2015年12月31日木曜日

ありがとう❤

今年もあと数時間です。
TVは今年の重大ニュースを振り返ってます。
これを見ていると沢山の出来事がありすぎて一年が長かったように思うし、我が身を省みれば何となく流れて行った月日でもあった

来る年はどんなだかわからないが、健康でありさえすればすべて良しとしようと思う。
元気でいれば友達と出かけることもおしゃべりすることも楽しめる。足るを知るという教訓があるがまさにその通り。
「○○があったら」「▽▽だったら」のたらは 願わないでおこうと今決めました。
三日坊主になったらどうしようなんて考えずにね。
兎にも角にも過ぎゆく今年に感謝です。
仲良くして下さった方々ありがとうございます。また来年もお世話かけますがよろしくお願いします。
どうぞよいお年をお迎えください。


卵のふわふわ

著者の(宇江佐真理)さんは11月7日亡くなった。
その人の名は知らなかったが読書家の友人が面白いからと貸してくれた。今年の読み納めのこの本は江戸情緒豊かな時代小説

髪結い伊三次捕物帳で有名ということだったのでお江戸の事件簿かと思って読み進めるとこれが何とも平和な江戸の庶民の暮らしぶりが鮮やかな筆致で繰り広げられている。
北町奉行所の役人正一郎とその妻のぶ、そして舅の忠右衛門とふで夫妻の家族の日常から物語は始まる。
平和でないのは正一郎とのぶの仲、まだ子はいない。何をしても夫は声を荒げてのぶを叱る。
やがて二人の亀裂は大きくなりのぶは離縁を申し出る。
舅は何くれとのぶを庇ってくれるがそれものぶを引きとめる術にはならなかった。
一時別居という形でのぶは兄嫁家族もいる実家へは行かず伯母の料理茶屋に身を寄せる、しかしそこでも慣れない仕事で体を壊し実家の世話になるが兄嫁は迷惑顔。
見舞いにきた忠右衛門とふでの優しさにのぶは大泣きをする。

その間役所では殺人事件あり子供のかどわかし有りと正一郎や忠右衛門は奔走して事件解決に努める。
しかし、この物語は事件簿ではなく食べ物にまつわる物語。
黄身返し卵、淡雪豆腐、水雑炊など六つのタイトルで話は進んでいく。
卵のふわふわもその一つ。これが二人の仲を修復するのであるがいつも舅が「わし、腹がすいた」と言ってのぶに作ってもらったりする料理などである。
しかし、どれにも教訓を隠し味にして読み手を惹きつける手法だが押しつけがましさがないので素直になれる。

脇役の登場人物もそれぞれの味わいがなお一層物語に奥行きを広げている。何よりハッピーエンドで収まるのは歳の終りにふさわしく穏やかな気持ちになった。
天神机、手巾(しゅきん)女筆指南所(にょひつしなんじょ)など江戸の香りのする言葉を知ったのも収穫である。

2015年12月20日日曜日

フェルメールとレンブラント展の受け売り

余りに重い「老後破産」のお話を御破算にしようということではないのですが、心豊かになる美術展の受け売りです。
前述の本を貸して下さった友達が行ってきたといってパンフレットをくれました。
フェルメールの《水差しを持つ女 》とレンブラントの《ベローナ》が日本初公開だそうです。
フェルメールブルーと言われる美しい藍色が水差しを持つ女にもふんだんに使われています。
女性の衣装、テーブルの上に丸められた青い布、それが窓辺の光に反射して女性の白い帽子も青く染まります。
片方の手に水差し、もう片方の手は内側にひらく窓を開けようとしているのでしょうか、そしてこの後水差しの水をどうしようというのだろうとか物語性が広がります。
私勝手な想像ですが女性は射し込む光が少し眩しそうにしているとこから朝日、そして窓の外の植木鉢の花に水を与えようとしているのではと・・・
テーブル掛けの赤が穏やかな朝を引き立てています。
きっと今日も平和な一日が始まるのでしょう。
フェルメールはモネやルノワールと同じくその色彩から女性に好まれる画家なのでしょうね。
一方、レンブラントは重厚な感じがします。《夜警》を本で見たことがある。
《ベローナ》の二重あごが面白かったよと友達は言っていた。確かに・・・  
いかにも中世らしく鎧に身を固めた女性の二重あごが親近感を与えてくれる。心なしか鎧の腹部もふっくらしているのはオーダーなのかもね。
画面左上から光がさしているが金属の鈍い光の反射が女性の顔立ちを なお一層際立たせている。鋼と柔、光と影がみごとに融合している。
私はもう見学してきたかのような気になっています。

2015年12月19日土曜日

老後破産

「読んでみる?」と友達が「老後破産」という本を貸してくれた。
(NHKスペシャル)の取材班が書籍化したものだそうだ。
<決してあなたも例外ではない!!>と赤い腰帯に気になる表示。
最近別の番組で同じようなのを見た。そこで老後が困窮している人たちの話では若い時の年収は一般年収に比べはるかに高かったにもかかわらずその頃は貯蓄しようという考えなどなかったとか、マンション購入に毎月の支払はこれからも何とか続けられるという読みの甘さで陥った人たちの話だった。
まるでイソップ童話の「アリとキリギリス」みたいだなと感じた。
だから、この本の人達も似たようなものかなと思っていたが、
読み進めてみるとまた違う老後破産の話である。
切りつめて年金だけでつつましく何とか生活していた高齢者がジワジワと老後破産に陥っていった道筋がかかれている。
今日と同じ明日が来ていたなら、それでも持ち堪えていかれたであろう暮らしが病気や連れあいの死がきっかけで経済的に困窮しその為自分が病気になっても病院へ行かずに我慢し、ついには重症化し、孤立し、また、生活保護を受けることさえ出来ずに
想像を超えるような貧困生活をしている人たちの悲痛な実態である。

読後は暗い気持に包まれたが、健康こそが老後の強い味方であることを知り、困ったときのSOSを行政に伝える術というか知識を持っておくことも人生を左右する重要なカギであることも知った。
私は例外などとのんきなことを言ってられない時代なのかもしれません。
今更、貯蓄なんて出来っこないのでせめて元気でいたいものです。 そして今までたいした病気をしたことがないまぁ、丈夫な体質で生まれてきたことを感謝しているのです。
 、

2015年12月13日日曜日

海難1890


話題の「海難1890」見てきました。何度か行ったことのある串本の大島で起こったトルコ軍艦の海難事故の話です。
1890年9月16日未明、大時化に襲われて木造帆船は波にもみくちゃにされています。マストが折れ、舵も失い頼みはボイラーだけ、それも石炭庫が水浸し。燃えるものを「何でも窯に放り込め !」との艦長の命令で大切な母国への土産物も大事に木箱に仕舞っていたものも焔の中へ・・・やがて虚しく大爆発をしてしまいます。
一方その轟音に驚いた島民たちも事の重大さに気付き、乗組員の救助に向かいます。125年も前のこと、島は貧しく交通手段もない時代。次々に運び込まれる乗組員たちに島の総ての食料や衣類や、低体温の瀕死のしかもどこの国の人かもわからないのに自分達の体温さえも与えようと肌と肌をあわせて温めます。

男たちでは足りないから女もということになり医者の手伝いをしているハルが着物を脱ごうとしたとき、遊女のユキがそれを止め、「私が・・・」と名乗り出る。
ひとが覚悟を決めた時、物よりもその人の誇りが後押ししてくれるのだということを感じた。
座礁して間もなく爆発するその艦内では自分の持ち場や役割を遂行する。また島では自分たちの食料さえも差し出し、先ほどのユキが裸になって温めた行為も「三代目のユキだよ、」と粋な啖呵を切る。
これも遊女といえども人助けをすると決めたからはというプライドがそうさせたのだろう。
その島民たちのまごころが95年後のテヘラン救出が結びつくことになるとはだれが予想しただろう。
日本とトルコの親愛の礎となった島民のまごころを私たちは忘れてはならない。
気になってた映画だけど一人で行くのは・・・と思っていたのを誘って下さった方に感謝です。  

yahooJapanの画像

慰霊碑

2015年12月9日水曜日

来し方

師走もはや上旬が過ぎようとしています。
この一年の来し方は良いこともいっぱいですが、体力的に去年の今ごろはこれほどではなかったのにということがあります。
久しぶりにラジオ体操第1、第2やってますが、息切れします。
 私、こう見えてわりと真面目なので、この体操だって、「大きく円を描くように…」なんて言われるともう一生懸命、腰を中心点にして腕を伸ばしてグルグルってやってしまいます。
あくる日は筋肉痛になりました。
又、広いスーパーなどへ行くと自然と何かにつかまっています。
早い話が伝い歩き状態。曲がった腰の<く>の字が段々鋭角に近づいてきてます。
でも、まだまだ弱音は吐けません。
それに、したい事が次々に出現します。読書に縫物、手芸やパソコンの勉強、友達があちこち連れってって下さるのも楽しみです。
家族のためにご飯を作るのはちょっと役に立ってるのが実感できるし・・・
感謝の一年でした。
今日は年賀状のデザイン考えたいのです。

2015年12月8日火曜日

アール・ブリュット

最近アール・ブリュットという言葉を耳にすることが何度かあった。
最初この言葉に接したのは中川邸で開催されている障がい者の作品展の案内状が届いたときだった。
もちろん聞きなれないこの言葉の意味もわからなかった。

先日新聞で紹介されていたこの言葉「アール・ブリュット」は<生(き)の芸術>と呼ばれ、正規の美術教育を受けていない人が、自らの衝動のまま表現した芸術のことをさすのだそうだ。
その中に障がい者のアートもふくまれ、流行や周囲の評価に左右されない無垢の作品として評価されているのだそうです。

そういえば中川邸で見た作品には無垢の作品というべき物が沢山あった。時間も労力も惜しまない只自身が納得するまで追求するという作業に没頭してきた作品たちなのだ。

 私たちが何かを作る時出来栄えとか他人の眼を気にしたり、又商業ベースにのせるとき経費だとか利益率、何より売れなければならないという観念が先立つのは当然のことなのだが、そんなことの束縛から一切解放され、伸び伸びとあるいは 呆れるほどの時間をかけた緻密な作品がとても健康的な気がしてきた。

もう一度見学しようかなという気分になっています。


2015年12月6日日曜日

コンビニきつねうどん

滅多にいかないコンビニで「きつねうどん」買いました。
レンジで5分と書いているけど、私の脳内にはプラスチック容器をそのままレンジで加熱するという文化がない。
だってこのうどん買ってはみたけど汁がないしょうゆか味噌のかたまりのようなものが麺の上に乗っているだけ。
これを混ぜて食べる焼きそば風のものかと思った。
何度も説明を見て5分間加熱した。
出来あがったそれは何とツユたっぷりのきつねうどん!
さっそくいただきま~す。
なんとツユの味はインスタントとは思えぬおいしさ、麺に至ってはその腰の強さに圧倒されそう。
これって今話題のフリーズドライっていうものなの?
きつねうどんだけに狐につままれたみたいな気持です。
今度買った時にはそのおだしの正体、はじめはどうなってるのかつきとめてみたいものです。
つくづく時代に取り残されて化石化していく自分を見た気がしました。

イルミネーション

クリスマスのイルミネーション見につれってってもらいました。
孫も一緒です。
もうこの時期になるとみんな楽しみにしているのです。
有名です。今年はどんなふうになってるのかとついつい期待しちゃいます。
このお宅の屋根にも広い前庭にも一面電飾でチカチカしています。サンタあり、星ありミッキーあり楽しいものいっぱい。
色とりどりのLEDが光ります。色の取り合わせを考えながら配置する作業は大変だろうし、また片付けるのも大変でしょうに毎年こうして楽しませて下さるのです。
おとぎの国へ迷い込んだようです。
私も年甲斐もなくはしゃいでしまいました。
帰り際、フト見かけたのですが、黒い自動車の後ろ側のボディと
窓にその電飾が映っていたのですが、黒いとこに色とりどりの灯りが又、得も知れぬ美しさ、とってもお得感のあった夜でした。

2015年12月4日金曜日

姉妹の愛

毎朝「あさが来た」たのしみにしてます。
高視聴率なんですって。
今朝の放送で はつ と はる が大阪で過ごす最後の夜の会話、寝床でのお互いを思う会話です。
とってもうらやましいなって感じました。
親子の愛、夫婦の愛、恋人同士の、そのどれとも違う、愛情に心打たれました。
「お互い精いっぱいお家守って、精いっぱい幸せになろうな」
というセリフです。
 私、あまりひとさまのこと羨んだりしないたちなのですが、こんな優しく強く、どんな時も思いやるお姉ちゃんがいたらどんなに素敵だろうと参った参ったです。お姉ちゃんいないもんな、

 ちょっと心寂しくなったので、景気づけに「闘牛士の歌」聴きました。「トレアドル、ラララ」のテンポの良いのを大音量で聴きました
これで完全復活!
最近忘れっぽくなって困ることもあるけど、少しの落ち込みも同じように忘れ、立ち直りも早くこの通りです。

2015年12月3日木曜日

冬の日の恵み

昨日の干し柿です。
想いが伝わったのか留守の間に大根を置いてくれてました。
こんな立派な大根はきっと彼女!
雨が降ってその後は厳しい寒さが来るそうな。チャンスだよ。
煮物と切干、漬物も出来そうです。
こんなのを「待てば海路の日和あり」っていうんだろうなって一人ニヤついてます。

話は変わるけどもう師走。年賀状もつくらなくては、毎年早め早めにと思うんだけど、押し詰まりすぎて自分で配達しなければいけない事になりそうになってしまうのです。
だけどデザイン考えるのはちょっと楽しいね。
お正月らしく華やかにいきたいですね。
干し柿見に行ったら、シャコバサボテンも色づいてました。
緑の茎からどうすればこんな鮮やかな赤い花が生まれるのでしょう。
神様のプログラムにちゃんと組み込まれているとしか言いようがありません。

