らない純白の玉すだれです。

2017年8月31日木曜日

早起きは3文の得

「ブラザーズ5 スペシャルコンサート」チケット販売日です。
朝早くからいかないと良い席取れないというのです。
市民文化会館ですし近いので誘って下さった柳友たちと行く事に。
朝の5時に目覚ましで起き6時に間に合うように行きました。小さな椅子も持参です。
販売は9時からなので3時間も待たねばなりません。
すでに何人か並んでいます。一人きりではないのでもしトイレに行きたくなっても交代してもらえる安心感があります
仲間が居るので話もできます。
後へ後へとお客が来ます。
このコンサートは杉田二郎・堀内孝雄・ばんばひろふみ・高山厳・因幡晃の5人のユニットです。
何度も時計を見たりしているうちにやっと開館の職員がドアをあけてくれました。
 小さい方のホールに沢山の椅子が並べられ、入り口で整理券が配られました。私は18番なので18の椅子に座ります。
一番早く来た人はなんと!前日の夜10時から並んだそうです。
ここまできたらやっと一安心です。
後はどの席を買うかです。
1人5枚までという制限があります。私達も5枚づつ購入の予定です。
チケットはここだけで販売しているのではないのでそちらに配分してる席は買う事が出来ません。
ようやく販売が始まりました。大抵の人は複数枚づつ買うので18番目と言えどもすでに埋まっている席が・・・
でも買えました。早起きしたおかげです。
最後の人はまだ何時間も待つ事になるでしょう。
 結局早起きは3文の得だったようです。
その後私はモーニングに誘って頂きご馳走になりました。


2017年8月28日月曜日

真夜中のショッピング

何か面白い番組やってないかな?
丑三つ時です。昔なら草木も眠ると言われる時刻。
こんな時刻に目が覚めちゃってついテレビのリモコンを手にしました。
なにやら大きな声で言ってます。
この器具を使えばどんなに手早く野菜の下ごしらえができるかと実況販売のコマーシャルです。
何やら四角い箱をあっちからこっちからと野菜を切ってます。あっという間ににんじんやきゅうり、玉ねぎがサラダサイズに刻まれて箱の中にたまっていきます。ホントにあっという間。
さらに畳みかけてきます。いまから30分以内だと5000円もお安く、更に更にこのくっつかないフライパンもおまけしちゃいます。だって!!
この器具はせん切り、みじん切り、うす切りなどお手のものなんですって!
私この頃たまねぎのみじん切りが苦手です。切ってるうちに腰が曲がってきて玉ねぎと目の距離が近くなって涙が辛いのです。
これを買えばそんな苦労もなくなるはず。私に語りかける、いますぐお電話をって。
それが中々繋がらない。
やっと出たオペレーターは後一時間以内にこちらからおかけ直しします。お値段はサービス価格で、という。私眠らないで待ってたら半時間後にかかってやっと注文受け付けがすみました。夜中のショッピングはよくはやるとは聞いてたけどすごいですね。
何はともあれ数日以内にきます。下ごしらえはもうこっちのものです!!

2017年8月27日日曜日

健康セミナー5回目

全6回の健康セミナー23日に5回目が開催されました。
今回は白浜町の聖福寺の住職 関守 研悟氏でした。
この方のお話は素晴らしいという前評判で楽しみにしてましたが、私は初めてです。
演題は「豊かな心で生きる」とあったので、勿論仏教にまつわるお話だと思っていましたが、どうも様子が違います。
会場に、薄い水色の絽の着物と羽織の男性が色々な機材を設置しています。
私たちは受付係ですが、今日の来場数はこの暑さにもかかわらず100名を越えています。
やがて時間が来てこの男性こそが今日の講師の関守 研悟氏だったのです。
自己紹介から始まりました。
受け付けは時間が来ても来場の方が見えるのでお話を聴き逃す部分もありましたが、ギターを弾きながら四季それぞれの光景を思い出しながら誰もが知っている馴染みの叙情歌や唱歌を歌って下さいます。聴衆もいつしか一緒に口ずさんでいました。

今ある私たちの存在が奇跡である事を話されます。
「年毎に咲くや吉野の山桜木を割りてみよ花の在りかを」
という和歌をもって解説されました。
桜の花が咲く前はこの枝に花が隠れているのだろうかと木を割ってみてもそれらしいものは見つからない。という意味だそうです。
自然が創りだす不思議というか奇跡は私達にも通じるので今在ることが奇跡つまり命を大切にということでしょうか

声のトーン、話すスピード、歌にまつわる話題などどれもが聞き手を安らかにします。
音楽法話というのでしょうか。何十年振りかで聴く歌も記憶の巻き戻しによって歌詞を思い出しみんな一緒についていってます。
 お説法めいた話より心に安らぎを与えてくれる歌で日頃の疲れをとってくれるような時間でした。
 ギターとピアノで私達に安らぎの心を与えて下さった講演会でした。

御坊市花火大会

夕べの花火よかったね!
ポンポンと鳴りだして時間が来た事を知り、話で盛り上がっていた友人との会話を切り上げて道に出て見物しました。御坊の花火がすめば日高路にも秋が来ます。
今日の夜風はとても気持ちよく、昼間の酷暑を忘れさせてくれます。
今年ならではの色と形の違った花火も夜空を飾ります。
ちょうど良い具合に吹く風が煙を押しのけて次の花火に夜空のキャンバスを譲ってくれ一層鮮やかな色合いになっています。

例年は一人で見る事が多いのですが、友達と一緒はやはり楽しみも膨らみます。又一人声をかけてくれた人をよく見ればこれもまた同級生。こうして三人の花火大会が連続して打ち上げられる花火を更ににぎわいを添えてくれました。
写真は私のカメラでは無理ですが心に残ります。

先日頂いた変わった種類の紫陽花、盛りが過ぎても散りません。花の形がふと今夜の花火を連想させてくれました

2017年8月23日水曜日

選者になった

いつの間にか日が経っていました。
気になる事があるとこの欄の事もおろそかになってしまいます。
川柳の句会が迫っているのになかなか出来なくって気が気ではありません。
しかも今月の課題は私が出した「試す」という言葉です。
他に宿題として、舌、サンプル、帰る、が各3句づつ、他に自由題のが5句あります。
宿題や、当日席題として出される言葉に即興で作る句はそれぞれの選者が選んで発表の運びとなります。無記名で練習用の短冊用紙に書きます。

この時は本当に勉強になります。みんなが同じ言葉について、作るのですが実に色々な切り口での句が発表されます。無記名なので読みあげて初めて「私の句です」と名乗ります。
悩みに悩んだ言葉も「なるほどこんな表現があったのか」と読み上げるたび笑いが起こったり、ホォーと感心したりします。

私が受け持った課題はその場で選をするのではなく、持ち帰って選をして原稿用紙に書き写し、感想というか解説というかを書き添えて後日編集をする日に持っていくのです。これにはあらかじめ作者の名前が添えられています。

編集というのは選者が選んだ句を大きく訂正したりするのではなく毎月発行の同人誌「仁王門」に 掲載したり、地方紙に掲載されるのに原稿用紙に書き写して整理をしたりするのです。
私も課題を受け持っているので、その日に行きますが、その日までに選をしなくてはなりません。
みんなの「試す」についての全作品を見せてもらうのはとても楽しいのですが選ぶとなると話は別です。未熟な私が選ぶというのはあまりに荷が重いのです。
あさってがその日です。
 今日やっとその作業があらまし出来ました。
それに、今日は老人会の健康セミナーがあってその事も書きたいのですが日を改めます。

