先ほどの小さな花の写真の説明、ここで下書きをするのですが、こことアップしたのとでは一緒ではありません。
それで「花も色々」開いてみたら写真の一言がバラバラです。
下書きに戻してもどうにもならないのでそのままにしておきます。紫の花の名前をわすれました。もうひとつが匂いスミレ、清楚な香りがします。後は今家の花瓶で咲く花です。小さくても有ると無いとでは大違いです。
先ほどの小さな花の写真の説明、ここで下書きをするのですが、こことアップしたのとでは一緒ではありません。
それで「花も色々」開いてみたら写真の一言がバラバラです。
下書きに戻してもどうにもならないのでそのままにしておきます。紫の花の名前をわすれました。もうひとつが匂いスミレ、清楚な香りがします。後は今家の花瓶で咲く花です。小さくても有ると無いとでは大違いです。
今年の桜は本当に美しく咲きました。
それに例年よりも早いですね。
新聞に平川のさくらとチューリップが満開の写真載っていたので連れってもらいました。
雨の降りしきる日曜日です。花はまだまだしっかりしていて散りそうにありません。
チューリップも色とりどりでどの色が好きかなんて聞かないでって言うくらいみんな好き。
色々あるからますますきれいで、世の中もあの人もこの人もいるからいいのだななんて思います。
紀陽銀行、西川の桜もまわって下さり、今年も元気で美しい春を楽しむことが出来ました。
桜に限らず小さな花も心を慰めてくれます。
| 小さな小さな山野草頂きました |
| こちらは匂いスミレです。 |
名前、忘れました。
ピンボケですが…
道成寺のさくらの開花具合はどうだろうかと言うことで連れってもらいました。
昨年は満開が少し過ぎていた。桜の時期だけ道成寺へ足を運ぶ。いえ、車で。
新聞に載っていたせいか結構人出もある。とは言え観光バスも来ない春なので参道の土産物店が一部しまっていると言う。
私たちはきざはしを上ることなど到底できないので裏の駐車場まで車で。
桜が出迎えてくれる。本堂前のしだれ桜が見事だ。かなりの樹齢だろう。座りこんでスケッチしている女性もいる。
私はカメラで写す。
境内の砂利、手にした杖、かがんでしまった腰、が歩くのもシャッター押すのも一苦労。
去年はここまで不自由ではなかったのにいやでも体の衰えを感じずにはいられない。
しかし久し振りの、しかも桜なので目一杯元気がでる。
こうして明るい気持ちになれるのは嬉しいことです。
少し写真見て下さい。
| 大きな椿は赤、白、絞りといっぱい咲いて その下には敷きつめたような落花です | |
| 本堂裏手の桜が満開でした |
ドッジボール程もある大きな新キャベツを頂いた。
これはもうロールキャベツ作らないと!
いつも冷凍製品ばかりだが頑張ってみよう。
ケチャップ味とコンソメ味では私、今日は絶対コンソメ味です。
大きなキャベツの葉を傷めずにむくには茹でるしかない。これまた大きな鍋に湯を沸かしてしんなりさせる。
熱いし重いし手強いけど頑張ってそっと葉を外して用意した。
ミンチとたまねぎ、人参をみじん切りこね合わせて包む。キャベツで包んでコンソメのスープでコトコト煮込む。
思ったよりおいしく出来たので私上機嫌。
もしもの時の保険にはカツオのたたき、これはスーパーで買ったものです。
これもなかなかおいしい。
なのでつい、ご飯のお代わりをした。ついでにママからもらったいちごクリームの三笠もペロリ。
こうしてまた体重が増えるのです。
東日本大震災から10年の歳月が経つ。
亡くなった方々への鎮魂の思いやその時生まれたばかりの赤ちゃんだった子の成長ぶり、また中学生だった子が肉親を亡くしても力強く生きてる姿などが次々と紹介されている。
どの人も想像をはるかに超えた困難を乗り越えた今、「感謝、仲間、人のためになりたい」と言う言葉が並ぶ。
看護師になった人、故郷復興のための仕事についた人、大工さんになった人、市役所職員になった人などみんなそれぞれの思いで今を力強く生きている。
人間の力ってすごいなぁと思う。
テレビを見ながら自分の10年を振り返ると、成長の足跡などは見当たらない、ただ齢を重ねただけ、10年のうちに失くしたもののうちやはり身体能力の衰えが一番大きい。
夫を亡くしたのも同じ年の春で10年を迎えた。
まあ、元気でいいか、友達もよく来てくれるし、趣味も出来たし、これが私なりの10年。
次の10年を迎えられるだろうか、ふと、自分の人生について考える事が出来た一日でもあった。
大切に生きていきたいです。
高齢化が進んでいます。
私もですが、キリ子の話。
エサは私の手のひらでしかたべられない、おしっこは最近粗相が多い、自分ではちゃんとしているつもりだろうが床に溜っている。
身体はトイレの中なのに・・・トイレが小さいわけじゃない、もう一歩前に座るとちゃんと出来るのに、「ちゃんとしてよ!」とついぐちる。
けど気がついた。眠っている姿はつい、声をかけたり触ったりして生きているのかの確認をしてしまう。
体に張りがないので寝姿はグタ-として死んでるみたい。無理もないもう18歳なのだ。
人間で言うと結構高齢。
今まで出来ていたことができなくなっても仕方ない。介護が必要になってきたのだと思うと少し苛立ちも薄れる。
私の姿が見えないと鳴くし我がままだし結構手がかかる。
でもこんな時間も残り少ないのかも。
「明日も元気でいようね」と寝る前に声をかける。こんな子でも私も癒されているのです。