2015年12月1日火曜日

つるし柿

この前からつるしておいた柿ずい分いい色になってきた。
ひとつだけ味をみる。元渋柿なのだから味をみるといっても
大口開けてパクッなんてして、もしまだ渋が残っていたら大変な目に遭う。慎重に少しだけちぎって舌の先で試す。
渋さは感じられない、もう少し大きくちぎって口の中へう~んあまい❤
今度は大胆に半分ほおばる。外側は乾燥してるけど中は軟らかく種を抱えている。昔の人はあんな渋かった物をこんなやさしい甘さに変える方法を編み出すなんて。
残りの半分も「あぐあぐあぐ」って食べちゃいました。
五個ずつつるしたのが3本あんなに大きかったのに三分の一になってます。自分で作ったものはひとしおです。
お正月に間に合うと思っていたのですが正月まで持ちそうにありません。おいしいうちに頂くのがいちばんでしょう。
太陽の光と北風それにこれをくれた友人に感謝です。
あ、写真撮っておけばよかったなぁなんてこんな夜になって思ってます。

2015年11月30日月曜日

女性リーダー研修会

県の老人クラブ連合会主催の女性リーダー研修会が田辺市であり私は参加するはずだった役員のピンチヒッターとして急きょ参加することになりました。

リーダーなんておこがましいのですが、何でも勉強です。
今年のテーマは高齢消費者被害防止活動と見守り体制の重要性。そして会員増強についてです。

あの手この手で高齢者を被害に陥れる事例をビデオで紹介して
分かりやすく説明して下さいました。しかし、面識のない人にどうしてまんまと大金を巻き上げられるのかわかりませんが被害額の大きさに驚きます。
やはり一番はお金を支払う前に誰かに相談することに尽きます。
「自分は絶対大丈夫と思う人こそ気をつけて」 と言ってますが、私はそれを聞いても大丈夫と思ってしまうのが危ないのでしょうか。

そして、減り続ける会員を増やそうという「会員増強」のことは
それぞれが多彩な別々の趣味を持つ人が増え難しい問題だと思います。
また、地域活動の中でどんな活動を展開してきたかを発表する事例発表もあります。
今年は田辺市と由良町の発表です。どの会もみんなが元気で健やかに生活できるような取り組みを発表されました。そして、田辺市女性部によるタオルを使った体操です。おそろいのローズ色のポロシャツに黒いパンツで「明日があるさ」の曲に合わせて体操をしてくれました。軽やかな曲に乗って楽しそうでした。
みんなの知ってる曲に振付するのはいいアイディアと思いました。
今日の元気に感謝します。

2015年11月28日土曜日

北風と干し柿

暖かい日がつづいていたので急なこの寒さに縮まっています。
同窓会もすみ本格的な冬がやってきたのです。
夏中は「冬の方がまし」なんて言ってたけど撤回します。
怠け癖はすぐ体中を支配します。
朝は夏のように起きられません。
朝一時間早く起きると寝坊するのとでは一日の仕事の片付きが全然ちがうのはよくわかっているのですが、昨日と同じ寝坊をしてしまうのです。
TVの「朝が来た」というようにはいかないのです。
だけど、またこの寒さを待っているものもあるのです。
先日干した柿、この寒さで水分が飛んで半分くらいになり、干し柿らしくくすんだ色合いになってきました。

こんな日は切干大根を作るのに持って来いなのです。乾燥した北風と日の光にあたってすぐに甘い香りの切干が出来るのです。
毎年友達がつくるりっぱな大根もうすぐ届くはずです。
た・の・し・み・にしてます。

2015年11月25日水曜日

校内マラソン大会

小学校の学年別校内マラソン大会がありました。
私は両親が仕事なので代わって孫の応援です。
白と紺の体操服はみんな一緒に見えて孫がどこにいるのか分りません。やっと眼の前に来たとき発見し、おもわず「がんばれ!!」。
コースはトラックと体育館のまわりを走る、1㎞です。
「おっ、練習の時よりええ感じやないか」単純な私は心のガッツポーズ。いつものヘラヘラした孫ではありません。
最後まで走り抜いて6位でした。頑張ったな~。
パパやママに急いでメールしたのは言うまでもありません。

次は女子です。駆ける駆けるでもその中に半泣きの子がいました。まだ、半分も走っていません、気になります。だけどその子も無事にゴールしました。ほっとしたのですがゴールと同時に大泣きです。人目もはばからずに泣いています、先生はその子にしばらく付き添っていました。学年全体が終わる頃その子も気持ちが少し落ち着いてみんなと一緒に教室へと帰って行きました。
ビリではなかったもののいつもの実力が発揮できなかったのでしょう。
全員無事に走りました。子供たちの声援も励みになったのでしょう。 
今朝、その子は元気にわが家の前を登校して行ったので安心。立ち直りの早い強さを見せてもらった気がしました。
こうでなくっちゃね。マラソンは今回限りではないし、おばちゃん、影から応援してるよ!!

2015年11月23日月曜日

同窓会

同窓会の日です。
気になっていたお天気、曇っていたのが降りだしました。
でも、どしゃ降りではなく閉会の頃には上がっていたのでうれしかったです。。
私たち役員は少し早めに行ってそれぞれ受け持ちの仕事があります。
受付が始まったころからもう同窓会は始まったかのような賑わい。

四人の先生方もお見えになりました。お元気です。
校歌の斉唱に続きクラスごとの参加者紹介、先生方ともで63人です。そして乾杯! と続きます。
お料理もそっちのけでしゃべる、しゃべる、しゃべるです。
よくもこんなに話題があったもんです。 私も滅多に会えない人とお話しようと思ったのですが、時間の中でお話しできなかっ方々もいます。
同窓生ってどうしてこうも話が弾むのでしょう、年齢を重ねるごとに懐かしさと会える喜びがひとしおです。
元気に参加できる事は幸せよねとみんなで言いあいました。
閉会後は二次会に行く人、そのまま帰宅する人それぞれですが、みんな気分は中学生の笑顔になっていました。又三年後です❤

2015年11月22日日曜日

マイナンバー

マイナンバー通知カードが届きました。
なるほど12ケタの番号です。覚えられません、もともと私は数字に滅法弱いのです。
だのに、この通知書は数字だらけ!
個人番号に始まって、申請書IDこれは12ケタどころか23ケタ、
別の宛名用紙には私の住所だろうか鉄道の線路のようなバーコードその下にアルファベットまじりの大量の数字、そして又その下には見慣れたバーコードとまだその下には送付管理番号がズラズラズラッと。
説明書がついています。個人番号カードが申請できます。
そうするとメリットがいっぱい、と謳っているけど、今の私にこのカードでなければというのはなさそう。
しばらくは申請しないでおこうと思います。ずっと引き出しの奥に眠ったままになるのかも。
大切なものらしいので失くさないようにします。


2015年11月18日水曜日

あと5日です

まだまだと思っていた同窓会あと5日に迫りました。
現在、恩師も含めて62人の参加です。
ここへ来て気になるのがお天気情報。
この時間のニュースでは九州地方での大雨が伝えられています。
季節外れの大雨が台風のときのような勢いで降っています。
 同窓会という晴れの日にはやはり晴れが望ましいです。

今から、賑やかな会場の様子が思い浮かびます。
今回はひざの痛い方も多くなっているということでテーブルとイスになります。私もこれは嬉しいことです。
また、心配りの行き届いた方の提案で、会場の一部に畳の部分を用意して坐って雑談もできるようにします。

あと何回開催できるかなどと自分の年齢を確認しあう私たちですが、今できることを頑張るだけです。
体調の不良などで急に出席出来なくなったという知らせが来ませんように祈るばかりです。

2015年11月17日火曜日

書道展

墨痕鮮やかな力作という言葉通りの書道展です。
箕島の有田市文化福祉センターで開催されました。
 私の悪筆は友達の間でも有名です。そのため、書道展はどうしても敷居が高いのです。

会場はかなりの人出。何時もなら「この方たちもきっと達筆なのだろうな」と少し緊張するのですが、
奥へ進むと何だかいつものその硬さが解きほぐされるような気がします。雰囲気もいつもと違うのです。
カラフルなのです。
私は書展といえば墨の色こそ違え、白と黒とで表現されるまさに茶室のあの静かな世間の喧騒から解き放たれた世界を感じていたのですが、
ここでは書の雰囲気に合わせて色とりどりの布で飾られた作品は思わず「まあ、きれい」と心が弾むようです。
格式高い書もこうして軸にしたりアクリルのパネルに飾りつけたりすると床の間や和室ばかりでなく洋間にも似合いそう。
とっても身近に感じます。
だからというわけでもないでしょうが、会場のあちこちから楽しげな会話も聞こえてきます。
時代とともに変わりゆく様に驚きました。
見ごたえのある展覧会でした。

2015年11月13日金曜日

幸せってな~に?

「貴女にとって幸せとは何ですか?」
何年か前に聞かれたことがあった。
私は即座に「満足出来てることでしょう」
と答えた。実際に心からそう思ったかどうかはわからないけど何か答えなければとそういったように思う。

でも幸せ度ってその時その時で変わって行くものと思いません?

若い時は新しい洋服を買った、楽しい旅行に行った。新製品の口紅つけてみた。なんてことが幸せだったし、
子供が生まれてからは一歩を歩んだとか幼稚園に通いだした、
そして、息子が結婚したときも飛びきり幸せだった。
最近はというと朝目覚めて昨日と同じに元気だったら、思わず「ラッキー!」なのだ。

欲を言えばきりがない。でもね、無いものを数えるより今あるものを数える方が精神的に幸せいうことに気が付きました。
庭に咲く朝顔、夏に咲いた花の種が落ちまた芽生えて深まる秋の夜の寒さのせいで大きくなれずに地面に張り付いたように咲いていますが、この満足そうな自信たっぷりの様子見て下さい。
どこに咲いても、精いっぱいの生き方をして幸せそうです。

その後、この花は弱い秋の日差しの中で夕方まで咲きました。
えらいなあって思いました。


2015年11月10日火曜日

古木鳴鵙図 

「古木鳴鵙図」今日読めるようになりました。
(こぼくめいげきず)と読むのだそうです。剣豪宮本武蔵の有名な水墨画です。
テレビや写真で見たことがあります。が何という思い違い!!
私は水辺の葦にとまっている雀とばかり思っていましたが、実は
枯れ枝にとまる鵙(もず)なのだそうです。しかもまっすぐに上に向かうその枯れ枝を伝って芋虫が上っているのだとか、「えぇ~っ
ほんとう?」拡大図をみると芋虫が這っています。スズメと思っていた鳥は鋭い眼と嘴を持つ百舌だったのです。
いったい私は何を見てたのでしょうね。
おっちょこちょいでおおざっぱなじぶんを目の当たりにしました。
俳句のサイトを見て、また関連のサイトへと移っていったとこでこの言葉に出会いました。
俳句って季語にも難しい漢字や言葉が沢山あって勉強になります。日本語の豊かさや細やかな美しい言葉に埋もれてしまいそうになります。
見落としそうなところにも目を凝らして観察したり感じたりして俳句が作られるのですね。
ちょっとは見習わなくっちゃ!

2015年11月3日火曜日

ジャム作り

夏中作り置きの甘夏ジャムが無くなりました。
世の中とはうまく回って行くもので、食べきれない早生の温州
があります。
甘夏は分厚い皮の部分が適度の粘度としっかりした果実の部分が程良く水分を飛ばしてくれ、しゃもじですくい上げてもちょうど良い固さになります。
今回は水分たっぷりの早生温州、いくら煮込んでも堅さとは程遠いものになるのでリンゴを入れてみました。
夜なべの作業です。軟らかくなったところでグラニュー糖をドバッ
といれます。更に煮詰めるのですが、リンゴも溶けてしまって固さは期待できそうにありません。しゃもじから細かくポタポタポタと落ちるようではジャムになりません。
しびれを切らす一歩手前で湯で溶いた粉末寒天を入れました。
見た目は固さに変化はありませんが冷めたら何とかなるでしょう。
 仕上げに冷凍しておいたレモンの輪切りを数枚。

今朝恐る恐る鍋のふたを開けると期待した通りのオレンジ色にかがやくジャムの出来上がりです。昨夜の内に煮沸消毒しておいた瓶に詰めます。これで私の朝食はしばらくは安心です。
食パンにヨーグルトと手作りジャム、コーヒー、野菜は夜に準備してなかったら省略する時も・・・
 TVを見ながら遅い朝食、私の贅沢な時間です。

2015年11月2日月曜日

アールブリュット和歌山展

アールブリュット和歌山展を見学しました。
何やら難しい名前の展覧会の案内状が届いたのです。
和歌山県福祉事業団の設立50周年の記念事業の一環で、障がいのある作家の作品の展覧会だそうです。
御坊の会場は旧なかがわ邸、
アルファベットを切り抜いたのをきれいに張り付けた作品、また大学ノートにびっしりと定規を使ったのかと思うほどの角ばった文字で埋め尽くした日記風の日々の記録、また、おびただしい数の箸置き、よく見ると犬と猫です。作者と作品の紹介に一つ一つ表情が違いますとあったので、目を凝らすとなるほど、なるほど、しかしよくまあこんなに仰山!!、
絵画もあります。遠くから見るとうちわが並んでいるのかと思ったら小さなこんもりとした木だったのです。その色彩がすばらしい、
温かくて、ほっこりして、目に優しくそれでいてはっきりしているのです。
繊細なボールペン画あり、鮮やかなペンギンなどの動物画、また写実的で力強い車の絵やなんとも穏やかな色遣いの絵、アルミ箔やクラフトで作った生物は本物そっくりです。
同じことを繰り返す根気と私には思いつかない色の表現の世界観、これらの作品を商業化出来ればもっと活躍の場が広がるのではと思いました。