2017年8月17日木曜日

決断

――父の考えに従おう――
高見の結論はそこへ落ち着く。
決定は人間が選ぶのだ。
ギリシャ旅行に参加した事、旅の途中でクレタ島よりも赤い夕日が美しいサントリニを選んだのも自身の決定によるものだ。

しかし桜の頃には彼にはやはり不吉な夢か現かわからない不気味な兆候が現れる。
まるで不二草がみた兆候と同じような・・・
若い女性が電話ボックスで電話をしている。机の引き出しから尖ったナイフを取り出す・・・という様なまるで不二草の精神が生きているような。
ふとテレビに目をやるとジャイアンツが負けたプロ野球の結果を報じている。そして愉快になる。
妻の房子が明るく話しかける。
「どうしたの?いつも真っ暗のまま、食べない?またタイ焼きを買ってきたの。尻尾まであんこが入っているのよ」
陽気な声だ。
――もう何も悩むまい――
父がすでに決断を下した事だから。人間が選ぶ事だから
高見にも父にもアルクメールと呼ぶべき妻がいるのだ。
房子は涼やかな笑顔を返した。

この作品の書き出しと完結部分に不二草の見た不気味な兆候が数ページにわたって続く。

ギリシャ神話を軸に、自分の出生の秘密を探りながらも神の領域の遺伝子や生物学的な要素よりも人間の決断によりゆるぎない親子関係が構築されるという私にとってかなり難解な作品でした。
そのため本書の紹介も作品の本質から少し方向違いな個所もあるかも知れないことをお許しいただきたいと思います。
しかし、読後いつまでも心に重く残るかと思っていたのが妻の房子の明るい存在が中和剤となってかなりハッピーな気持ちで読み終えました。
長々とお付き合いありがとうございました。


朱い旅(疑念)

高見の自らの出生について自分の本当の父は高見政一か不二草薫かの疑惑がますます深まる。年表からの推測ではどちらの可能性もある。
ある時高見政一が大学の修士論文に「アンフィトリオン」の戯曲について書いたのを見る機会に恵まれた。

アンフィトリオンの妻が身ごもって産んだヘラクレスの父はアンフィトリオンの子か、はたまた横恋慕してアンフィトリオンに姿を変えて戦争に行って留守の間に寝所に忍び込んだジュピテル神の子かの問答がある。
妻のアルクメールはジュピテルが自分の子だといっても頑として受け付けない。
この子は夫アンフィトリオンとの子だ。とどちらの可能性がどれほど大きい物であっても決定はアルクメールに委ねられる。
しかし、この考えはアルクメールの考えであると同時に父政一自身の判断でもあるのではないか。
自分の主張を代弁してくれるテーマであったのではと考える。
あいまいな事実、答えの知りようのない事実、知ってみても甲斐のない事実があるなら事実は自分が決定しようではないか。そんな意味合いの文章が論文の中に綴られている。
父も母も仲睦ましい仲にもその胸中に「この子の父は不二草薫かもしれない」という疑念があったに違いない。
ずっと続いていた煩悶を遂にその決定を「俺たち二人でする」と決意する。

2017年8月14日月曜日

目にはさやかに

「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」
古文で習った好きな和歌の一首です。
8月7日は立秋でしたが燃えるような暑さの中ではとても秋の気配は感じられませんでした。
夜になっても熱気に包まれて息苦しいほどで暑さが最高潮だったのかもしれません。
昨日の朝、そして今朝は朝の空気が違ってましたね。
そして雲が積乱雲から小さな雲に変わりました。
橋の上には赤とんぼが飛び交っていました。
田んぼの稲も豊かな波を作っています。
少しは目にも秋がやってきたようです。昼間の暑さは相変わらずだけど夕暮れも日に日に早くなってきています。

子どもの頃の長い夏休みもお盆が過ぎるとあっという間に終わり毎年宿題の追い込みが待っていた記憶があります。
何はともあれ猛暑の夏も何とか乗り切れそうです。
そして「朱い旅」自分で書いていながら、もひとつ面白さが伝えられてないなぁと実感してますが、やりかけたので最後まで書きます。
お付き合いください。

2017年8月12日土曜日

恋人つなぎ

あの人もこの人にも不倫の疑惑が報じられてワイドショーは話題に事欠きません。
知らないうちに写真を撮られたりして芸能人や有名人は大変ですね。
そして注目されるのはその手のつなぎ方ね。
お互いの指を組み合わせるようにつなぐのが(恋人つなぎ)ですって!
映画を見た後足元がふらついたので瞬間的につないだなんて釈明されてた人もいた。私も〈どうでもいい〉と思いつつもよく見てるね。
もし、私がもっと高齢になって誰かの支えが必要になったときつないでもらったら(これが介護つなぎです)ってなるのかしらね、
悪いことして警察のお世話になったりしたら(逮捕つなぎ)でしょうか?
大きなお世話です。

日本の昼下がりはまだまだ平和です。

立ち葵
百日紅

どちらも繋がなくても独り立ちしています。
さるすべりのユラユラとゆれてる様は心がなごみます

2017年8月11日金曜日

餅まき

新築するお宅で上棟式に餅まきをするというので誘われて行って来ました。
近所の方々やもっと遠くの「ひさしぶりね」と挨拶する人など大人も子供も時間が近づくとおおぜいになりました。
私も見るだけだよと言ってこの事を教えてくれた友達といったのですが、実はスーパーの袋を持ちエプロン姿で結構やる気になってました。
はじめに大きなおもちや平べったいのを投げてそれから紅白餅を投げてくれました。
誰かが「もちまきは本性が出るんやで」と言ってたけどほんまや!みんな夢中で拾います。背の高い人は直接空中で受け止めてます。
普段どこが痛いここが悪いと言ってた人も別人になってました。
最後は子どもたちのためにお菓子もまかれました。
私は膝をかばうので 機敏には動けません。
  
私の成果はエプロンのポケットの4個でビニール袋の出番はありませんでしたが、翌日足の後ろが軽い筋肉痛になってたのは拾う事に熱中しすぎたせいです。
何十年ぶりかに行ったもちまき楽しかったです。

2017年8月8日火曜日

朱い旅(疑惑)

翌日、高見は昼休みに図書館の書庫で新聞の縮刷版に三月二十五日、樋笠の逆転サヨナラホームランでジャイアンツの奇跡的な勝利の記事を見つける。そして、その翌日の夕刊に探し求める記事があった。若い女性の絞殺死体を発見、記事には前夜の夜中に公衆電話をかけに来て被害にあった。その付近で昨年の三月にも通り魔によると思われる若い女性の死体が発見されている。

父母と不二草の年表にその事を書きくわえる。
母と不二草は大学事務員の母と助教授の不二草は同郷のよしみで近づきやがて二人は愛を交わすようになる。
一旦はのめり込んだ愛も鋭利な頭脳の持ち主も人間的には歪みが多く、円満な愛を育むのは難しい。
やがて、大学図書館に勤務する父、高見と知り合う。
何かのきっかけで二人は好意を持つ、やがて熱い恋心へと発展する。
そこから先は漱石の「門」の世界を辿ることに、
彼女は大学の職を去り、高見へ。
不二草は深く傷つく。
その為か不二草は次第に奇行を示すようになる。
その噂を聞いた二人には愛し合っていても彼を思うと暗い影が射す。 高見は大学を去りひっそりと生きる道を選んだ。そして交通事故をきっかけに年末に入籍をする。翌年の九月、高見一郎が誕生した。

