先日の続きです。
破戒――何といふ悲しい、壮(いさま)しい思想(かんがへ)だろう。
丑松は 父の教えの身を守るための「隠せ」「忘れるな」の戒めを破り棄てる気でいる。学校への進退伺も書いた。「阿爺さん、堪忍して下さい」と繰り返した。蓮太郎の著書の「我は穢多なり」と書起こしていたのを今更のように思い返し学校へ向かう。
実は丑松を排斥しようとするのは校長やその取り巻きであった。
しかも 自分の方からそれを言わないで町議たちの方から言いだすようにしている悪どさ!
その日丑松は授業を終え、いよいよ生徒たちに身の素性を告白する。涙なくしては読めない告白の言葉、 やがて学校中にそのことが伝わり教師たちをはじめ他の生徒たちも集まってきた。
丑松は土下座(しかし文中では「同僚の前に跪いて、恥の額を板敷の塵埃の中に埋めていた」というふうに表現している)。言葉の力というものに私はここでも深く感銘を受けた。
この学校でただ一人師範学校時代からの親友がそれを聞いたあとも何くれとなく思いやってくれるのだ。
いや、のみならず生徒たちも、丑松がひそかに恋心を抱いていた下宿先の寺の養女のお志保も丑松の気持ちをくみ取る。
蓮太郎の葬儀が執り行われる。蓮太郎が選挙応援していた市村弁護士からアメリカのテキサスで農業に従事するという計画をしている人から教育のある、確実な青年を世話してと頼まれているがどうか、と誘われた。その人とはかつて入院しようとしていた病院からも宿からも「穢多」という理由で追われた大日向であった。
丑松は新しい人生を歩むための一歩を踏み出す決心をする。
やがて、別れの時が来た、生徒たちも別れを惜しむ、「ごきげんよう」。飯山の町の眺めは霙の空に姿を隠した。ホッと深いため息をついた丑松の頬を涙が伝う。橇は雪の上を滑り始めた。
と物語は余韻を残して終わる。
ざっと粗筋を追ってみた。今夜はもう遅いので感想は後日に!
「ごきげんよう」
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