2015年10月31日土曜日

孫の音楽会

小学校の全員音楽会がありました。
この発表会がいわゆる学芸会のようなものです。
衣装はどの学年もいつもの制服です。児童たちは体育館の床に座っています。
観客の父兄にはいすが用意されていました。
校長先生のお話がすみました。
司会も子供たちです。各学年3曲づつ歌ったり楽器の演奏です。
実に質素で簡素な発表会ですが、みんなが一生懸命練習してきたことが見て取れます。
リコーダーと鍵盤ハーモニカと打楽器をうまく組み合わせてどの子も頑張れるように配慮されて先生方のご苦労もしのばれます。

二年生の孫もいつの間に出来るようになったのか神妙な顔つきで演奏しています。
学年ごとに舞台へ上がって行くのですが上級生、ことに5・6年生になると体格が半端ない、先生方と見まがうような子もいます。
数年したら孫もあんなに成長するんかいな。
早く成長してほしいと思う反面、今のままのあどけなさがまだまだ残っているのもかわいいなと欲張りなバアバです。

2015年10月29日木曜日

同窓会

来月中学校の同窓会が開催されます。
地元での開催は3年ぶりです。
暑い頃から打ち合わせをしています。
やはり会場はいつもの所、駅から近い、分かりやすい、という理由で決まりました。
日時を決めるが一番大変、みんなが集まりやすい日というのが大前提ですがみんなで相談して11月23日ということに決定!
 案内状が今月初めの頃届きました。
出欠の返信も段々と集まってきているようです。
毎回同じようなペースだそうです。
最初からその日が予定があって出席出来ない同窓生は早く返事をくれ、迷っている人や調整がまだ出来てない人の返事は際になるのだそうです。
私は幹事とは名ばかりですが、中心になってくれる幹事は大変気骨の折れることだと思います。それに、遠くから出席の方々もありがたいです。
この3年間に新たに亡くなった方は12人もおられるそうです。
学生時代も、社会人になってからも健康そうだった方が鬼籍に入ったと聞くと信じられない気持ちです。
こうして元気にしてられるのは当たり前ではないことを知り、感謝の気持ちを思い出さずには居られません。
さて、何人の元気な顔に会えるでしょうか。

2015年10月27日火曜日

十三夜

夕べは十三夜だったのに空を見上げるのを忘れてました。
今夜も月がきれいです。
中秋の名月よりもさらに空気が澄んでいるせいか凛とした月です。
俳句を作る人が来て、その話になりました。
「夕べは丸くなったのはお腹の方でお月さま見るの忘れてた」と言ったら笑ってました。
夕べも食事会の終わったころの月は真上で輝いていたのでしょう。
      「見上げれば宴の後の十三夜」

2015年10月26日月曜日

今日という日

木枯らし1号というのでしょうか、「まだです」とテレビでは言ってましたがこの急な寒さと冷たい風は木枯らしでなければなんというのでしょう。風の音に目が覚め、あまりの寒さに一枚重ね着です。
そんな中、高円宮妃久子さまが市役所で昼食をされ、次の目的地に向かわれる際のお見送りに参列。
御予定の1時を少し遅れて庁舎からお出でになった久子さまは目の覚めるようなロイヤルブルーのスーツとおそろいの帽子をお召しになって、私たちの方へわざわざいらして笑顔で一礼されて黒いピカピカのお車に乗り込まれました。仁坂知事や柏木市長も続きます、
その頃には強い風も少し凪いで最高の佳き日でした。
今日は私にとっても、午前中はいけばな展、夜は同級生達との食事会でいい事いっぱいの一日でした。

2015年10月24日土曜日

柿の葉色づく

ここしばらくは季節の巻き戻しが始まったのかと思うほどの陽気に恵まれています。
その陽気につられて昨日はお墓参り、お寺の近くのお宅では柿の葉がきれいに色づいていました。艶々と光を浴びて橙色や少し黄色やまだ緑のやら色とりどりです。
 植物はやがて来る冬への準備を怠りません。
このお家は季節が巡るたびきれいな花に囲まれます。
今は萩の花や椿かさざんかか見分けられませんがピンクの花が濃い緑の葉をバックに咲いています。生垣越しに無断で写真を撮りました。
自然界の色彩はなぜこんなにもきれいなのでしょう。

たわわに実る柿です
携帯は遠景が苦手、大きな木が色づいて  

2015年10月20日火曜日

親睦バス旅行

婦人会の日帰りバス旅行です。
お天気は最高です。
しかし、道路工事中で渋滞が発生するとのことで出発が半時間早くなりました。
行先はなんばグランド花月で観劇とホテルユニバーサルポートでのランチバイキングです。

ホテルはUSJを目の前にし、反対側の窓からは広々と海が見えます。(正確には安治川河口)
スタッフの方が「ずーっと向こうの高い建物がアベノハルカスです」と教えてくれました。まだ行ったことがありません。
その方も行ったことがないそうです。
大阪の人はみんなもうあの高いビルに昇ったものと思っていたのですがそうでないと知ってなんだかホッとしました。

ホテルの窓からの景色です 
お腹がいっぱいになって上機嫌で吉本へ行きます。
今日の出演は西川きよし、八方、ボンチ、笑い飯などの充実ぶり
有名無名を問わず一生懸命さが伝わってきてあの「火花」の一場面を思い出しました。
バスの乗り降りや、集合時間など時間に追われる一日でしたが、いっぱい笑ってお腹もいっぱいの満腹バスツアーでした。



2015年10月14日水曜日

ほととぎす

ほととぎすの花を頂きました。
花言葉は秘めた意志、秘めた恋、永遠にあなたのもの。
名前の由来は花びらの斑点が鳥のホトトギスの胸の斑点に似ているからだそうです。そして日本固有種なんですって!

活けてみました。秋の野をイメージして一種活けと思ったのですが菊の花も添えてみました。器に対して花丈が短く器に掛かる葉や重なる下葉もあえて「野に咲く」ならいいかなと好き勝手にしてみました。

日本固有種というだけあって色も形も「和」という言葉がぴったり。
花言葉も素敵、思いを表に出さないでそれでいてしっかり自分を見失わない強さ。

私の近くにもいます。何時も陰から支えてくれて主張しないけどその人がいないと困るって人が。
改めてひとりじゃない事思わせてくれた花です。
この斑点が名前の由来だそうです

秋の野らしく折り重なって咲いてます


2015年10月10日土曜日

衣替え

お祭りが過ぎると急に秋が深まったような気がします。

先日まで動きやすいので半そでを着ていたのが、なんだか体の内側で隙間風が吹いてるみたいになったのでとりあえず袖の長いのを出しました。
「ウン、ちょうどよい温かさやね」
そして、ちゃんと引き出しの中を入れ替えないとね。
今は、夏のものと秋のものがごちゃ混ぜになっています。
部屋中乱雑に置きっぱなしになって我ながら見苦しい有様です。
寒い辛抱は体によくありません。

冬支度は私だけでなく植物もです。
物置の瓶の中で水仙の球根がきゅうくつに白い根を出してお互いがからみ合っていました。
急いで土に植えました。

言葉を持たない球根の方が私よりずっと賢いです。
そういえば椿の木にも小さなつぼみが出来ていました。


2015年10月5日月曜日

お祭り

御坊まつりが始まりました。
お天気と曜日にも恵まれています。
遠近に聞こえる太鼓の音が気持ちをかきたてます。
昨日自宅前を御坊組みの四つ太鼓と神輿が練り歩いたときに映しました。
昼間は日差しが強すぎて担ぎ手も「暑いなぁ」って顔してます。
今夜はクライマックスの宮入があります。
お宮で見物しようと思っています。
やはりお祭りは五穀豊穣と平和の象徴だと思います。神への感謝と喜びなのでしょうね。
お神輿
四つ太鼓

2015年10月2日金曜日

憧れのコスモス

近所の医院へ行く道にコスモスがいっぱい!!
憧れていた青空に涼風を含んで揺れるコスモスの花々。
コスモス畑やコスモスの迷路などテレビで紹介されていることがあるが「行きたいな~」と思うばかりであった。
こんな近くに咲いてるなんて、思わず自転車を止めて携帯で映しました。
昨夜の強風と雨をものともしない強くて優しい花です。
コスモスの苗何度か育ててみましたが思うようには育ちませんでした。
今日はこんなきれいな風景に出会って写真の綿雲みたいに心をふんわりと幸せが包んでくれています。

青空が美しい
優しい色です   

2015年10月1日木曜日

コメントありがとう!

コメントしてくださっていたのを見落としておりました。大変失礼いたしました。遅ればせながら返信させて頂いてます。
ブログを始めて今回で6584回目のページビューです。
つたない文ですがご覧になって下さる方がおられるのでここまで来れたのです。ありがとうございます。
これからも日常の小さな出来事や読んだ本の感想、花のことをUPできたらと思っています。
引き続き「花も色々」閲覧して下さいますようよろしくお願い致します。







吾亦紅

「吾も亦紅なりとひそやかに」(われもまたくれないなりとひそやかに) 虚子。吾亦紅と書いてワレモコウ、私はひっそりと目立たないけれど、紅を身にまとう花なのです・・・とつぶやいているような、どこかさびしげな晩秋の花である。
何年前のかわからないけれど気に入って切り抜いておいた朝日新聞の編集手帳の一節である。
スギモトマサトさんが歌う「吾亦紅」が流行ったころであろう。
そしてこの歌の詩の内容についてもふれている。

この花と亡き母のひそやかに咲いた人生を重ね合わせて、もうじき離婚することになったと墓前に告げる歌である。
親が子を思う情はいつの世にも「永遠の片思い」といわれる。
私自身、古希を目前に控えてやっと当時の親の気持ち少しはわかってきた気がする。
 親孝行のかけらも出来なかった事を今ごろ悔やんでも詮無きことだが・・・
歌の結び<髪に白髪が混じり始めても 俺 死ぬまであなたの子供・・・>。
 泣けます。父の田舎のあぜ道に咲く吾亦紅、今も鮮明に覚えています。花というよりは枯れた茎についている実のような、当時は何となく好きだなくらいだったのですが、 遠いものになってしまった今、とても懐かしく思います。
今もあのあぜ道に咲いているのかしら?

2015年9月29日火曜日

歯医者さんへ

実は日曜日に白崎でお茶をした時注文したワッフルが思ったより固いなと感じました。
で、力を入れて前歯で噛みました、その時ヤナ予感が・・・
その前歯に妙な違和感を感じ、しまったと思った時はもう遅いのです。そう、さし歯がとれてしまったのです。
しかも3本連続のものです。帰宅して抜けた前歯を鏡で見ると、何と間抜けな情けない有様、緊急事態です!
月曜日に歯医者さんへ急行! 仮につけて下さったのですが治療が必要で又しばらく歯医者さん通いが始まります。
今日は今日とて、予約していた虫歯の治療です。
昨日のとこが痛むし今日のは時間がかかって口がくたびれたので帰宅後しばらく寝込みました。
私、歯医者さんにとっても弱いのに一番お世話になる所なのです。

2015年9月28日月曜日

お月見できた♬




今朝曇っていたのでお月見は出来ないかと思っていたのですが
用意したお団子とススキが幸運を運んでくれたのかくっきりすっきりのお月さま出てくれました。
華やかに薔薇も添えて
日曜日の気分転換に由良の鍾乳洞を見学に行きました。
昔、石灰石を採取していた跡だそうです。
細い山道をくねくねと進みます。
やっと戸津井鍾乳洞につきました。
入口から下へ降りる階段を数段行ったらすでに気温が下がります、年中15度なのだそうです。半そででは冷気が直に伝わります。
地底の世界は薄暗くて場所によっては狭くて低くて水滴が落ちてきます。
照明や案内板もあるのですが、ちょっと怖い、一人では無理です。夏にぴったりの観光名所です。
地上に出ると太陽がまぶしくて暑さも一気に戻りました。
青い海はええなぁ。まるで写真のようだわ
 それから、休憩を白崎で、こちらは海と白い岩肌がきれいです。
やっぱり穴の中より広々して明るい地上が好きです。

この上に展望台があります。切り立った真っ白な岩に囲まれ海側は見渡す限りの大海原で、ここでも地球の丸さを感じました。

2015年9月27日日曜日

お月見

今年もお月見は残念なようです。
すっきり大きな中秋の名月を見たのはいつだったのかしら?
とりあえずお団子とススキを用意してお月さまが顔を出してくれるのを待つとしましょう。

待つといえば満月の一日前の月は「宵待ちの月」と呼ぶのだそうです。満月になるのが待ち遠しいよ、といったとこでしょうか。
他にも満月が段々欠けて月の出も遅くなるのを「立待月」「居待月」「寝待月」などと呼んだりその形から「眉月」「弓張月」「十三夜」などと月にまつわる呼び名がいっぱいあります。
 昔の人はこれほど月に寄せる思いがあったということでしょうか?