その頃、不二草の病は年々ひどくなりどこまでが現実かどこからが妄想か自分でもわからない程になっていた。
そして高見が生まれた翌年の春あの事件が起こり更に翌年にも類似の事件が発生する。
そのまた翌年、病状が特に悪化する春に自らの命を絶った。

台風一過

昨日の台風が過ぎ去りあたりにゴミや花壇の花達をもみくちゃに、ひまわりや鶏頭は地面に横たわっている。
それにしてもこの突き抜けるような青空は一体・・・
本来なら今日はみんなと高野山参拝に行くことになっていた。
一昨日からあんなに気を揉んでぐずつく台風に振り回されたことが嘘のように晴れた青空を見ながら少し恨めしい。
友達も中止する方に賛成したことを気にして電話をくれた。だけどあの時点では安全という視点では良かったので気にしないでと伝える。
天候ばかりはどうしようもない。また別の企画を計画しましょう。

朱い旅(年表2)

年次順に父、母、不二草について年表を作った高見は自分の出生ついて考える。
そうしたなかギリシャ旅行で知り合った田辺から不二草について詳しく知る人物を紹介してくれる手紙が来た。
自分が頼んでおきながら松本先生という元医師に会うのを戸惑いながらも会うことに。

松本は高見の単刀直入の質問に高齢にもかかわらず記憶をたどってくれた。
それによると不二草は頭が非常に良くまたそれ故に エキセントリック(意味を検索すると普通でない・変わり者・奇人などと出る)な傾向がある。不眠にこらえきれず睡眠薬を飲むとひどい妄想を描く。春さきが特にひどい。
その事に悩んでいた。
その妄想とは先祖に剣の達人がいて訳もなく人を斬りたくなって辻斬りをやって切腹を命じられるというのだ。
その頃不二草の自宅近くで若い女性が通り魔に殺される事件が発生、夜中もかまわずふらふら散歩に出ていた彼は警察から呼ばれる。その翌年また似たような事件が春先に・・・。又警察にいろいろ尋ねられるそのショックで妄想はさらにひどくなる。が真犯人は未だ見つかっていない。そして次の春彼はその妄想に堪えられなくなって自殺に至る。
自分が眠っている間に無意識の行動を起こしたのでは・・・と。

母とは言わず溝口明美という女性について尋ねるもはっきりした記憶はないという。溝口は高木の母の旧姓。

家族はなく独り身、いい人でもいれば彼の人生ももう少し違っていたかもしれない、と松本は残念がる。
その人に去られたのが失意の発端であったのかもしれない。
趣味についてはへそ曲がりな彼にしてはどうしてと思うほど熱烈な巨人ファンだったという。
樋笠という選手が満塁さよならホームランを打ったらしいが本当かと夜明けに電話をかけてきたほど。もっともそのおなじ夜通り魔事件があったというのだ。
不二草についての収穫は充分にあった。
丁寧に礼を言って松本家を去る。

2017年8月7日月曜日

台風5号

台風5号が和歌山県に上陸した。
激しい雨風が叩きつけるようで一時は前が見えにくいくらいだ。
普段でも人通りの少ない家の前ですが人影はまったく見えない。
明日私たちは例年通り高野山へ行く予定でした。
台風情報を見ながら予定通り行くか中止にするかを検討していました。
明日は台風は過ぎ去っていくようだが吹き戻しの風と雨が残る、また運転してくれる方に迷惑がかからないかもと結局今回は中止するという事になった。
参加予定の方々に手分けして連絡した。
残念だけどお天気ばかりはどうしようもない。

明日になって台風一過のよいお天気になったら恨めしいでしょうがせっかくならよいお天気の日に行きたいです。
窓から見るとひまわりも遮光ネットも倒れてました。

明日はすでに作業が手を広げて待ち構えています。

2017年8月6日日曜日

平和祈念式典

あれから72回目の夏です。
今年もあの日と同じ晴天の猛暑の中で平和祈念式典が執り行われた。
午前8時15分参加者もテレビを見ている私たちも1分間の黙とうを捧げる。
今年は核兵器禁止条約 が批准された年です。
しかし日本はアメリカの核の傘の下にあるという事で賛同しなかったという。世界で唯一の被爆国なのに????

昨年オバマ大統領が広島を訪れたのは記憶に新しい。
あのときの折り鶴が多くの外国人を広島に呼び寄せまた沢山の折り鶴が贈られているという。

若い頃私も資料館を見学する機会があり、あまりの惨状に心が締めつけられた。
孫たちにももう少し大きくなったら是非訪れる事を勧めたいと思う。そして核のおそろしさと平和のありがたさを少しでも理解してほしい。

核の開発が進み現在ではヒロシマの時より何倍もの威力を持ち小型化され、どこからでも攻撃できるようになったという。そしてその数はTVで報道されていた数を覚えられなかったが信じがたい数であった。
持っているということが抑止力だというが世界の各国が保有すれば抑止力にはならないのでは?それよりどの国も持たない開発しないということのほうが大切というのは多分みんなが分っているのに手放せない。
核のない穏やかな日が来るのでしょうか?

朱い旅(年表)

父と母の結婚についての章がある。
父は53歳で他界。 悪性の腫瘍によるものであったがその23年前買い物に出かけて事故に遭い腰骨を砕かれた。 それは母と暮らし始めて間もない頃であった。

そんなことから自身の死を覚悟していて、自分の死後困ったことがあったら「箕川(みかわ)君」を頼れと言っていた。
二人で父の墓参りに出かけた折父が大学を去った理由を尋ねてみた(父は経済学部を出て文学部に学士入学、英語もフランス語も達者で大学に残るつもりだったのでは?それに対して「夏目漱石の門の世界だよ」と言っていたという。
漱石の「門」私読んだことがないでネットで検索すると親友の妻を奪うという話であった(ざっくり過ぎるが・・・)

何歳の時だったか母の遺品の中にどうして母がこんな本をと思うその本の裏表紙に不二草薫の名を見つけた。
その人の名前が読めなかったからこそ記憶に残った。
今改めてその色褪せた古い本に不二草薫の名を確認。
父も「門」の男と同じだったのだろうか?
不二草という珍しい姓それを萩の街で見かけた不二草薬局の看板に母と接点があったのではという確信に似たもの。
父は誰から母を奪ったのか?
不二草は母にとってどういう立場の人だったのか?
調べてみようと思った。
図書館で不二草の出身地を萩と知る。ノイローゼで自殺。
母とのつながりが見えてくる。
父、母、不二草の年表を書いてみる。

2017年8月5日土曜日

朱い旅 2

高見はギリシャ・エーゲ海の旅で知り合った「田辺」から一枚の写真を渡される。そこには結婚前の父も母も田辺も写っていた。ホテルの自室で改めて写真を見る。ふと目に止まった男性がいた。
「だれだろう?」翌朝田辺に聞くと不二草薫という人だと教えられる。田辺の記憶によると(彼は大変な秀才で経済学部の助教授をしていたが頭が良すぎて風変わりな人柄でお父様より経済学部の研究室に勤められていたお母様の方がよくご存じだったでしょう。ずいぶん前に亡くなられました。自殺でした)
高見は以前その名前を見たことがあった。自殺の原因は何だったのか知りたくなり田辺に当時の事を知っている人を探してもらう事に。