今夜月が見えなくてもその繊細な呼び名を楽しみたいと思います。因みに「今日の月」というのは中秋の名月をさす季語なんですって。

2015年9月23日水曜日

秋は夕暮れ

「春はあけぼの」で始まる枕草子の清少納言さん「秋は夕暮れ」
夕日のさして山のはいと近うなりたるに ・・・と続きます。
昔も今も秋の夕暮れを好む人が多いようです。私も好き!
まだまだ昼間は暑いけど日が落ちる頃は「やれやれ、一日お疲れさん」って気持ちです。
山の端の変わりゆくさまを楽しむ風情なんてないのですが、夏の暑さから解放されるこの時期がうれしいです。

さて、清少納言といえば紫式部をセットで思い出します。
二人の関係はどんなだったろうかと思い、検索を辿って行くと二人は一条天皇の二人の妃に仕えています。
清少納言は中宮・定子に、紫式部は中宮・彰子につかえていたのです。
しかし、定子は24歳の若さで亡くなりその後清少納言は宮仕えを引退、5~6年のちに式部は彰子に仕えることとなり二人は直接あったことはないとされています。
しかし、清少納言は式部の夫や従兄の悪口を書いていて、式部は小納言のことを得意げに漢字を書いているようだけど、よく見ると間違っていいるとこもあり・・・と批評しているとの記述。
1000年も昔から女の戦いはあったのですね。 おお、怖!。

2015年9月21日月曜日

彼岸花

                       彼岸花です。
秋を彩る花です
ずっと遠くからでもその存在がわかる秋の花。
今年はあぜ道の草刈りがされていて、一段ときれいです。
秋の七草に入ってないのが不思議だなぁ。


茎がすっくと立って集まっている



ふだんはどこにこの花の球根があるのか分りませんが花が咲くとこの存在感。
しかも、そこにもあそこにも群生してます。
葉が一枚もないのもふしぎ。たいていの植物は先に根が出て次に葉や茎が成長するのにやはり花も色々でね。
まるで大きなブーケです。
お彼岸には必ず咲くから
彼岸花。
何となく日常花瓶に挿して楽しむのはどうかと昔から言われて来ましたがあまりきれいなので思わず写しました。
お墓参りの帰りです

2015年9月19日土曜日

国語力

先ごろの全国小中学校での一斉学力調査で和歌山県の順位は下位から数える方が早い結果が出ていた。
私はさも、自分はおこがましくも人並みに出来るような口ぶりで「なんとかしないとねぇ」とか言っていた。

今日の新聞で「国語に関する 世論調査」というのがあった。
〈おもむろに、枯れ木も山の賑わい、小春日和〉などの慣用句の意味について質問、あるいはどちらの言い方が正しいかの質問があり興味を引いた。その中に「青田買い」「青田刈り」どちらが正しいかの設問、正解を見てショック、青田買いが正しいのだ。
誰もそばになかったけど恥ずかしかった。

そして先ほど、漱石の句<行けど萩 行けど薄の 原広し>
後に短編『二百十日』 として実を結ぶ。と書いてあった。
 このコラムの文で入力練習することにした、しばらくして
「にひゃくとうか」と入力しても変換できない、「にひゃくとおか」と正しくないとPCは認識しなかったのだ。
ここでも私の国語力の貧しさ見せつけられた。
人のこと言ってる場合じゃない。70歳を目前に  恥じ入るばかりの人生なのである。
ちょっと落ち込んでます。
 


2015年9月16日水曜日

紀勢自動車道

いつもの同級生達で田辺~すさみまで紀勢自動車道が開通したから行こう!ということで連れてってもらいました。
何と1時間でもうすさみです。
トンネル、トンネル、またトンネルで山をくり抜いた自動車道。
海岸べりを走るのとではどのくらい短縮できたのか知らないですが、とにかく近くなった。
先ず、串本、大島へ行くことに、荒磯で波が砕ける海金剛、この島には砂浜の海岸がないのだろうか。眼下に鋭く尖った岩が連なる、じっと見ていると吸い込まれそうです。
小高い展望台からは360度海、海、海で地球の丸さを感じます。
大島はトルコとは深いつながりがありトルコ記念館や友好の記念碑なども、お土産店もトルコばかりです。
本州最南端というだけあって大島に自生する木々も何だか南国を感じます。
大島ではこんな花が
お昼はみんなで橋杭岩を見ながらマグロ丼をほおばりました。
行く先々で何かしら買い物します。

記念館には珍しいタイルが
エルトゥールル号遭難の慰霊碑

次は芦雪の龍虎がある無量寺へ最初はビデオを見て展示室を見学ということですがビデオが始まるや全員居眠り、だって暗くてお腹いっぱいでナレーションに導かれるようにウトウト・・・
展示室には実物大のコピーの竜虎、不思議なことに若冲の直筆画もあります。それらはガラスケースにも入ってなくて間近にあるのです。
次に案内された収蔵庫には、竜虎を始め原画が収められているのです。雨の日には見学できないそうです。
次は本堂です。デジタルで再現したというのですが、本物そっくりです。昼寝も教養も同時に身に付いてよかったねと言いあいました。

帰りは出来たばかりのすさみ道の駅で休憩、木の香りが漂っています。
楽しい一日はあっという間です。
帰ってTVつけたら今行って来たすさみ道の駅が写っていて不思議な気がしました。


2015年9月13日日曜日

国勢調査

今回から国勢調査はパソコンから出来るようになったと友達が言ってました。「ふ~ん、国勢調査あるんや、うちはまだ調査用紙来てないし、どんなかな?」と・・・
友達はネットで回答したようです。
私、ネットでするのってなんだかイヤと思っていたのですが、「簡単だった」というのでさっそく封筒から引っ張り出して操作ガイドに従い入力していきました。なるほど簡単。

でも、不思議に思うのは今までは10月1日のその日に居住している事実を書いてくださいと いうのであったのが、ネットでの回答は9月20日までと大書きしているところです。
細かいことは言うな!って叱られそうですがなんだか腑に落ちない。
あるブログを見ていたら次回はマイナンバー制が導入されて国勢調査の必要が無くなるのではと書いていた。
まったくだ、ますます時代の波に飲み込まれてしまう気がしてきました。

2015年9月9日水曜日

お日様久しぶり!

今日も空を見上げて「また雨か・・」とうんざりしていました。
被害の出た所の事を思えば長雨ぐらいでうんざりはないやろと思いながらもやっぱりうんざりしてしまいます。

日曜日も雨のなか、川掃除が行われました。
来週は市民総体があるので日延べができないということです。
少しだけどお手伝いをしました。
こなした作業よりももっと大きな疲れに取りつかれたようです。

そんなこんなで何となくだるくやる気も出なかったのですが、
久しぶりの友達が来てくれ気分転換できました。
午後には久しぶりのお日様出て来て明るく照らしてくれました。
とりあえず雨で行けなかったお墓参りに。バイクの風はなんて気持ちいいのでしょう。
9月に長雨は似合わないですね。すっきりとした青空に深呼吸です。





2015年9月8日火曜日

火花その後

感想文をと思っていたのがあらすじになってしまっていて、これから読もうと思っているかたの楽しみを奪ってしまったのではと反省しています。
 「火花」は徳永のコンビ名スパークスであり、熱海の花火大会の花火と仮設の粗末な舞台で漫才を披露する芸人たちとの戦いの火花であり、納得のいくお笑いを模索する葛藤が放つ火花でもあったのですね。
 
この本、3回くらい読みました。
滅多に買わない本ですが元を取りまくった気がします。
徳永、山下の「スパークス」最終ライブあえて内容の紹介しませんでしたが是非読んでいただきたい個所です。
読むたびになんでこんなに泣けるんやろと不思議です。

お金が幸せなのか、問いかけてくるような個所が随所にあって
その度に答えを求められているような気がします。

目的に向かって進む探求心も幸せの一つの形でしょうか?
そういえば、パソコンしていて昨日出来なかった事が出来た瞬間の喜びと満足感はこれが幸福って感じですね。
すぐまた次の疑問が出て来たりするのですが・・・

火花 その9

スパークスの引退漫才に笑いながらすすり泣く観客たちとともに育てられ中学時代からの相方が自分を漫才師にしてくれ同じ舞台を踏んだ後輩たちと一緒に成長できたことを思い出しながら最後の最後にじぶんの理想と思う漫才をやれた事に自分の人生を得たと感じる徳永であった。
神谷も褒めてくれたのがうれしかった。

伝記のノートは20冊を超えていた。
ある日神谷の相方大林から神谷と連絡が取れなく仕事にも来ないと連絡が入る。借金が膨大な額になっているらしい。

一年が過ぎた。徳永は不動産屋で働き接客で芸人をやっていたことが役立っている。
 ある日、神谷から連絡があった。久しぶりの神谷は精悍に見えたが何か違和感が・・・
相方の大林はそんな神谷のことを関係者に頭を下げて回り、事務所に籍を残したまま待ち続けてくれていた。ここにも相方は彼だけという深い絆のコンビがいた。

やはり借金が原因の逃避行、しかし「借金は怖いで~」とこの期に及んでも楽しそうに話す。そして、違和感が判明、彼はFカップの巨乳になっていた。徳永は狂っているのではと思ってしまう。
しかし神谷の巨乳は時として「面白い」より許されない差別感を生みだすということに気が付き後悔にむせび泣く。

正月休みに徳永は神谷を熱海に誘う。
 夏だけでなく冬も花火大会がある。
スポンサー付き花火の合間に「ちえちゃん いつもありがとう、結婚しよう」 のメッセージと共に打ち上げられた地味な花火に観客は祝福の拍手を送り続ける。「これが人間やで」と神谷がつぶやく。

神谷は「熱海お笑い大会」のポスターを見つけて出場すると言い出す。
「おい、とんでもない漫才おもいついたぞ」と露天風呂から叫んでいる。全身全霊で、生きている限り続きをやる神谷の存在を徳永はノートに書き留めるのであった 。

火花 その8

そんなある日徳永は突然相方に呼び出される。
ネタ合わせでいつも利用している喫茶店のいつもの座席に座る相方の顔をみて、もう何を言われるのかをほとんど理解していた。

同棲している彼女と籍を入れ、お腹には双子の赤ちゃんが入るということを。色々なことを思い出し十年間の感謝の言葉さえ声が震えるのを恐れて呑みこむのだった。
この時、彼はこの相方以外ないと思い自分も引退する決意をする。
そして最後のライブが開催されることに。

私は本を読んで本気で感動したり涙ぐんだことはあるが、この引退ライブの掛け合いの部分を読んで涙で文字が読めなくなりティッシュの箱を引き寄せて鼻水と涙をぬぐうことになるとは予想外だった。
この部分は是非本文を読んでいただきたい。
このライブには神谷も来ていて彼もまた泣いていた。
この日神谷の言う「お笑い」と徳永と相方との漫才が一致したのだ。
そして、改めて今まで自分を支えてくれた人たちへの感謝が溢れるのだった。

              つづく

火花 その7

八月中に仕上げてしまおうと思っていた「火花」ですが、もう9月も大分過ぎ、秋の気配がひしひしと・・・。

神谷は相変わらず「面白い」ということを頑なに追及している。その手法は時として笑いの常識を逸脱しているかのような表現を試みた。信念を持って周囲に媚びることができない性質は敵もつくりやすいがそれでも戦う姿勢を崩さない。
一部の芸人には称賛されても一部の芸人からは煙たがられた。と書いている。
まるで、世渡りに対しては不器用な人である。
しかし、どの世界にもこんなタイプの人はいるものだ。
腕はいいけど全く無愛想な職人さん、とか《芸のためなら女房も泣かす》と歌の文句にもあるような人とか・・・

お客を楽しませる事と神谷の言う「面白い」には言い知れぬ隔たりがあるのだ。
テレビに映る徳永たちの漫才は受けているのにそれを見る神谷は笑わない。
徳永はどうすれば神谷が笑ってくれるのか分からなくなってきている。
いつか自分の本当の出番が来ると信じて、後輩コンビたちとも切磋琢磨しながら成長を続けていった。
しかし彼らが出演した漫才番組に神谷の「あほんだら」が呼ばれることはなかった。
               つづく


2015年9月1日火曜日

9月です

9月になりました。
新学期が始まって私まで気持ちが新たになっています。
そして、今日は防災の日です。
防災グッズ完備しているのですか?
私は何も・・・備蓄の食料もいつか整えようと思っている間に一年経ってます。
何事もなかったからいいようなものの願わぬ災害が来たらお手上げです。

今年こそ少しは備えようと思います。
唯一それらしいのがお湯をかければ出来るご飯、あれも一度試食しとかないとね。
買ったまま封も切ってないまま箱に入っています。
一階に置けばいいのか二階の方がいいのか迷ったあげく階段の途中のとこにほったらかし、きょう思い出しました。

地震が来たら多分私はその瞬間に固まってしまう気がします。
なにも出来ずに立ちつくすあるいは恐怖のあまり這いずり回る。
そんな自分の姿が目に浮かびます。

明日も平穏な一日でありますように・・・

2015年8月27日木曜日

火花その6

神谷は真樹さんのアパートを出て転々としながらようやくみつけた安アパートに落ち着くまですでに半年がたっていた。
神谷のみならず徳永もまた真樹さんをうしなった喪失感を負っていた。
神谷は借金がどんどん膨らんでいくがそれを見て徳永はアルバイトもせずに四六時中芸人であることを貫く神谷を尊いとまで思うようなっていた。しかし徳永はそこまでの覚悟ができず深夜のアルバイトを続けて「自分は小さい・・・」と思うのであった。

相変わらず二人の「笑い」についての議論やネットなどによる自分への批判をどう受け止めるかということにも神谷は自論を説き聞かせる。
笑いに対しての神谷の姿勢は時として徳永を打ちのめす。考え方がついていけないと感じる時さえあった。
あるとき神谷の相方大林から「神谷が もう首まわらへんくらい借金でかなってんねん」と聞く。
一方TVでは後輩がバラエティ番組で才能を発揮していた。
大林は「せやけど売れたいのぉ」とのつぶやきを聞こえなかったふりをするのだが奥歯が砕けても良いとおもうほど噛みしめる。

苦しみながらもスパークスはようやく漫才だけでも食べていけるようになった。家族を劇場に呼んだり仕送りができるかもというところまで来ていた。
徳永の伝記のノートは10冊以上になっている。