ギリシャの旅はサントリニ島の先端で見た水平線が朱に染まりながら沈む太陽の様子が一番心に残る良い旅あった。と振り返る。
サントリニに行くか、クレタ島に行くかは旅の途中でコースを選択することになっていた。高見はサントリニを田辺はクレタをそれぞれ選択した。すべては自身の決心から始まった事でこの決心によって数日前までは考えもしなかった絶景を見ることが出来た。――母はどうだったのか――と連想が首をもたげる。
やがて日本に着き「よい旅でした」「お世話になりました」と田辺と別れる。

ギリシャから帰ってすぐに母の故郷の山口県萩市の叔母から「おばあちゃんが亡くなったの。是非お葬式に来て下さい」と連絡があり萩市に向かう。
祖母にはずい分世話になったがすでに知った顔の人はいない萩での葬儀を済ます。
 母の遺品があるというのでそれらを東京の自宅に送ってもらう事に。

ホテルの付近を散策するうち〈不二草薬局〉という看板が目につき不二草薫と母は同郷だったのかと思う。

訃報

ミニ同窓会に何時も参加されていた方が亡くなった。
体調が思わしくないことは聞いていたがまさかという思いです。
新聞でその事を知った。
悲しいことは重なるものなのか、最近私のいとこ、夫の同級生、そして今度は私の同級生と続く。
どの人もお元気な頃の様子がつい昨日のことのように思い出される。
表現しがたい虚無感が漂う。

誰もがいつか泉下の客となるのだが、いつなのか?わからないから呑気に構えてしまう。しかし日一日とその日が近くなっているのは確かな事。
せめて一日を大切に生きたいものです。とは言いながらも
この暑さの中ダレ~となってしまってます。

2017年8月3日木曜日

朱い旅

子どもの頃親に叱られた時など自分はもしかしてもらわれてきた子じゃないか?などと思った事がないですか?
わたしはそんな幼い日の涙でしょっぱくなった思い出があったことをこの本を読んで思い出しました。

先日少し紹介した「朱い旅」です。
主人公高見一郎は東京中央図書館で司書として勤める、妻の房子は広告代理店勤務で帰宅が遅くなることもしばしば、子はいない。夫は妻のために夕食を作る仲のよい夫婦である。
ある日妻が芝居の切符をもらってきた、演しもの(だしもの)はモリエールでギリシャ神話らしいという。
芝居の中でも、この後ギリシャ・エーゲ海の旅に参加するが事になるがその中でもアンフィトリオンという名がよく出てくる。
アンフィトリオンの妻は美しいアルクメールという女性。
しかし、オリンポスの大神ジュピテルがアルクメールを見初める 。大神は戦争を起こし夫のアンフィトリオンを戦場に追いやる。その留守に自らを夫の姿に替えて妻の寝所の入り込む。(何ともゲスな神様だこと)
そうして生まれた子がギリシャ神話きっての英雄ヘラクレスである。

ヘラクレスは大神ジュピテルの恵みにより諸国の怪物を退治して民衆に平和と繁栄をもたらす とある。

この芝居を楽しんだ後勤務先の図書館連盟が企画するギリシャ・エーゲ海の旅に参加申し込みをする。
その先で知り合った「田辺昇」という初老の男性と知り合うことになる。
田辺は主人公の高見の父や母と親しかったという人物。
10歳の時高見は母を事故で失くしていて 記憶が少ないが事故死の時よりも鮮烈に思い出す場面があった。

大きな夕日が海を真っ赤に染めて落ちていく。朱色に焦げてジュッと音のしそうな熱い太陽、彼の傍らに立つ母らしい人がその光景を見ているうちに抱えていた悩みも心を洗われたという記憶。
幼心にも漠然と母の気持ちの変化を察していたような気がしてならない。
とあるがこの部分が重要な伏線であることを読みおわってからでないと気が付かなかった。

結構哲学的というか宗教的というかスラスラと入ってこない物語であるが、読み終えて長く心に居座っているテーマである。
続きに興味を持って頂けるかどうかはわかりませんが独断で日を改めて書きたいと思います。
こう言うのを独りよがりというのですね。

2017年8月1日火曜日

浜木綿のかおり

ミニ同窓会で「おいでよ」に甘えて友人宅へ皆で押しかけ花をもらいに行きました。
鹿の子百合と緋扇それに浜木綿の花などです。
とても広いのに手入れが行き届いています。何しろ水やりに2時間もかかるというのです。
貰ってきて4人がそれぞれ好きなように生けて写真を撮り見せあっこしました。それぞれ生け方が違います。たのしみも一入です。
それを下さった方へラインで送ってくれました。便利なものです。
浜木綿はよい香りがするのですが昼間なので「わからない」と友人は言います。調べてみたら夜に香るらしいのです。で、私はそれを独り占めで楽しみました。月下美人のかおりを薄くしたような良い香りです。

緋扇は涼しげな籠に
鹿の子百合はくるりと反転した花弁の斑点が鹿の子模様

2017年7月31日月曜日

ミニ同窓会

恒例のミニ同窓会に行ってきました。
年に3回も開催されるのですが毎回賑やかに和やかに食べて呑んでの会です。
もう何年続いているでしょう。
思い出話、健康や病気の話、最近の出来事などなど話題は時間が来ても尽きない。
参加者の顔ぶれも毎回似た様のもので回を重ねるごとに親しさが増す。何よりこうして元気に参加できる事への感謝の気持ちがあります。
学生時代には面識のなかった方々とも顔なじみになって親しくできるのはこの会のお陰なのです。
ただ昔と違ってきた点は吞むのも食べるのも量が減った事、必ず二次会へ行ったのがまっすぐ帰宅というところ、
歳なのでしょうね、
聞くと夜は9時には寝床にという昔のつわものもこのような状態です。
また元気に会おうねが合言葉でお開きです。

2017年7月25日火曜日

健康講座

今日は老人会の健康講座の日でした。
全部で6回で今日は3回目です。色々な分野の講師をお招きして健康に関するお話を聞いたり体操をしたりするのです。
役員の端っこでもあるので毎回大勢来て下さるのかが気になりますが今回もこの暑さにもかかわらず来て下さるのがうれしいです。
さて今回は薬剤師の方はどんな薬でも副作用があるので多種類のくすりをのむ人は気をつけるように、また検査の数値に一喜一憂しないように高齢になると血圧なども少し高めの方が調子が良い人もいるので数値の惑わされないようにとのことでした。
そして二部は警察の署員が高齢者は動体視力と反射神経が次第に鈍ってくるので道路の横断は少し遠まわりでも横断歩道を渡るようにして下さいとのことでした。
機器を使ったゲームのようなもので自分が歳相応の反射神経で反応できるかを調べて下さいました。
色のついたランプが点滅したら足元にある同じ色を踏む動作の素早さを、また緑のランプがランダムに2個点滅するのを認識して同時に押すその速さで年齢を測定するもの、後一つは縦になった二本のバーから赤いランプが上から下へ流れるように落ちてくるのを手元のグリップに届いた瞬間に両手で同時に握る素早さで年齢測定できるのと3種類の機器で測定してくれました。
大変な人気です。
自分の年齢を入力してそれぞれ測定、私は三つとも実年齢よりも若い結果が出て何となく安心しましたが、実際はバイクに乗っていてハッとする事もあるのでこれで安心してはいけないと改めて安全運転を心がけます。

2017年7月19日水曜日

草取りに励む

4日程前から草取りに励んでいます。
第一日目は朝6時~8時、それ以後は7時~9時という具合です。
空梅雨かと思っていたら台風が来て雨、それからは何度となく降りました。その度に草丈が伸び放題。
やっと重い腰をあげ取りかかりました。
案外草取りって他の事を考え無いので無心になれて好きです。
道路に面した空き地を2日がかり、慣れない同じ姿勢で居たので朝方こむら返りに悩まされました。
この痛さは経験してないと分からないでしょう。
大概は明け方が多いです。

今は裏の草取りです。6時から取りかかれば9時にはシャワーも着替えもできてるはずなのにそうは体が言うことを聞いてくれません。そんな時に限ってピン・ポ~ンが鳴るのです。
因みに私のスッピンは松居一代さんよりもっともっと迫力あって怖いよ。

何はともあれ、朝の空気はおいしいし少しづつでも片付いていきます。
昔の人は賢かったね「早起きは三文の徳」だって!