                 つづく


2015年8月25日火曜日

こうのとり

国際宇宙ステーションの油井亀美也宇宙飛行士がロボットアームで「こうのとり」をキャッチしたと新聞報道されている。
「こうのとり」は日本の無人補給船、飲料水や食料、実験装置やNASAからの要求でステーション内で水を処理するフィルターなども搭載されているという。写真ではそのキャッチの瞬間が鮮明に映っている。
昨年10月から3度の失敗が続き、日本の「こうのとり」に期待が寄せられていた、地上のジョンソン宇宙センターでは
若田光一さんが交信役を務め、成功の喜びを語りあった。

いつも感じるのだが宇宙ステーションから送られてくる映像の鮮明さに驚く、また地上でキナ臭い諍いなどは取るに足りない無意味なもののように思えてくる。
もっとわが星、地球を大切にすることに思いを巡らすことができないものだろうか。

 宇宙ステーションまではどのくらいの距離があるのか想像さえできないが、送信されてくる地球の美しさに感動する。

嫌な事件ばかりが紙面を埋めている昨今だが、このニュースは
久しぶりに胸を明るくしてくれた。

火花 その5

二人は自動販売機のお茶を飲む。「うまいか?」と聞く神谷に徳永は「はい、タイムマシーンが発明されたら真っ先に千利休に会いに行きます」。「どうせ横から秀吉がしゃしゃり出て来て飲みよるやろ」とこんな具合で二人は四六時中笑いを極めようと模索しているようだ。
世の中努力がそのまま報われるのはいつの、どの世界でも一握りの人だけだ。
遊んでいるのか芸道に磨きをかけているのかわからない日々の内に同じ事務所に若手の後輩が移籍してきた。彼らはすぐに台頭して徳永は打ちのめされた気分になる。

折しも真樹さんは神谷のために風俗で働き始めそこで知り合った男性に何度も告白されて徐々に真樹さんも好きになったという。
当然神谷は真樹さんのもとを出なければいけない。既に男が入ってきているから当座の自分の荷物を取りに行って欲しいと徳永に頼む。二人で荷物を運び出す。最後に真樹さんは「体に気をつけてね」と静かにドアを閉めた 。
どこまでも優しい真樹さんである。

その後何年かして一度だけ真樹さんが少年と手をつないで歩いているのを見かける。笑っているその姿に徳永はとても幸福な気持ちになるのだった。
 
                つづく

玉すだれ 好きです

いつの間につぼみをつけたのでしょう?
玉すだれが清らかに咲いていました。
この花、夜になるとすぼみます。切り花にして室内に置いてもすぼみます。

花の期間は二日だけですがその分後へ後へと咲いてくれます。
秋への道標のような花です。
少しづつ少しづつ秋の気配がしのびよってきます。

 少し温かいものが食べたくて アサリの酒蒸し と 小松菜添え そしてニンジン、ゴボウを芯にしてポークロールを作りました。
和風な献立が 少しだけ秋らしいかなとひとり悦に入ってます。
あ、こちらは写真忘れました、既に食欲の秋でしょうか。




2015年8月23日日曜日

花火大会

今夜は御坊市の花火大会です。
この花火大会がすめば日高の秋が始まると言われています。
それを物語るかのように、昼間の暑さを夜が包みこんで肌に秋を感じさせてくれます。
暗闇の空で咲く花火は束の間の華やかな光を煌めかせながら夜の闇へと吸い込まれて行く、その陽と陰の落差が、又とどめておけない美しさが見る者の心を惹きつけてやまない。

孫たち家族はお友達も一緒に夜店を楽しみにでかけました。
私は家の前の道端から「一人花火大会」しました。

お腹に響く迫力のは大きな柳の木がおおいかぶさってくるようですし、それより低いところで咲くのは色とりどりの若さ溢れるようなピチピチした光が躍ります。
花火師の科学的な技術的研究が様々な色や時間差で咲き分けるのに成功したのだそうです。
だけど、この際只々「わぁ!きれい!」というだけで楽しみたいですね。
この刹那的な美しさに理由は無粋です。










2015年8月21日金曜日

火花 その4

どんな世界にもいろんなタイプの人間がいる。
このお笑いの世界も例外でなく芸を突き詰めようとする熱意がかえって彼らを不安におとしめたり、また観客の受けが良かったときでさえ、その笑いに納得できないときがあるのだという。
舞台でうまくいかない日の憂鬱は次のライブで笑いを取る他にない。こんな夜は誰も相容れない。東京には全員他人の夜がある。
と書いている。群衆の中の孤独感の寂しさ、心もとなさがひしと読み手に伝わってくる。
そんな中にも二人のやりとりはさすが芸人と思わせるくだりがある。筋道にはあまり関係なさそうだがこんな小さな笑いが二人の生活苦を深刻にならずに読ませてくれるのだろう。

神谷はどんなにお金がなくてもいつものおごってくれる。
自動販売機の飲み物を買うとき例のごとく神谷は硬貨を何枚かいれたあと、小銭入れをぐるぐるとかき回す。見かねて徳永が十円玉を入れようとすると「いらん」と一喝され、それでもグルブルとかき回す。  
徳永は「そんなんしても小銭増えませんよ」「わかっとるわ。ここでお前に出させたら割り勘になってしまう」。あきらめて千円札を・・・
というくだりには思わず笑ってしまった。

笑いを取ってその裏に見え隠れする神谷の芸人魂が心臓の鼓動と同じリズムで脈打っている 。こんな部分はやはり現実に芸の世界に身を置いたものでしか書けないのではと思ってしまう。
               つづく

古希一歩手前の同窓会

夕べはこの周辺の同窓生が集まるミニ同窓会でした。
今回私も役員の端っこでしたので、何人集まって下さるのかも気掛かりでしたが、結局いつもより若干少ない28名の集まりでした。

集まるごとにみんなは揃って昔の顔に戻ります。
しかし、話題の中心は健康についてです。
自分が病気だからとか、お盆の疲れが・・・とか家族が 調子悪いとかで来れない方がいます。
この会に参加できる幸せをみんなが感じています。

もう何回目だかいつ始まったのかさえ私は知らないのですが、こうして元気と次回への楽しみをもらって帰ります。

そして、回を追うごとに飲む量、食べる量が減ってきます。
こんなところにも年齢がでてきます。 何しろ70歳一歩手前です。
古希とは「この歳まで長生きできる人は希だから」が語源だそうです。思えば長寿になったものです。せっかくの長寿楽しみたいですね。
別れ際は「またね、元気でね」が合言葉です。
出来ることは自分でする、最近まじめに考えている言葉の一つです。


2015年8月20日木曜日

火花 その3

非凡な才能の持ち主はおりとして世間からは認めてもらいにくい。絵画にしろ、文学にしろ、音楽などその人の死後その価値が人々に理解されることが多い。
漫才という笑いの芸術の場合も例外でなく、人間関係の不器用さも相まって神谷の才能は世間的に光り輝くというには程遠い。
むしろ、若手の芸人の方が好まれて行くのである。
そのころ、神谷が活動拠点を東京に移すと連絡が来る。

徳永は一抹の不安を抱くが神谷は東京へやって来る。
いよいよ師弟関係が色濃くなっていくのだが、神谷は東京でも破天荒な生活を送ることに。
神谷の論説は難しすぎて私にはよう分らんとこも多々あるが、どこか純真で寂しがり屋の一面を持ち、滅法人恋しさが彼を包んでいるように思う。

ある日、深酔いした二人は神谷のアパートへたどり着く、「真樹さん」という優しく美しい女性がいて神谷の世話をしている。

彼女は神谷の才能を認めていて心底惚れ込んでいると徳永は感じる。しかし二人の関係は愛人関係とは違う。神谷は真樹さんに何回か「ちゃんとした彼氏 つくり」と言う。真樹さんは「わかった」
と答える。
大人の男女がいてこんな関係が存在するのだろうかと不思議だがそういうところが神谷の魅力なのであろう。     つづく


目にはさやかに・・・

お盆が過ぎると急に夜が早く来る気がします。
それに、この二三日の雨が秋を運んできたようです。
アキアカネが郵便受けのそばで羽根を休めていました。そっと郵便物を取り出しました。秋物のカタログでした。

空の青は夏のそれとは違う澄みきった青です。
朝夕の気温もずいぶん違います。台風の進路も気になりますが、
小さな秋を発見するのはうれしいものです。
 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
古今和歌集のこの歌、この季節にいつも思い出します。
とは言え、日中はまだまだ真夏並みの日差しです。
油断はできませんが、夏の疲れの清算をしようと何事もスローテンポです。
どなた様も疲れを秋に積み残さないよう お気をつけ下さい。


2015年8月14日金曜日

火花 その2

本を手にした時、早く本文を読みたいのは誰しも同じ気持ちだが、私は勿体をつけて、その装丁を楽しむところから始まる。

腰帯のキャッチフレーズみたいなのを読むのも楽しみ。
火花の装丁は堅表紙に付けたブックカバー、大きく横書きで火花のタイトル。淡い飴色の背景に海老赤色の布を頭からすっぽりと被った人物いや、静かにわき上がるマグマのようにも見えちょっと奇異な感じの物体、右上には著者「又吉 直樹」の文字が・・・
一見単調なデザインだがこの赤いのは何を表現しているのかと好奇心をそそられ本文へとひきずりこまれていく仕掛けになっているのだろうか?

前回は徳永が神谷の伝記を書くように言われたところ、
居酒屋で漫才とはの談義を終え帰り道少し高めのボールペンとノートを買う。
大阪と東京での携帯でのやり取りが続く、徳永は神谷の淀みなく流れるような喋りを聞いて自分が早くしゃべれないことに苛立つ。
頭の中のイメージがうずまいているのに言葉としてそれを取り出そうとすると言葉は液体のように崩れ落ちると表現している。

これ以上のたとえがないように思う。つたない文を書く時でさえ、自分の語彙の少なさに落胆したり苛立ったり。
相変わらず神谷の話はどこか抽象的で私にはピカソやダリの絵画を見ているような解釈不能な部分がある。
それでも神谷と徳永の師弟関係は続く。

徳永のスパークスは少しづつ出番が増え小さな劇場でお客に名前を覚えてもらえるようになる。
一方神谷の方はその才能故なのか相方とともに人間関係は不器用で結果が出せずにいる。              続く

一日花

夏には一日限りの花が多い気がします。
月見草

朝顔
ホテイアオイ


朝顔
たった一日なんてもったいない。儚い一日のために何日もかけてつぼみを育てるには意味があるのだろうか?
晴れならまだよい、その一日が雨に打たれる日なら不運としかいいようがない。それでも限りを尽くして開花する。
こんな様子を我が身に映すと恥じ入ることばかり。

今日はお盆です、亡き夫やその両親を偲び、在りし日を省みると懸命な人生の歩みを教えてくれたような気がします。

2015年8月13日木曜日

今年の夏

この投稿欄を幾度も開き書きかけては消しました。
今年は特に戦後70年、特集記事で当時の悲惨な状況が伝えられ、忘れてはいけない記憶を後世に残すべく惨状の事実を目にするたび、目をそむけたくなるのです。
戦後生まれの私は玉音放送を直接聞いたわけではないのですが、8月15日が近づくたび耳にするあの聞き取りにくい音声や戦後の食糧難を断片的に記憶している身として辛いのです。

同窓生と一緒に行った恒例の高野山参詣の旅も楽しく明るくにぎやかな 様子も少し伏し目がちに書いた方がよいのかなどと思ってしまいます。

そして、何となく漠然とした最近の不安が現実のものとならないことを祈るばかりです。
どの体験談も「戦争で誰も幸せにはなれない。二度と繰り返してはいけない」。
今年の夏はいつもより戦後を考えさせられる年です。

2015年8月7日金曜日

夏休みの宿題

今は昔、こんな言葉で今昔物語は始まる。
そう、今は昔、私が小学、中学生だった頃の話。
お盆がすむと なぜか31日が猛スピードで迫って来る。
30日までに夏の友は友達の後方支援をいっぱい受けてどうにか出来あがるも、問題は工作、読書感想文、写生画などの自由課題に必死に取り組んだものだった。
TVで見ていたらそんな宿題を代行してくれる業者がいて引っぱりだこの忙しさらしい。読書感想文などはその子の筆跡まで真似て仕上げてくれるというもの。

賛否両論がある。それもありの意見を聞いてみると、中学受験を控えてのこの時期、塾の宿題を重視してとにかく合格への道を選ぶ。塾の方も学校の宿題よりも塾の宿題に重きを置くようにとのことらしい。
なるほど、今時の子供は大変だな。しかし、私はとんでもないと思うのだ。
 この歳になってあのころ学校で教わったことに無駄なものってあったろうか?
例えば音楽教室で初めてクラシック「子供の情景」をレコードで聞かせてくれた 音楽室のことを鮮明に思い出す、これがなければクラシック音楽を一生知らずに過ごしたかもしれないし、図工の教科書にマチスの絵が載っていてあの鮮明な色彩と伸びやかさが印象に残っている。テストで難関を突破するのもすばらしいが、味のある人生のための作業もまた必要ではなかろうかと感じるのである。

平和祈念式典

昨日、原爆投下の午前8時15分国民の多くが1分間の黙とうしたことであろう。私もTVを式典を見ながら鎮魂の祈りをささげた。
1分間に万感の想いがよぎる。
平和宣言で広島市長が「広島をまどうてくれ」と読みあげた。
この一言にすべての祈りや希望、反省、不戦への思い、じれったさなど込められているのを感じる。

戦後70年ということで100カ国から参列したとのこと。
しかしなお核廃絶にはいたっていない。
被爆直後の惨状が放映されていたが直視できなかった。

また、長崎も9日、投下された日に平和祈念式典が行われる。
平和のありがたさ、不戦への誓いを一番身近に感じる日である。

2015年8月3日月曜日

火花その1

先日買った「火花」読み終えました。
熱海の花火大会の仮設ステージで売れない漫才コンビ「スパークス」が観客に注目されないまま舞台を終え、最後の出番のコンビとすれ違う瞬間に「仇とったるわ」と舞台に上がって行った「あほんだら」というコンビの一人が主人公が「一生の師」として仰ぐことになる「神谷」、そしてスパークスの「徳永」との物語。