2017年7月17日月曜日

目から鱗

「目からうろこ」という言葉があるが、その言葉通り体験して頭も気持ちもスッキリしたという経験はどなたもお有りでしょう。
 私も今問題解決!!ってことでスッキリしております。
この欄も川柳の句会が迫っているのに後二句ができない、突然パソコンに文字入力が出来なくなった、音声も出なくなった、テレビの録画が見られなくなったなどと日替わりのようにトラブル発生して更新が出来ないでいました。が
これらの事はきのうまでに何とかクリアできました。今日、午後の数時間はエクセルで(セルを結合して中央揃え )してるのA列右の罫線が消えない事でず~っとこれにかかりきりです。

何度試してもできず、(セルの書式設定)を見ても意味がよくわかりません。その罫線はズーっと果てまで続いてます。
A列を削除しても駄目・・・・質問の検索をしても難しそうです、質問の内容を何度か替えて検索すると私と同じ質問があって藁にもすがる思いで開くと、「ウィンドウ枠の固定」が残っているのではとの回答がありました。
「ソャ!!この前ウィンドウ枠の固定を使った」。
確かにその通りでたった今その罫線が消えてとてもすっきり目からうろこの解決策にイライラがどこかへ吹っ飛んでしまいました。
まだまだ基本のキができてませんが、困り果てた末の収穫物は忘れないでおきたいです。

2017年7月12日水曜日

造語

さいきん「没イチ」という言葉が使われるようになったという。
配偶者に先立たれた人の事らしい。
離婚した人を「バツイチ」と呼ぶのに対してできたとか。
どちらもなんて嫌な響きの言葉だ。

造語が次々にできて日常的に使われだしてやがて新しい言葉と認められるのだろう。
代表的なものに「ら抜き言葉」がある。既に一般的に使われるようになっているが私はそれを聞くといまだに違和感を覚える。
また、「一歳年上」というところを「一こ上」 というのも耳障りだ。しかし「一つ上」はすんなり受け入れられるのはどうしてだろう?
古くから使われている言葉も時代とともに使われなくなって新しい言葉に移りゆく。
一時はやったオバタリアンなんていうのもいつの間にか聞かれなくなった。

言いやすくて美しい言葉が選択されて次世代に残せる日本語であってほしいものです。

2017年7月10日月曜日

山野草展

今回の山野草展は風蘭が中心です。
最近は白ばかりでなく紅色や緑がかったのもあります
どれも手塩にかけたというのばかり、私などはとても世話が出来そうにありません。
金屏風にかこまれておすまししたのや、見るからに高価そうな鉢に植えられたのや、またミニチュアの畳に鎮座したのやらでどんなに大切にしているかがうかがえます。

私は紫の羽蝶蘭を買いました。家にあるのは薄い藤色だから少し違ったのと思いました。
弱そうで凛としている姿もいいですね。
うっとうしい季節に涼風を感じるような爽やかさです。
何時も乗せて行って下さる友達に感謝です。私は花が傷まないようにそっと抱っこで持ってました。

小さな花ですがよく見ると複雑な色使いです
細い軸にこんなにたくさんの花がついてます


2017年7月7日金曜日

豪雨被害

豪雨被害の報道を見ると胸が痛む。
新しい情報はさらに痛々しい状況を伝える。
行方不明の人数は増え、えぐられた道路、巨大な流木の数々と大量の泥とがれきが救助の手を阻む。

被災地の方々に一日も早い復興を願つつもこんな惨状を目の当たりにして私は呑気にブログを書いていいのだろうかと気持ちがなえる。


2017年7月2日日曜日

大林素子氏の講演

バレーボールの大林素子さんが市民教養講座の講師として演台に立った。
テレビの中の彼女よりもっとスマート「顔,小さ!」が第一印象。「夢は必ずかなう」だったかな?
背の高いことで小学中学時代いじめられた事がばねになってやがてその背の高さを生かしたバレーボールに打ち込むようになり、ついにはオリンピック出場という夢をかなえた、引退後はこの人のブログの紹介にはタレントやスポーツキャスター、モデル、女優などとある。
言葉のスピードや声のトーンなどもとても聞き取りやすくまた明るい人柄が伝わってきて好感度大。
選手時代の厳しい練習ぶりやオリンピックという夢の舞台での活躍を聞いても夢を追うということのどこをとっても私にはとても当てはまらないことばかり。
「 夢持ってますか?」と問いかけられても私の夢なんて人に聞いてもらう様な大きなものではありません。
次々と夢をかなえ、またそのように努力している姿にえらいなぁ、と拍手を送りたくなりました。何よりそれまでの苦労が苦労のように聞こえないのは彼女のさわやかな話しぶりと人懐っこさがそうさせているのでしょうね。

ツバメたち

今日の私の気分は嵐のち晴れ。
夕べも早くに窓の戸を閉めた。羽ありたちが窓の灯りに集まってこないうちに締めないとサッシのレールにいっぱいたまるのを取るのが一騒動なのだ。
遅くなって玄関の灯を消そうとしたら庭中が真っ黒に羽ありが落ちていた。まだ生きているのや羽のとれたのやらが蠢いている。今日のはいつものうす茶色ではなく黒くて小さい。めんどくさがりの私でもこのまま放っておくことが出来ないので掃き集めて殺虫剤、ツバメたちはまだ残業中で巣の中の子供たちは親鳥に餌をせがんでいる。

今朝又羽ありの掃除をしていつものように新聞を取り替えようとしたら巣の中は空っぽ!!!シンと静まりかえっている。
「やられた!またカラスか」まだ巣立ちの練習をしていた様子はないからきっと食べられたんだ。気付いてやれなかったことの悔しさと自然界の厳しさを見せつけられて朝から落ち込んでました。
あたりに親鳥の姿さえ見えない。何度巣を見上げてもひっそりしている。

ところが夕方です。ツバメのさえずりが聞こえた。
ガラス越しに何羽かが飛び交っているようだ。
そっと戸を開けてみるとなんと親子のツバメたちが巣に帰ってきているではないか。
「巣立ちが出来たのかい!! 食べられたかと心配したんだよ」と話しかけた。どこかでトレーニングをしてきたのでしょう。そして私は晴れになった。とってもわかりやすい女です
一宿一飯の繋がりでツバメも家族のようなもの。しっかり飛ぶ練習をして渡りのための体力がつくまで見守りたいのです。

2017年6月30日金曜日

小梅日記

数ヶ月前「小梅日記」という本を貸してもらった。
川合小梅という和歌山で暮らした女性の日記です。
全部で44ページで活字も大きく絵本のようです。
生れは文化元年(1804年)和歌山城下~明治22年(1889年)86歳になくなったそうです。
この時代にしてはかなりの長寿、
父は早くに亡くなったので、お母さんと紀伊徳川家に仕える学者だった祖父に育てられ色々なことを学び特に絵と和歌に優れていたなかなかの才女。
16歳で結婚し1人息子にも恵まれ晩年まで活躍したそうです。
日記の内容は落雷で焼け落ちた和歌山城の天守の上棟式の様子にはもちまきなどの賑わいを伝えている。
又花見の時にはお酒を飲みすぎて泥酔、夜中に夫が火を起こしてお茶をのましてくれた失敗談(48歳)や51歳の時には大地震による津波で家や石づくりの橋が流されたり大きな船が川原に打ち上がり人の力ではどうにもならないとある。他にもほうき星の事、川原で洗濯をしてとても疲れた事、小倉神社での勇ましい馬かけに興奮した事や坂本竜馬が京都で襲撃され亡くなったことなども書いているなかなかの情報通です。
73歳の時には水野殿の娘さんに習字や絵などを教えに行くことになったというから驚きだ。
77歳の折にはなんと、早朝から夕暮れまで休まずにふすま絵を25枚仕上げて自分でもよく続いたものだと感心したら風邪をひいてしまった。となんともパワーがあふれた活躍ぶりです。
江戸時代の人々の暮らしぶりは私が思ったよりも屈託がなく 季節が巡るたびにお花見をしたり潮干狩りを楽しんだりしたのですね。
現在のように電話も車もない時代ですがそんなことはものともせず実に生き生きと又力強くおおらかな暮らしが垣間見える。
なかなか楽しい本なので一読をおすすめしたい一冊です

2017年6月29日木曜日

朱い旅

寝る前の読書に阿刀田高の朱い旅を少しづつ読んでいる。
去年図書館で無料でもらってきたものだ。
読み始めはあまり面白くないので途中で投げ出していたが今回改めて読んでみようという気になった。

薄闇の中で眼をさました。
どこかで見えない色が点滅している。・・・夢の続きかもしれない。春のさなか。ひたひたと白い潮のように攻めよせて・・・・

となんだか夢と現の中の病的ともとれる出来事から始まる。
怖いのはヤダヨともう少し進んだところで去年はやめてしまったのだ。
そこを乗り越えて読み進めると主人公の私、すなわち<高見>はごく普通の家庭でジャイアンツが好きな妻と暮らす人である。
あるときギリシャ・エーゲ海10日間の旅に申し込む。この旅が朱いのだろうか、どう朱いのかはまだ分からないが
この旅で知り合った田辺という男性と何事もなく帰国する。
よい旅だった、サントリニの朱色の風景が一番心に残る思い出だった。とあるのはこの物語の伏線であろうか?

旅から帰ってすぐに母方の祖母の葬儀に山口県の萩にいく。
母の(若くして他界)遺品が物置にあるのを自宅に送ってもらう事に。
少し面白くなってきた。寝る前の睡眠を導入するための読書にしておくにはもったいないような気がしてきました。
続きが気になります。

ひまわり

スッキリしない日が続きます。
しかし、植物たちにとってはこの時期は成長の為になくてはならない雨なのです。
私にとっても晴ればかりのカンカン照りの中にしっとりとした梅雨らしい雨の日は何となく気持ちもしっとりと潤してくれます。(毎日はイヤですが)
そんな中ひまわりが咲きました。
 
孫が種から育てたのです。やっぱりひまわりって元気をくれる花です。
つぼみが出来てきた頃には孫の背丈より高くなって上向いてるつぼみの様子が見えない程でしたが、色付く頃にはこっち向いてくれました。
私のプランターに咲く花達は配色を考えないで植えるものですから他家さまのに比べるといまいちですが、すっくと立ったひまわりの色と言い花姿と言いちょっと自慢したくなるくらいです。
お日様のいる方向に花の向きが変わると思っていましたが時計のようにくるくる回ることはありません。


2017年6月21日水曜日

AIスピーカー

AIスピーカーなるものがTVで紹介されていた。
人工知能がついたスピーカーで音声で呼びかけるとそれに反応してくれるそうだ、「ねぇ、クローバー(これがそのスピーカーの愛称らしい)、 今日のお天気にあった音楽は?」なんて言うとそれに合った音楽を流してくれたり好みのニュースを選んでくれたりと何とも親切な機能が搭載されているそうだ。
だけどねぇ、おばさん(私)は思うのよ、人間っていったいどこまで横着になっていくのよって。
私はすでに漢字は変換できるけど書くことが出来ない文字が多くなってきている、手紙を書くという機会がなくなってさて、どう書けばよいかうろたえる。まして、子供たちは電話で『○○ですが△△ちゃんお願いします』と取り次いでもらった時代があった事さへ知らない。
他人に対する気遣いや作法、自分で疑問を調べる時間、丁寧に何かに向き合う時間が無駄で時代遅れという事になりはしまいかと少し心配なのです。
そのうち人間は選択する事さえできなくなるのではって。
こう言うのを年寄りの冷や水って言うのよね。

時々忘れ去っていた植物も季節が来ればちゃんと花開きやっと気がつくことがある。
そんなとき少し恥ずかしくなるのです。咲くまでに見えないところで根を張り芽吹きそして時期が来て花を咲かす、少しづつ少しづつしかし着実に。
私は咲いた花だけ見てうれしくなって写真に撮ったり、なんて薄っぺらいなって。
だけど写しちゃった、わが家の山野草三姉妹です。

2017年6月18日日曜日

東国原英夫講演会に行った

元宮崎県知事 東国原英夫氏の講演会に行った。
前評判の高い教養講座なので1時間も前に行ったのだが
最後尾はここというプラカードを持ったスタッフの所へ並ぶ
会場はすでに大勢の人が座っていた。

始まりのブザーが鳴る頃には満席になっている、どこからともなく「こんなに大勢は初めてやね」との声がきこえる。
登場した元知事は政治家よりもやはりお笑い芸人が身についてるという腰の低さと言い身のこなしと言い、それだけで何となく笑える、これがこの人の本質なのか芸達者なのかははかれない。

大輪の菊が名産というところに講演に行ったとき善意でその名産の大輪の白菊がいっぱい飾られた演台で講演しおまけに後日贈られてきた写真は白菊に囲まれた自分が黒い額縁に入っていたという話に会場は笑いの渦が湧く。

知事に就任した頃の失敗談や子ども時代のおおらかな生活ぶりそしてたけし軍団の一員として学んだことなどを面白おかしく話すものだからとうとうお終いまでお腹がよじれるほど笑った。時間はあっという間に過ぎた。

その中でなぜ、お笑いから政治家を目指したのかというと、どちらも人を幸せにする仕事だからという言葉が私の心に留まった。
政治家は国民が幸せになるような政治をしてくれないとね。
今は無職と言ってたけれどもう少し政治の話も期待していたのだけど。


2017年6月15日木曜日

ネコになりたい?