笑いについて独特な感覚を持ち、ある意味破天荒な生き方をする神谷、一方まじめで常識の域を越えられない 読者から見ると安心感を与えてくれる徳永との相対的な人生観が融合し、漫才の笑いというテーマについて二人を深く結ぶ。
最初は「僕」という一人称の主人公だったが、二人のひょんな出会いの時の自己紹介で「徳永」 とわかる。
神谷は弟子となった徳永に自分の伝記を書くようにいう。
まじめな徳永は伝記はその人が亡くなってからのものという疑問を持ちつつもノートに書き留める。

読み終えて、私は彼らの生き方に比べ、どれ程いい加減な、年月に流されゆくままな暮らしをし、人生と真剣に向き合い努力したことがないような気がして恥ずかしさを覚える。

今日はここまでです。



2015年8月2日日曜日

豆腐ハンバーグ作ってみた

豆腐ハンバーグ作ってみました。
摂取カロリーはなるべく低くなおかつ、がっつり食べたい人向きに
合挽ミンチを鶏胸肉にすればなおヘルシーとのことですが、
先ずはいつもの合挽で、量は20%少な目の400g、
水分を切った木綿豆腐1丁、これだけだとつなぎ力が少ないのでパン粉を少し、後はいつもと同じ、玉ねぎみじん切りを先に炒めておく。細かく砕いた豆腐とミンチ、卵、ナツメグ、塩コショウしてコネコネ、粘りが出たら玉ねぎ、牛乳に浸したパン粉も入れ又コネコネして、等分にして成形、
一度に全部焼きたいのでホットプレートで焼きます。
はて、どうかな??
いつもと違って、何となく豆腐色してるよ。味は?うん、家族の評判も良い。
いつものより少しサッパリ味なのは気のせい?
ミンチの量が少なめなのに豆腐がかさ増ししているのでいつもより1個多くできた。
歯ごたえもしっかりしている。
豆腐とミンチの配分、付け合わせの野菜などの工夫でもっとヘルシーにできるかもです。



2015年7月30日木曜日

試飲会

お久しぶりです。
まいにちの暑さに閉口しながらもバァバはちょっと忙しかったのです。
夏休みは日常とは少し違う日があるのです。
 そんな中、フト思い出しました。「あれどうなってるんやろ、もうそろそろやで」そう、6月に作った梅酒と梅シロップです。
こんな事する時は暑さも忘れて熱心になります。
棚の奥から出てきたそれはちょうどいい具合に色づいています。
早速試飲会となりました。(わたし一人ですが・・・)
まず梅酒、コハク色と言うには少し浅いかな。
長柄のしゃもじでかき混ぜると溶け残った氷砂糖がチリチリと涼しい音がします。
グラスに注いで氷を4~5個あと水で割ります。甘味が少ないので蜂蜜をプラス、なんと冷たい中では蜂蜜は溶けにくいのです。 
そして一口・・・・うまいね、けど少しコクが足りない気がする。
後一週間は待つべきか。
今度は梅シロップ。こちらは氷砂糖はすっかり溶け、梅はシワシワ。梅の成分すっかり出ている。
梅の酸っぱさが前面に出ている。今度はパルスイートで甘さをプラス。う~ん夏だな~。さわやかだな~。
一人の試飲会はあっち飲み、こっち飲みと長々と続きました。
これで夏バテ「アッチ行け!!」ってなるはずです。
 

2015年7月18日土曜日

火花買った!

孫と一日過ごす日、なつやすみはバアバの需要が増える。
本やに付き合う。友達にプレゼントするのだという。
マンガ雑誌を買った。
ふと見ると芥川賞の「火花」が平積みされていた。
わたしに「買って!」と訴えている。
私、本やに行くと、なぜか気持ちが昂る。図書館で本に囲まれた時の高揚感とは別物だ。
しかし、TVで見る有名書店の受賞作品や売れ筋の本の“見せ方”とは雲泥の差、まるで地味な扱いだ。
並べ方一つで売り上げが左右されるという競争の世界とはかけ離れて、ひとのこと言えないが地方ではそれだけ書物が売れないというのだろうか。

だけど「今でしょ!心のビタミンは」なんて心の声に反応するがごとく買ってしまった。

 書き出しは熱海湾で開催される花火大会の夜、ベニヤ板の仮舞台で売れない芸人の漫才。人波はそんな彼らの掛合いを聞くことはなく、関心は今まさに始まろうとしている花火と和太鼓の腹に響く音ばかり。
しかし、その掛け合いは読者の耳にはっきりと届いている。
「飼っているセキセイインコに言われたら嫌な言葉はなんや?」
相方はインコになり変わって「ちょっとずつでも年金払っときや」
「悔しくないんか?」 など並べ立てるというもの。
その「悔しくないんか?」が胸にグサッとくる。
今のままで終わりたくない、こんな自分は仮の姿、今に見ていろ!と思いながら悔しくとも現実から抜け出せないまま生活している多くの人の葛藤の想いを問われている言葉ではなかろうか。

おっと!これから先を読むと時間を忘れそうになるので後のお楽しみにとっておこう。
何しろ夏休み中はバアバの出番ちょっと多くなるみたいだから。





2015年7月17日金曜日

最大瞬間風速

昨夜来の台風11号は各地に爪あとを残しながらノロノロと四国から日本海へと抜けていく。
台風一過とは程遠く雨が降り続き身動きできない。

こんな日でもビニールに包まれた新聞がちゃんと届いている。
今日の新聞への思いは格別だ。
大変な仕事だね、と思わず独り言。

又吉直樹さんが 芥川賞を受賞したことが載っている。
彼の作品は読んだことがない。それどころか最近までTVに出ていてもどこか陰気で、あの長髪のどこがいいのかわからないので気にも留めなかった。
 高校時代の恩師は彼のことを「謙虚で努力を惜しまない性格だった」と。
受賞前の取材に「言葉の最大瞬間風速が吹いているのは文学の世界かもしれない」 と語っていたそうだ。
とたんに彼の魅力が満開になって私に迫って来る。
そう、昔から私は自分にないものを持っている人を尊敬する性質なのである。
言葉の最大瞬間風速だなんて、ほんとにそうかもしれない。
ひとつの言葉で思い浮かべる情景が変わったり、 時には筋道の展開さえも読み手に含みを残したり・・・
そして、この嵐の前のタイミングで最大瞬間風速という言葉を使ったのはさすがお笑いと文学の二足のわらじの彼らしいと思った。
読みたい作品がまた増えた。




2015年7月14日火曜日

花ぬすっとには罪がない?

知人が愚痴をこぼす。
せっかく出来たなすやきゅうりを盗られるというのだ。
「犯人は誰だか分っている、外灯があるのでわかるんや」
で、現行犯で捕まえたのかと聞くと言えなかったらしい。
「一言断ってくれたらあげるのに・・・」

全くその気持ちよくわかる。
丹精込めて作った作物を無断で持ち去るのは泥棒だ。
被害額よりその無神経な気持ちに腹が立つのだろう。

沢山なってるから構わないだろうという気持ちが理解できない。
家庭菜園でさえこうだから、TVで時々伝えられるサクランボや
果ては一晩で収穫前の稲をごっそり刈り取って持ち去るなど、その被害にあった農家の人の気持ちはいかばかりかと。

昔から花盗人は罪にならないと言われるらしいがとんでもない。
朝夕に手塩にかけて育てた花を盗られたり、傷つけられたり したら、失意と怒りが込みあげてくるのは当然だ。

今年、我が家には植木鉢で何本も桔梗が咲いた。
花屋には安価で沢山売っているが、自分が育てたのはまだ一本も切ることができないでいる。

2015年7月13日月曜日

日本の夏

今日の暑さは最高!
日本中がフライパンになったのかと思うほど。
ニュースでは真夏日、熱中症、水分補給という単語が繰り返されている。
太陽の猛烈な日差しが外出する気を萎えさせる。

今日は一日中家の中、 宅配のお兄さんが汗をかきかき届けてくれる。申し訳ない気持ちになる。
 昨日、植え替えた苗の後始末など片付けが残っているけど、
今ごろ外に出たらどうにかなりそうなどと理由を付けて怠けている。

午後6時になったやっと陽が沈む。
ボチボチやる気が出てきた。朝顔も日々草もぐったりと疲れ果てている。ごめんね、今たっぷりお水あげるよ。
夏はまだまだ始まったばかり、暑さ長いね~。

2015年7月10日金曜日

そりゃないだろ!

ツバメが巣だって夜帰って来ていた子供たちも次第にその数が減ってきました。今は2羽だけです。
それが、親鳥か子供かは分りません。
 巣立ちをしたツバメはやがて集団で河原の葦の茂みなどで過ごすというのを聞いたことがあるのできっと団体生活に入ったのだろう。
私もヤレヤレです。
ところが、きのうふと玄関口に枯れ草のようなゴミが沢山落ちていて、上を見ると戸口の上に泥が!!
そりゃ、いくらなんでもあんまりでしょ!!

さっそく、先の巣の並びへそうめんの木箱再利用の棚を付けました。
こっちへ引っ越してもらわねば・・・
もちろん、戸口の泥は取り除いてそのタナにのせました。

建築資材をくわえたつばめは目をまんまるにして「無い!」
といって飛び去りました。
向かい側の棚に気が付きません。しばらくするとピチュクチュと他のツバメも来て鳴いてます。
「ここに作っていたのに無くなってるんや」と訴えています。
「ほんま、えらいこっちゃ!!だれのしわざや!」4~5羽が騒いでいます。
頑固やね、あんな涼しげな顔してんのに
私またそのタナを戸口の上に付け替えました。
ついでに、巣を壊したお詫びがてら泥をこねて置いときました。

しばらくするとそのそうめん木箱にとまって作業を続けるツバメを発見!
「あんたにゃ負けるわ・・・」といいながらちょっとホッとしています。

朝顔咲いた!

今日は久しぶりに雨がやんでます。
湿度が高く蒸し暑いですが、部屋の窓を開け放して空気の入れ替えです。
長雨は花ビラを腐らせ、萎れた花柄が散らばっていますが、驚いたことに朝顔の初花が咲いていました。
降り続く雨の中でもちゃんと咲く準備怠らなかったんだね。
そういえば朝顔のツルがネットにしっかり絡んでいました。
植物も動物も怠けるということをしないのですね。私は明日を頼りに「また明日」と怠けてばかり・・・反省します。



2015年7月9日木曜日

ロールスクリーン

注文していたロールスクリーンがやっと届いて取りつけてもらいました。
欲しい欲しいと思いながら一年が過ぎこの夏こそって思っていたのですがさてどうするになるとどんなのがいいのか迷ってばかり

結局最初考えていた遮光ではなく調光という窓から入る光を調節できるのにしました。薄い色より濃い色の方が光を遮る力が強いとのことで濃い茶色です。

見た目はなかなか気に入っています。光の具合は晴れないと分かりづらいですが、部屋の感じが落ち着きました。
また見に来て下さい。
窓際はいつも整理しとかないとね。

2015年7月7日火曜日

七夕

今日は七夕です。
又雨で天の川も増水して二人の逢瀬もままならぬかと思っていたら雨がやみました。何となくホッとしています。
笹飾りのこどもたちが通ります。

思い思いの短冊にお願い事を書いているのでしょう。
現在の子供のねがいとはどんなのでしょう。

そしてずーっとその昔、子供だった私ってどんなことを書いたのかしら?
昔すぎて記憶にありません。

小学生の頃、図書室の若草物語の4姉妹に夢中になったのを思い出し、せめて、子供時代をなぞるように読み返してみたいと思っています。

雨の日

今日もまた雨です。
雨の中お墓へ行きました。
昨日雨の合間に花を買ってお店を出るとまた降っていました。
そのままお墓参り、無理して行けなくはなかったのですが、引き返しました。
まるで濡れに行ったみたいです。
今日はそのつもりで出かけました。
買い物したり頼まれた用事をしたのも雨の中です。

このうっとうしい雨のおかげでラッキーだったのはこの前植えかえた、名前は知らないけどきれいな葉っぱや苔やベゴニアの折れた枝をさしておいたのが根付いたみたいです。

そして、薄日が差してきた午後には友達が来てくれていっぱい話の花が咲きました 。
読みたい本もいっぱいです。

2015年7月2日木曜日

季節の花


我が家の季節の花です。
それぞれに美しく咲いてくれました。
とはいっても頂いたのや花苗を買ってきたのばかりで丹精込めてなんて大きな声ではいえません。
育て始めて分ったことがあります。
日当たりがよいと言っても当たり方がポイントです。
日が弱いと色づきが悪いのや、強すぎると葉焼けしたりヨレ~ってなるのやら、多くは半日陰か木漏れ日の当るところが適しているようです。
何をしても奥が深いなぁ。今のところ水まきして枯らさないようにするので精一杯です。

2015年6月29日月曜日

やったね!!

先に巣立ちの子たちは、お母さんに言われたのかみんなで巣のまわりをひらひらと飛び回りなんとか気弱な子を誘い出そうと一生懸命です。 
私ここまで 、部屋の中から鏡に映るツバメの観察してたけど、待ちくたびれて他のことをしてました。
主婦はいっぱい仕事があります。そっちの方に気が向いていてふと気がつくと鳴き声が聞こえません。
巣には誰もいなくなってました。やっとあの子も外の世界へ羽ばたいたのです。見たかった!!その瞬間を!

見られなかったのは残念だけどみんなと同じことが出来るようになったのです。
梅雨とは思えぬ澄み切った空気で晴れわたっています。

よく頑張ったね!!初めてみる空はどんな気分??
それにしても親ツバメが根気よく手を変え、品変えて巣立ちさせるなんて偉いね。
夜にはまたこの巣に戻るのでしょうか ?

うれしくって現場報告しています。

巣立ち

今朝の子ツバメたちは成長につれて狭くなった巣の中で
ぬれ羽色というのがぴったりの黒い翼を広げたり羽ばたかせてみたり思い思いの動きをしています。
それが今日の巣立ちの為の“ウォーミングアップ”であったことは私、露知らず、先ほど巣の中には三羽しかいませんでした。
そうこうしているうちにたった一羽が巣に残っています。


どう見ても他の子たちより体格が小さいです。
一人ぼっちになったさみしさと心細さからピチュ!ピチュ!と鳴いてます。
体の小さい少し弱々しい子が特に気になるのは人間もツバメにも共通しているらしく、その子に餌を運んでくる合間に巣立ちを促すかのように羽ばたいたり飛んでみせたりとしていますが、子はなかなか思い切れそうもありません。
それどころか、大口を開けて餌をねだっています。
今日の巣立ちは無理なのかしら?こんなにいいお天気なのに、明日はまた雨が降るんだよ、
って私も声援するのですが・・・
一歩を踏み出すってむつかしくて勇気のいることよね。
 巣の縁に立ってパタパタってやってひざ?をかがめてもう飛び立つかって姿勢をしても又踏みとどまる。
巣の外の電線には先の子たちが早くおいでと呼びかけていますが、尻込みするばかり、私は気になって仕事になりません。

2015年6月28日日曜日

横山 弘さん

「編集手帳」を見て知ったのだが、作詞家の横山 弘さんが88歳で亡くなった、とあった。その方のことは今日まで知らなかったのだが、あざみの歌、哀愁列車、下町の太陽、などを作詞されたのだそうだ。
歌はどれも歌詞カードが無くても歌えそうなくらいなじみ深いのに
作詞家がどんな方か知らなかった。
素人の私が言うのは甚だおこがましいが、特に哀愁列車ではイントロが始まるとすでにせつなさが伝わってくる。
「旅をせかせる ベルの音 、未練心につまづいて、窓はふたりを遠くする、」このフレーズにはゾクゾクさせられる。
擬人化と言うほどはっきりとさせず、しかしベルの音も、汽車の窓も生きていて意思があるかのようではないか。
一言でその情景が伝わり、色々な想いさえも膨らんでいく表現力がほんのちょっぴりでも身に付けば、少しはもどかしい想いをしなくて済むのではと考えながら(あざみの歌)に聴きいっています。

2015年6月24日水曜日

ツバメの子

我が家のツバメの子は3羽と思っていたのが5羽もいました。
はじめはくちばしを巣のまわりに並べたようにしておやどりの運んでくる餌をねだっていたが、しばらくすると頭が見えるようになり、脚がしっかりしてきたのか顔全体が見えるようになった。

灰色の綿毛に包まれた頭が並ぶ姿はまだまだかわいいとは言えない言わば保護色に守られているよう。日毎に餌をねだる鳴き声は大きくなり今ではうるさいほど。
親ツバメが持ち帰る餌を自分のくちばしに入れてもらおうとそれはそれは身を乗り出してアピールしている。

そんな5兄弟にもどうやら個性があるらしく、いつもセンターはひと際体格の良い子、餌をもらえるチャンスが多いのだろう。
端っこの方のはちょっと控えめな子です。でも親鳥はそんな弱気な子にもちゃんと配分してみんな元気です。
今朝見ると頭の灰色は黒くなって、胸は白い色がはっきり出て来てツバメらしくなって来ています。
親鳥の働きには頭が下がります。
早朝から日が暮れても餌を運びます。子だくさんを立派に育てようとする姿見習わなくてはと思うのです。
外敵に襲われないように気を配って本当に健気なのです。

2015年6月22日月曜日

夏至

今日は夏至だそうな。TVで知った。
一年間で今日が昼が一番長い日なんだって、昔理科で習ったよね。
そして、日本で夏至が6月21日ではなく、22日になるのは4年ぶりという事は新聞で知った。地球の自転と精密な原子時計とのわずかな差を調整するためだとか。
「うるう年」があることは知っているが「うるう秒」もあるらしい 。
7月1日の午前8時59分60秒が挿入されるとか。この1秒は何年に一度巡って来るのだろう?
人生どんぶり勘定で生きている私にはこの わずかなずれは人々にどんな影響を及ぼすのか想像がつかないが、また新聞によると、株式市場は今や1000分の1秒単位で動くという。
「へぇ~ そうなん」とタダタダ感心するばかり。

でも、ちっちゃくなったね。お日様が出たら朝で、日が沈めば夜という単純なサイクルの頃がなんだか穏やかだった気がする。
夜になったら1日の疲れを取るために眠る、朝は今日も元気に働こう。
懐かしんでいる私はもう、どうしようもなく世の中から置き去りにされているのだろうか?

2015年6月20日土曜日

コントラバスとトライアングル

17日のコラムに<オーケストラでコントラバスは合奏の底を支え、主旋律を奏でることはあまりないがバスがあるとないとでは音楽全体の重さと幅が違ってくる>とあった。
コラムが伝えたかったのは他のことで、音楽にたとえていうなら、一見無駄そうでも全体の重さと幅を支えるものがあるということであった。

私はなるほど!とひざを打った。そしてまだあるよ、案外聞きのがしそうでスパイスのような音源が。
打楽器の存在だ。
トライアングル、鈴などの小さな楽器。
コントラバスが全体の重さと幅を支えるなら後者はさしずめ全体を引き締めアクセントを付け、調和を整え豊かな味わいを醸しだすスパイスのような存在ではなかろうか。
たまにその澄んだ金属音が聞こえると雲間から射し込む一条の光あるいは、寒空の星のまたたきを見るような気持ちにさせられる。

もっと若い頃はそんな音には気付くことはなかったように思う。
しかし最近は効率も大切だけど一見無駄そうで、愚鈍でも大事にしたいものが増えたような気がする。
今、スメタナの「モルダウ」を聴きながらゆったりした調べの中で時々聞こえるトライアングルの音色はモルダウの水面にきらめく光なのかなと見たこともないその河に思いを馳せている。

2015年6月18日木曜日

子連れ出勤

今朝のTVで子供を自分の会社につれていき、親が仕事しているそばで子供は退社時間まですごすという会社を紹介していました。
子供の昼寝も仕事している足元に布団しいていました。
この事に賛成か反対かその番組の出演者5人に聞いたところ
賛成が多く反対は一人だけでした。
あなたはどう思われますか?
私は反対です!
だって仕事に集中できないでしょ。
他の人もそうでしょうし、第一迷惑になるでしょう。
託児所を作るべきと。
子供はどう感じるのでしょうね。
大人ばかりのしかもかまってもらえないしつまらんでしょうに。

親は仕事に集中、子供は子供同士の中でケンカもしつつ成長していけるのが理想かと・・・
子供は社会の宝ですもの。

やってみました。

数日前、ネット上にお魚を焼くとき網の下に水を入れて焼くタイプ、落ちた油分で後始末が大変なのをひと手間かけるだけで簡単に後始末できます、と紹介されていたのを思い出しました。
今日は鯵を焼きます。3尾、そのうち1尾は特大だったので半分に切ってます。
そうそう、そのひと手間とは、張る水の中へ片栗粉大さじ3~4杯を溶かして入れるだけ、そしていつも通り焼きます。焼けたら魚を取り出し、焼き網がさめたら・・・・「何ということでしょう、」固まっています。それをそっと端の方からめくるように取ると油汚れがその固まった片栗の中に、そう、私がやってもぺろりんって取れました。
それをビニール袋に入れポイッ後は何事もなかったかのようにピカピカ。
私の仕方がちょっと悪かったのか、濃度か温度のせいなのか奥の方がしっかり固まってませんでしたが、ギトギト汚れにはなってません。そして、これは前からですが焼き網は魚をのせる前にティッシュにサラダ油を含ませ拭いておきます。焦げ付きが違います。
片栗粉が要る。片や洗剤が要る、しかし、この油分下水や浄化槽へ流れていくのを軽減できる。
この方法時々使ってみようと思います。
一度試してみる価値はあります。

2015年6月15日月曜日

うれしいこと

かすかな声でチィーチィーと聞こえていたのが昨日あたりからはっきりと聞こえます。そうなの、ツバメのヒナが誕生したのです。

黄色いくちばしが見えてます。どうやら3兄弟。
親鳥はひっきりなしにえさを運んでいます。
見上げたりしてると警戒して、Uターンしてしまうので、こっそり影から観察です。

さあ、セキュリティーのレベルを上げてにっくきカラスや蛇から守らなくては!
どう上げるかって?
見守りです、親鳥の鳴き声が警戒レベルに入るとけたたましくなります。
ネコがその巣に昇ることは不可能ですが、巣の下を通っただけで「あぶない!あぶない!」というのです。きっと子ツバメたちはじーっと巣の中で小さくなっているのでしょうね。
そのかわいがりようと言ったら人間顔負けです。
機械的に運んでは飛び去るのではなく、子供たちの様子をみながら子育てしているようです。
そしてきっとどの子にもまんべんなく餌がいきわたる様に順番に与えているように思われます。
 巣立ちができる日が楽しみです。
<這えば立て 立てば歩めの 親心>

2015年6月12日金曜日

そばとあじさい

今日は同級生たちと古民家で「和そば」をいただきに紀北方面に向かいました。
そのついでと言っては何ですが「恋野」のあじさい園へも行きます。。
長く車に乗っていると降りる時の第一歩が思うようにならないのです。「ちょっと待ってね」と二呼吸くらい固まった後でやっと動き出します。
あじさい園は大きな池の周りに遊歩道を巡らせ、その周りにたくさんのあじさいが咲いています。
地質がそうなのか青いアジサイが多いです。
空も池も豊かな空気に包まれて、ゆったりとした気持ちになります。アジサイはどこにもありますがこの空気感が又一味違うのです
時間が経つのも忘れて心を水辺に預けました。

さて、お目当てのそばです。
古民家は武家屋敷だというのですがもっと手入れが行き届いていたら素敵ですが、土塀も玄関先もかなりの古びよう、
昔の光いまいずこ状態。
太い梁や柱、桜の敷居などから当時の華やかさが偲ばれます。
そばは十割そば、歯ごたえ、香り、つゆの味は申し分ないほどおいしく戴きました。
お腹いっぱいになったのですがあまりにヘルシーすぎてしばらくするとおなかが何かを要求してきました。
帰りに立ち寄った珈琲とワッフルはその要求にしっかり応えてくれました。楽しい一日でした。

池の周りに遊歩道涼しい風が・・・ 



あじさいいっぱいです

あずまやのそばで真っ赤なもみじがひと際人目を引きます。








2015年6月11日木曜日

季節の花


近所に咲いた月下美人です。
たった一日だけなんてもったいないですね。
 我が家に咲いたたった一輪です
深い青が涼しげなあじさいです。友人に頂きました。
花がすめば挿木したいと思います。
どれも季節に忠実に咲いてくれました。

2015年6月9日火曜日

中川邸

昨日は御坊市の商工祭でした。
人力車に乗って小竹八幡と日高別院界隈を巡ったり、ストリートダンスや吹奏楽団の演奏、妖怪ウォッチのショーなどを楽しむ人々でお天気にも恵まれ大変にぎわいました。
私と友人とは最近大修理をして復元された中川邸でのお茶席に行きました。
お手前を頂くのは50年ぶりのことです。
そのお作法も遥かかなたの記憶を呼び戻すことなんてできませんしなんせ、このひざです。
前もってその旨伝えていたことですが、私だけ椅子なので様になりません。
だけど、年齢が与えてくれた度胸と無鉄砲さでおいしく、和の心などを満喫しました。
邸内を見学しました。
土蔵は荒れ果てた壁に蔦が絡まり「えつり竹」まで見えていたのはきれいに修復され白壁がまぶしく、裏庭は雑草が生い茂って垣根は朽ち果てていたのを知っているだけに、この変わりように先ず驚きました。
古い建造物も手とお金をかけるとこんなにきれいになるのですね。
当時のものをできるだけそのままの形で修復 したその苦労が伝わってきます。
そして先人たちの智慧に感服です。
障子などの建具も夏の暑さをしのぐための工夫がいっぱい。
その障子の桟などの細やかな細工や床の間の天井には杉でしょうか、柾の一枚板が各部屋に使われています。普段は見学できない二階も今日は解放されています。
欄間といい階段の手すりといい職人の技の総てをそそぎ込んだろうと思われる気の遠くなるような細やかな手法が素人の私にもわかります。
私たちは豊かな気持ちになりまたいつものように夕方まで、「よかったね、」と話し込みました。

白壁の土蔵

坪庭

暖炉


2015年6月5日金曜日

感想文です

「破戒」を読み終えました。
物語の最後は丑松が自分の出生の秘密を打ち明け、新しい人生の再出発のため懐かしい信州を後にするところで終わっています。

いわれなき差別を受ける新平民の生活ぶりや父親からの戒め「隠せ」、これらの重圧を一身に受けとめて教員生活を送る丑松の苦悩が「破戒」ということで身も心もある意味解放されて毎日みている景色さえも瑞々しく感じる心の変化。
彼の前には新しい道が拓けていくような希望を抱きました。

そうであって欲しいと願わずには居られません。
しかし、この本が発表されたのは 明治39年の春です。
100年ほども昔のことです。100年後の今の私たちにはこのようなことがすべて無くなっているかといえばまだまだではないだろうか 「人より上の立場でいたい」というのが人間の性なのでしょうか。
地球上では身分制度や人種差別は今もなお生き続けています。
丑松はその後どんな人生を送ったのかテキサスはそれらの悩みから解放された新天地だったのだろうか。知りたいですよね。