小学校の下校時間である。
子どもの会話が聞こえてきた。
「ぼく、ネコになりたい」という。
一瞬私の全身が耳になってその続きをきく。
「そしたら、小学校へ行かれんで」と女の子の声。
ただそれだけで次が聞けないで遠ざかってしまった。

多分低学年の子供たちの会話である。
色々なことを想像してみた。
大人が言うなら人生が煩わしくなって気ままな猫になりたいと思うかもしれないが将来がいっぱいの子どもはそんなことを考えはしまい。
多分あのしなやかな動きで高い塀に登ったり、眠りたい時に眠り、時には大きく伸びをしたり長いしっぽを揺らしながら闊歩する姿に魅力を感じてのことだろう。
そして、女の子の返事は「小学校へ行けなくなる」という言葉に楽しい学校生活が覗われる。勉学に対する向上心も読み取れる。その純真さに私はにこやかな気持ちになった。

ここ何年も(○○○になりたい)と思ったことがない。
毎日が何となく過ぎてゆき、良くも悪しくも現実にどっぷり浸ってだらしなく、昨日と同じ朝が来るだけが幸せだと思っていることがまさしく老化なんだと認識した。
小学生に小さな刺激をもらった一瞬でした。

2017年6月14日水曜日

羽蝶蘭

シュッとした葉が生えてきたと思う間もなく何だかつぼみらしいものが、となると私の注目度120%です。
昨日開花した桔梗とともに室内に、私ってわかりやすいというか目の前に良いことを見つけるとそればっかり、
冬中植木鉢だけになっていたこの花の存在などすっかり忘れ去って芽生えてつぼみまで付けているのに「あなた誰?」と問いかける始末。
で、昨年の今ごろの写真を探して見ると羽蝶蘭ですって!
思い出しました。涼やかな色でまるで蝶が飛び交っているみたいです。楽しみだわ♪
枯らすのが上手と言われる私でもチャンと季節が成長を促しそれぞれの花をつけてくれます。しっかりネームプレートを付けておかないとと反省しました。

しつこいようですがこの色見て下さい
今年は沢山の小さな蝶が舞いそうです

2017年6月13日火曜日

色付きました


昨日はまだ色がついてなかったアポイ桔梗ですが今朝はこんなに鮮やかなむらさき色です。五枚の花びらがふんわりと集まって閉じていますが一分のすき間もなくピタッと寄り添っています。正五角形、しかも膨らみもあるこの形をだれが設計したのだろうと思います。
花も色々です。桔梗は五弁、菜の花は四弁、昨日咲いたカラーは一枚です。他にも種類によって六枚やもっとたくさんの花弁で出来たのもあれば朝顔のようにラッパ型のもあります。それぞれが美しく形作られているだけでなくなんらかの意味を持っているらしいのです。自然の不思議は人間の知恵が及ばないところで作られているのでしょう。
難しいことは考えないでこの愛らしい包みがほどけて涼しげな姿を見せてくれるのを楽しみにしています。
あじさいは何の変哲もないものですが、うちに咲いたのが高級な品種でない分素朴でかわいいと思うのは何なのでしょう、
こんな状態を指して言う言葉があるのに今思い出せません。私、それにピッタリなのに・・・

2017年6月10日土曜日

転ばぬ先の・・・


和歌山市で買い物をして帰りました。
転ばぬ先の杖のつもりで持っていったステッキにこれほど助けてもらうとはねぇ。
荷物とステッキとカバンでは手の数が足りません。なので
初めてウエストバッグを利用した。リュックは後ろに目がないので何となく不安です。
この前まで思ってもみなかった事ですがこれにも助けられた。鏡に映る姿は目を覆いたくなる程だが(大きなお腹の前にさらにバッグの厚みを想像してみてください)動きやすいので出かける時はこれだなぁと一人で納得!

生活の中で去年出来ていたことが今年出来ないことに出くわすことがたびたびある。
ステッキの出番が増えたこと、一度に三つは覚えられないし見栄を張って伸ばしたつもりの腰が少しも伸びてないことそして少し痛み出したこと、などなど
数え上げればきりがないけどまだまだ出来ることも数々ある。

夜寝る時に猫のキリ子に「明日もがんばろうね」と言ってきかせる、彼女もまた私と同じくらいの高齢者で一日のほとんどが睡眠時間。
朝が来て今日も元気だと思わずラッキー!!そして感謝
その割には一日を大切になんてすっかり忘れて「あしたがあればこそ」などと事を先送りする呑気な私なのです。
アポイ桔梗といいます。お手玉のように膨らんでます

こちらはカラー、先日芽ばえしたと思ったのにもう咲くのです

2017年6月7日水曜日

幸福について

消化不良になっている「人生論ノート」の第二章は幸福についてである。
まったくもって固く消化しにくい食べ物を丸のみして胃のあたりがゴツゴツしているような気がする文章である。

内容はともかく、旧かな遣い、旧字体そのものが苦手である。しかし、二度三度同じところを読み返すと少しスラスラと読めるようになる、そうすると文章の言わんとする内容が少しだけ理解できる。とても難解な文章だ。
それもその筈持って回った言い方をしないと当時の日本では言論についても統制下にあった時代である。
第一章の「死について」より身近に感じる第二章である。
どのテーマをとっても今を生きる私たちにも共通することがらである。
全文が現在口語体の文章ならもっと入っていきやすいであろう。
ボツボツいかないと未消化のまま胃炎になりそうです。
完読を今年下半期の目標にしたいですが途中で放りだしそうな気もします。
それにしても、お正月から6月まで過ぎ去るのが早かったこと!!

2017年6月2日金曜日

この夏は・・・

今、23時20分急にざわざわという音に外を見ると大粒の雨と風、各地でこんな急変があったことをニュースで知る。
真夏並みの暑さの日があったかと思うと、涼しすぎる日が
あったりと今年の夏は少しずつ暑くなるのではなく気まぐれな夏の訪れになりそうだ。
ほら、先ほどの雨ももう止んだかしら静かになりました。
最近のお天気は情緒に欠けるような気がする。

雨を例にとっても季節や降り方により日本人特有の細やかな感覚で色々な名前が付けられていた。
最近は世の中が効率とスピードが優先され、こう言った感覚が希薄になってきてはいまいか?
気候もそれに習ったということではなかろうが。

男女の想いを和歌に託して伝えた悠長な時代があり、手紙へと変化し、電話になり携帯やスマホと言った直接相手に伝えられる便利な世の中になった。
      
庭に咲く月見草を見ると夢二を思い出し「宵待ち草」を連想する。
〈待てど暮らせど来ぬ人の宵待ち草のやるせなさ・・・〉
又、〈今宵逢瀬を待ちわびる・・・〉の哀愁列車の歌詞のように直接相手に伝えられないからこそ生れたせつなさ、やるせなさをかき立てる表現が、現在なら指一本で「今どこ?」と確認できる利便性が細やかな感情表現を乏しくしているのではと時々思ったりする。
先日買った歳時記を時々眺めては日本語の豊かさ、奥深さを楽しんでいます。

2017年5月28日日曜日

月下美人

どこかにほったらかしにされていたのをもらったのが4年前、植え替えて世話していたが一度も咲いたことがない月下美人が、今日やっと咲きます。
今年咲かなかったら、棄てようとも思っていたのが何だか後ろめたい気がします。
夕方からつぼみが急に膨らんできました。
一晩しか咲いていないと聞いています。楽しみです。
今、夜中の十二時ですがまだ開ききっていません。
玄関に持ってきて今か今かと待っていますが、待ち遠しいです。
開くにしたがって香りが高くなって来ました。気品のある香りです。
私の育てているなかで一番大きな花が今まさに咲こうとしているのです。
純白というよりシルクのように少しアイボリーがかった白です。
 



それにしてもなんて複雑な形をしているのでしょう。
めしべのようなのがまた花の形をしています。
たった一晩しか咲かないというのにこの凝りようです。
それにこの香り、私いま、この花の総てを独り占めで楽しんでいます。何という贅沢!
でも、このまま寝るわけにはいけません。もったいなくて。

つぼみがついてるのを発見したのはつい数日前です。
見る人がいてもいなくてもと「野の百合」について聖書はかたります。私が気がつかないうちにも着実に咲く準備を進めていたのです。その努力を誰からも評価されなくてもです。
こんな時には神の存在を強く意識します。
そして自分がなんと目の前のことしか見ていなくてどこかに損得の物差しを持ち歩いていることを知らされるのです。
せっかく与えてくれた機会です。もうしばらく私だけの観賞会で夜更かしします。