重い重いテーマだったのにそこここに散りばめられた、信州の風景、例えば夕暮れ時の雲の色が刻々と変わってやがて一瞬明るくなったかと思えば次には夕闇があたりを包むとかいった描写の優しさが 私の心を慰め、休めてくれ読み進む励みになりました。

それにしてもこんな難しいテーマの本を中学か高校の頃に読んだとは私、変にませてたのか、暗かったのかですね。
そういえば、「風は柳をふいています・・・」と朔太郎なんかもかじったことあったね、確かに変な子だったかもね。
感想は一言ではお伝えできませんが少し心がつよくなる物語でした。

薔薇に囲まれて




先日、泉南の「花咲きファーム」というバラ園に連れってもらいました。
前日にTVで紹介されていたそうです。
花の盛りには少し遅かったですがそれでも色とりどりの種類です。広くて美しい景色の中では日常を忘れます。
薔薇はやはり見ごたえがあります。
 

2015年6月3日水曜日

破戒読み終わりました

先日の続きです。

破戒――何といふ悲しい、壮(いさま)しい思想(かんがへ)だろう。

丑松は 父の教えの身を守るための「隠せ」「忘れるな」の戒めを破り棄てる気でいる。学校への進退伺も書いた。「阿爺さん、堪忍して下さい」と繰り返した。蓮太郎の著書の「我は穢多なり」と書起こしていたのを今更のように思い返し学校へ向かう。
実は丑松を排斥しようとするのは校長やその取り巻きであった。
しかも 自分の方からそれを言わないで町議たちの方から言いだすようにしている悪どさ!
その日丑松は授業を終え、いよいよ生徒たちに身の素性を告白する。涙なくしては読めない告白の言葉、 やがて学校中にそのことが伝わり教師たちをはじめ他の生徒たちも集まってきた。
丑松は土下座(しかし文中では「同僚の前に跪いて、恥の額を板敷の塵埃の中に埋めていた」というふうに表現している)。言葉の力というものに私はここでも深く感銘を受けた。

この学校でただ一人師範学校時代からの親友がそれを聞いたあとも何くれとなく思いやってくれるのだ。
いや、のみならず生徒たちも、丑松がひそかに恋心を抱いていた下宿先の寺の養女のお志保も丑松の気持ちをくみ取る。

蓮太郎の葬儀が執り行われる。蓮太郎が選挙応援していた市村弁護士からアメリカのテキサスで農業に従事するという計画をしている人から教育のある、確実な青年を世話してと頼まれているがどうか、と誘われた。その人とはかつて入院しようとしていた病院からも宿からも「穢多」という理由で追われた大日向であった。
 丑松は新しい人生を歩むための一歩を踏み出す決心をする。

やがて、別れの時が来た、生徒たちも別れを惜しむ、「ごきげんよう」。飯山の町の眺めは霙の空に姿を隠した。ホッと深いため息をついた丑松の頬を涙が伝う。橇は雪の上を滑り始めた。
と物語は余韻を残して終わる。

ざっと粗筋を追ってみた。今夜はもう遅いので感想は後日に!
「ごきげんよう」



 

2015年5月31日日曜日

また破戒です

お久しぶりです。
読みかけの「破戒」だいぶん読み進んで来ました。
既にご存知の方には無用ですが、簡単なあらすじです。
主人公、瀬川 丑松は小学校教師であるが、「穢多」ということを隠している。しかし、同じ出身の「猪子蓮太郎」という思想家の書物に影響され、その素生を隠し続けることが苦しくなって思い悩む。ある宿直の夜、遠く離れた父の声を聞く、奇しくも人里離れた牧場で牧夫として働く父が急死したとの知らせ。突然の訃報に彼は故郷に戻り、父の臨終の言葉が「忘れるな」であったことを聞かされる。父もまた丑松のことが気がかりで身分を知られないように牧夫として世間の目を避けるように生きてきたのだ。父の戒めの言葉はただ「隠せ」。
しかし、丑松は遭遇した蓮太郎にだけは打ち明けたいと思うようになった。打ち明けられぬまま故郷を後にして下宿に戻った丑松はますますふさぎ込むようになる。
どこからともなく、小学校の教師の中に「新平民」がいるという噂が立ち、追及の手が伸びてくる。彼は平静を装いながらも最早隠しようのない恐れと絶えず誰かにつけ狙われているような気持ちがして自分が自分でないような有様。
代議士選挙の応援演説をした蓮太郎が聴衆の高い賛同を得る。
新平民とはいえ、彼の人柄や演説の内容など称賛されるのだ。
しかし、、その直後暴漢により 蓮太郎は命を奪われる。
丑松は打ち明けられずにいたことをひどく悔やむ。

今ここです。物語の展開ももちろん気になりますが、その言葉の一つひとつが美しいのです。
故郷の千曲川の情景、ましてや貧困の中でたびたび出てくる「零落」という言葉さえも「落ちぶれ果てて」 というよりどこか優しさが漂う気がします。日本語の美しさ、語彙の深さに改めて感動です。
現在では不適切と受け取られる表現もあるかも知れませんが、そのままの形で表示します。

2015年5月21日木曜日

破戒

また、青空文庫のはなしです。
「懐かしい友」の中に藤村の「破戒」があります。
「美しい村」や「ジェーン・エア」はその中でも今までに何度か読みかえしたことのある本ですが、「破戒」は一度読んだきりで再読は初めてです。

青空文庫、最初は[横書き]のみと思ってゴシック体の横書きを読んでましたが、「縦書き」もあることを知り今縦書きを読んでます。このほうがずっと楽です。

ここまで書いてたらいきなり大きな「落雷!!」瞬間停電!!もう書き続けるのはやめます。
しかし、突然にシャットダウンしたPCがどうなったか心配で通電してすぐ再起動しました。
何と優れたPC、ちゃんとこの投稿ページを表示してくれました。しかも書きかけの文までも!

もう寝ます。こんばんは「破戒」ならぬ「破壊」したんじゃなかろうかと思いました。
では、おやすみなさい・・・・・・

2015年5月17日日曜日

川掃除

地域で恒例の川掃除がありました。
今年は国体開催県ということもあって、周辺環境の美化に力が入っているようです。
そんなこともあってか、いつもより人出が多そうです。

普段滅多にお会いしない方とも話をする機会に恵まれます。
しかし、川の中は相変わらず色んな物が投げ込まれています。
缶瓶はもちろん、茶碗、長靴、雨どい、ビニール袋に入ったゴミ、なんでこんなものが、というものがあります。
しかし、うれしいことに川の中には小さな鮒のような小魚が無数に群れだって泳いでいます。
ちょっと前までは目にしたこともない光景です。
きっと魚にとっても住みやすい環境になってきたのでしょう。
ひとしきり、みんなで川の中を見て「やっぱり、続ける価値があるね」と魚の泳ぐ様子を楽しみました。

「賽ノ河原」と思っていた川掃除ですがみんなの協力と継続は確実に効果が出ています。
そういえば今回は自転車などの“大物”を目にしませんでした。
このうえは捨てる人にモラルが芽生えたらきっと美しい川辺が維持できるのでしょう。

とは言え、参加者は年々高齢化していきます。少ししたらしんどくなります。
参加者を次代に引き継いでいけるようにするのも課題の一つです。
みんなで大切に守っていく姿勢がそのヒントになるのかもと思いながら微力の参加です。

2015年5月14日木曜日

美しい村

久しぶりにネットで無料の「青空文庫」を検索。
お目当ては堀辰雄の「美しい村」 。ずっと前読んだことがあります。時々懐かしい友人に逢いたくなるように昔読んだ作品にもう一度浸りたくなるのです。

避暑地の美しい風景の描写が私の胸をいっぱいにします。
水車があり、野バラが咲き、藤の花が見ごろで、川のほとりに水車小屋・・・

そんな自然の中で過ごす期間に少ないながらも主人公は色々な人と出会い恋愛もします。その恋愛も今時のそれとは違ってゆっくりと進展していくのですが胸中ではいろいろな葛藤と思いがけない進展に戸惑ったりがあります。

主人公は小説家、元々「山からの手紙 」としての新聞小説だったのでしょうか。
主人公は堀辰雄自身のことなのかとも思われますが、私の思い違いかも知れません。

筋道よりはこの村の風景描写が想像力をかきたてます。長い文ではなかったので一気に読み終えました。
こんな日は心が豊かになり 胸の中が軟らかいふわふわしたもので満たされるのです。

薔薇といえば佐藤春夫の「田園の憂鬱」にも薔薇が出てきます。これにもいつか再会したいです。
犬の名前は確か「フラテ」といったように思います。そこだけ断片的に覚えがあります。
若い頃もっと読書しておけば「懐かしい友人」がもっともっといっぱいでしょうが、今ごろ悔やんでもおそすぎますね。

2015年5月13日水曜日

お天気おねえさん

台風の影響で昼前からは雨といってたので、早いうちに買い物をと、出かけました。空は何やら怪しげな色、でもまだ大丈夫!道のりを半分くらいのところでポツリときました。
今更雨具を取りに帰るなんて、さっさと買い物すれば大丈夫だよねと自分につぶやいて前進。
買い物を済まして「どうぞ、降ってませんように」との思いも空しくかなりの降りようです。
しかし、雨宿りしていてやむことは無いでしょう、何せ台風だもん。

前かごにはタオル一枚しか入っていません。
だけど、私帰らねばならないのです、シュッパーツ!!
途中でますます降ってきました。一枚きりのタオルはすでにぐっしょりです。
情けないとかみじめとか考える前にさっき塗ったばかりのマスカラ、お湯で取れますというタイプのですが、この降りじゃお湯でなくてもきっとエライことになっとるで!顔をグイグイ拭いたしなぁ
きっとひじきのみじん切りが目の周りで踊ってるんやろな、誰にもあいませんように・・・

やっと家にたどり着くと全身から滴が、一人暮らしを良いことに、玄関のたたきで脱ぎ捨てお風呂に直行。 やれやれでした。天気予報のお姉さんは「雨具をもって」と繰り返し言ってたのを今ごろ思い出しました。
皆様、お天気おねえさんの助言には従いましょうね。

2015年5月9日土曜日

鳥の働き

長い連休が過ぎ日常に戻り何となくホッとします。
毎日が日曜日のような生活なのにホッとするなんて変ですが、あるべき位置、あるべき生活に身を置いているのは気持ちが落ち着くのです。

変化があったのはツバメのカップルです。下見だけかと思ったら古い巣のリフォームを始めました。
軟らかい枯れ草を運び込んでいますが、巣の下にはせっかく運んできた資材が落ちてます。
それでも、せっせと運びこみます。3歩進んで2歩下がる♪♪状態です。
二羽で交互にまじめにこつこつと・・・、私ツバメに完全に負けてます。

裏庭で雀の親がやっと巣だちの子に口移しでなにか与えてます。猫がいようものならけたたましく鳴いて危険を知らせます。
これにも私脱帽です。
本能といえばそれまでですが、その本能さえ忘れたのではと思う時があります。
忘れたことを思い出させてくれる瞬間です。

2015年5月7日木曜日

入居者募集

入居者募集、築3年、ワンルーム、通風良好、セキュリティ付き、敷金礼金、仲介料なし、家賃は
元気な姿見せてくれるだけで充分。
こんな好条件の物件、そうそうないはずなのに今春も申し込みがありませんでした。
いえいえ、ツバメの巣です。
3年前せっかく孵化して体中をくちばしにして親鳥に餌をねだっていた子ツバメたちカラスの餌食になりました。その少し前私は大きな青大将を撃退したにもかかわらずです。ショックでした。

今年もダメと諦めかけていたのですが、最近巣の周りを飛び交う姿に希望を持っていました。
飛来して二回目の産卵でしょうか、今朝から賑やかに巣と外を往復しています。
もしかして、とじっくり見てたいのをじっと我慢です。
 もし、ここで子育てするなら今度こそ巣立ちまで見守るからね♬


2015年5月6日水曜日

仕事のお釣り

昨日はやる気スイッチ全開でしたが、今朝起きると太ももの後ろが筋肉痛です。
花壇の土を掘ったのがこの筋肉痛の原因なのでしょう。
脚を踏ん張ってスコップで土を掘り上げ鶏糞、腐葉土、培養土、を混ぜ込み埋め戻す作業です。
「あかんこっちゃなぁ」と半ばあきれていますが、体が重いです。痛いです。
慣れないことをすると翌日そのお釣りが来ます。
頑張りなど効かない歳になったのですね。

残りすくなくなっていく時間を色濃く凝縮するように生きるか、あと少しだから開き直ったつもりでの~びり生活するか、どっちも良いように思いますが、こんなに筋肉痛の日には今更焦ってもね~となっています。
「また明日という日があればこそ」私の好きな言葉の一つです。また明日頑張ります!!

今日の仕事

珍しく一日中一人です。台所から浄化槽へ流れるまでの中間の小さなマンホールを掃除しました。
髪を染め、疲れたのでいっぷく、洗濯して、植木鉢をのせるための板に防腐剤を塗りました。
裏表、二回づつこの前にもペンキ塗りしたのでコツを覚えて上手に出来ました。
夜になって花壇の土改良のため穴を掘り、鶏糞、腐葉土、培養土、などを混ぜ込みます。
 狭い花壇ですがなかなかの力仕事です。半分やりかけの残りです。

予定では、植木鉢を別のところへ一時置きかえておくとこまでしたかったのですが、体がオーバーヒートしそうに。
「今日はこの位でこらいといたろか」と言いながら、おしまい。

時間を気にせず、思いつくままに行動するのは愉しいね。充実感でいっぱい!!
お天気最高だったし、たまにはこんな日もうれしい。
そうそう、猫のきり子も 手伝ってくれました。穴をほりほりして座ったかと思ったらシー♪とできたての肥料をまいてくれました。