運動会

孫の運動会の日です。
昨夜から風向きが変わってひんやりした風が吹いている。
4年生の徒競争が始まり私たちは前の方に移動して孫が走るのを見に行ったが、みんな同じ体操服だしわかりにくい。
練習の甲斐があったのか一番にゴールしたのをお弁当の時に褒められてうれしそう。
午後はよさこいを3・4年生合同で威勢良く踊る。
こちらは最後までどこにいるのかわからなかったが元気よく鳴子をカチカチさせながら踊る姿に感動。
最後は5・6年生の組み体操です。
一時組み体操で負傷者が出たことで何段ものピラミッドをやめる学校が多く出た。御坊小でもそんなことも考慮してか高くはしないながらも質で工夫ということだろう、驚くほど統制のとれた動きです。又一瞬で頂上の子が直立したりまたそのまま倒れ込むのを下段の子たちが受け止めるという息のあった演技を堪能した。
先生方のご苦労、生徒たちの熱意が一つになった演技に拍手が湧いた。
お天気も最高で一日楽しく過ごせました。
また毎日見ているとその変化に気がつかないが確かに去年の運動会の時より成長しているのを確認できたことがうれしかった。
今日はその孫が何だか少し頼もしく感じた親バカならぬ
婆バカな私でした。

2017年5月24日水曜日

三木清

人生論ノートを読もうとした。
物置のどこかに文庫本かがあった筈だが、手近な青空文庫を開く。
全119ページのスラスラと読めばすぐに読み終える程度のものだが、どっこいそうはいかない。
昭和16年8月発行とあるが底本は三木清全集昭和41年とある。
その頃はまだ漢字は旧字体で仮説は假説だし身体は身體、扱ふ、正確にいふとさうではない。というようにとても読みづらい、そして内容が内容だけに固くて戦後生まれの私には消化不良になっている。
体当たりで読もうとしてもその内容は噛み砕いても噛み砕いてもこなれないのだ。
同じ昭和といっても時代の隔たりがあることを如実に見せつけられた思いである。
「死について」「幸福について」「習慣について」「虚栄について」など今の私達にも身近なテーマであるにもかかわらずその入り口は狭くて固い。
なかなか近寄りがたい本である。
これから先も人生の宿題として引きずっていくのかもしれない。

2017年5月22日月曜日

フラダンス見た

フラダンス見に行かない?って誘われました。
「行く行く!」って出かけました。
優雅で美しい衣装の女性たちが大勢舞台で踊ります。
舞台の背景はあのワイキキの浜辺、立ち並ぶリゾートホテルから続く砂浜、真っ青な海には照明で波が揺れています。そして、空には月や星が出たり太陽が輝いたりします。
プログラムをもらっても曲名が読めません、
その美しい衣装というよりはドレスです。
さてダンスは神に感謝を捧げる為のものではと何の知識もありませんがそんな気がします。
そして、手や腰、ステップの動作は一つ一つが言葉なのでしょう。
なんせ、動きが美しく優雅です。
この日は大阪、神戸。岡山そして地元御坊の方々で総勢50人以上いや、もっと大勢ではないかと思われます。次々に始まる踊りを見ます。首元や頭に花飾りや美しい色のレイがフラを一層引き立てます。
 3曲づつくらい続けて踊るのですが曲ごとに人が入れ替わります。しかも物音ひとつ立てず、流れるように暗い舞台上での移動の動作も精錬されていました。
曲ごとに違う衣装での登場はとても目を楽しませてくれました。
貧乏性の私は「お金かかりそう」と別なことも考えました。
全部で60曲フィナーレは観客も交えて歌いましょうと言われても私はただ見ているだけでした。
ファンが大勢いるようです。
とにかく美しい舞台を堪能しました。


2017年5月17日水曜日

眞子様

今日のTVでは眞子さまのご婚約のことばかり。
お相手の「海の王子」こと小室圭さんの同級生などに彼の人柄や学生時代の様子をインタビューする場面も多く見受けられる。
インタビューを受ける若い人達の受け答えの言葉づかいの美しさにも感動した。きちんと敬語で話しそれが自然に身に付いているとうかがえるような使い方。
聞いていてとても耳触りが良い。
街頭でインタビューされる人達も同じ感じがする。
美しい日本語が使える人って素敵ですね。
私など到底できずに「アワワ、アワワ」って口ごもってしまうでしょう。
勉強になりました。
嫌な事件やキナ臭いことが多い昨今のニュースの中でこのおめでたい明るいニュースに人々の顔は晴れやかだ。
私も心からお二人のこと喜んでいます。

2017年5月15日月曜日

沖縄返還

沖縄が日本に返還されて45年目の5月15日だそうです。
沖縄の事、話題に上がるときしか私は思い出せません。
勝手ですよね。
テレビは基地返還は沖縄だけの問題ではなく日本の問題だと訴えた。
しかし沖縄で取材しているなかで沖縄の人々は基地に対して様々な感情を持っていることを改めて認識した。
そして、住宅地の間近に基地がありそこで戦闘機が離着陸の訓練が行われていることにも衝撃を受けた。
もし、願わないことが起こったときには真っ先に戦場と化するのではと不確かな未来に不安がよぎる。
カナダオダマキです。 
先日いただきました。主張し過ぎないやさしさがあります。下さった方の性格にも共通するところがあります。ふっと心が休まる気がしますね。
平穏な明日が約束される世の中でありますように…

2017年5月11日木曜日

青空文庫

以前にも紹介したことがあるが青空文庫は著者の没後50年以上たって著作権がなくなった作品を無料で閲覧できるサイトである。
ふと思いついて開いてみた。高校生時代からいつか読みたいと思いながら最早や半世紀も過ぎたというのに未だに手つかずに何かしらの折に不意にその忘れ物が思い出されるのである。
三木清の「人生論ノート」である。検索すると出てきた。
縦書き表示を選択、おっと、音声読上げという項目があるではないか、これなら他の作業をしながら聞くだけなら儲けもんと思ってポチッとした。
なんと若いお姉ちゃんらしき声、しかもそれは人ではない。
声と作品のつり合いが変だ。聞いていてどうも日本語に思えない。漢字の読み方が変、「実際」を「ミノルサイ」と発音する声に抑揚がない、思わず「やめてくれ!」と言ってしまった。
やはり、自分で読まなければ。作品の内容にあった声の高さやスピードまたその言葉の意味に沿った発音の仕方が考慮されてこそ朗読の意味がある。
第一章は「死について」であるというにこうも明るい声で読まれては作者もびっくりであろう。
驚きとおもしろさについ紹介したくなりました。
一度聞いてみたくなりましたか?

2017年5月9日火曜日

朝刊やめてから

朝刊をやめてから早や10日が経ちました。
郵便受けには何も入ってません。
少しさみしいですが何となく慣れてきました。
生れた時から身近にあって子どもの頃は小学生新聞というのもとってもらっていましたが、初めての朝刊のない生活です。
読まないくせに無いと寂しいなんて勝手なこと!

当たり前のことですが読めなかった新聞を片付けないまま積み上がっていくストレスからは解放されていますが、
ニュースはTVやネットで充分入ってくるのになんだか社会から遠のいてしまった感がぬぐえません。
古い新聞を数日間分古紙に出さずに置いてます。
天声人語の練習用にです。
そしてどこかに活字離れをしたくない自分もいるのです。