2015年9月29日火曜日

歯医者さんへ

実は日曜日に白崎でお茶をした時注文したワッフルが思ったより固いなと感じました。
で、力を入れて前歯で噛みました、その時ヤナ予感が・・・
その前歯に妙な違和感を感じ、しまったと思った時はもう遅いのです。そう、さし歯がとれてしまったのです。
しかも3本連続のものです。帰宅して抜けた前歯を鏡で見ると、何と間抜けな情けない有様、緊急事態です!
月曜日に歯医者さんへ急行! 仮につけて下さったのですが治療が必要で又しばらく歯医者さん通いが始まります。
今日は今日とて、予約していた虫歯の治療です。
昨日のとこが痛むし今日のは時間がかかって口がくたびれたので帰宅後しばらく寝込みました。
私、歯医者さんにとっても弱いのに一番お世話になる所なのです。

2015年9月28日月曜日

お月見できた♬




今朝曇っていたのでお月見は出来ないかと思っていたのですが
用意したお団子とススキが幸運を運んでくれたのかくっきりすっきりのお月さま出てくれました。
華やかに薔薇も添えて
日曜日の気分転換に由良の鍾乳洞を見学に行きました。
昔、石灰石を採取していた跡だそうです。
細い山道をくねくねと進みます。
やっと戸津井鍾乳洞につきました。
入口から下へ降りる階段を数段行ったらすでに気温が下がります、年中15度なのだそうです。半そででは冷気が直に伝わります。
地底の世界は薄暗くて場所によっては狭くて低くて水滴が落ちてきます。
照明や案内板もあるのですが、ちょっと怖い、一人では無理です。夏にぴったりの観光名所です。
地上に出ると太陽がまぶしくて暑さも一気に戻りました。
青い海はええなぁ。まるで写真のようだわ
 それから、休憩を白崎で、こちらは海と白い岩肌がきれいです。
やっぱり穴の中より広々して明るい地上が好きです。

この上に展望台があります。切り立った真っ白な岩に囲まれ海側は見渡す限りの大海原で、ここでも地球の丸さを感じました。

2015年9月27日日曜日

お月見

今年もお月見は残念なようです。
すっきり大きな中秋の名月を見たのはいつだったのかしら?
とりあえずお団子とススキを用意してお月さまが顔を出してくれるのを待つとしましょう。

待つといえば満月の一日前の月は「宵待ちの月」と呼ぶのだそうです。満月になるのが待ち遠しいよ、といったとこでしょうか。
他にも満月が段々欠けて月の出も遅くなるのを「立待月」「居待月」「寝待月」などと呼んだりその形から「眉月」「弓張月」「十三夜」などと月にまつわる呼び名がいっぱいあります。
 昔の人はこれほど月に寄せる思いがあったということでしょうか?

今夜月が見えなくてもその繊細な呼び名を楽しみたいと思います。因みに「今日の月」というのは中秋の名月をさす季語なんですって。

2015年9月23日水曜日

秋は夕暮れ

「春はあけぼの」で始まる枕草子の清少納言さん「秋は夕暮れ」
夕日のさして山のはいと近うなりたるに ・・・と続きます。
昔も今も秋の夕暮れを好む人が多いようです。私も好き!
まだまだ昼間は暑いけど日が落ちる頃は「やれやれ、一日お疲れさん」って気持ちです。
山の端の変わりゆくさまを楽しむ風情なんてないのですが、夏の暑さから解放されるこの時期がうれしいです。

さて、清少納言といえば紫式部をセットで思い出します。
二人の関係はどんなだったろうかと思い、検索を辿って行くと二人は一条天皇の二人の妃に仕えています。
清少納言は中宮・定子に、紫式部は中宮・彰子につかえていたのです。
しかし、定子は24歳の若さで亡くなりその後清少納言は宮仕えを引退、5~6年のちに式部は彰子に仕えることとなり二人は直接あったことはないとされています。
しかし、清少納言は式部の夫や従兄の悪口を書いていて、式部は小納言のことを得意げに漢字を書いているようだけど、よく見ると間違っていいるとこもあり・・・と批評しているとの記述。
1000年も昔から女の戦いはあったのですね。 おお、怖!。

2015年9月21日月曜日

彼岸花

                       彼岸花です。
秋を彩る花です
ずっと遠くからでもその存在がわかる秋の花。
今年はあぜ道の草刈りがされていて、一段ときれいです。
秋の七草に入ってないのが不思議だなぁ。


茎がすっくと立って集まっている



ふだんはどこにこの花の球根があるのか分りませんが花が咲くとこの存在感。
しかも、そこにもあそこにも群生してます。
葉が一枚もないのもふしぎ。たいていの植物は先に根が出て次に葉や茎が成長するのにやはり花も色々でね。
まるで大きなブーケです。
お彼岸には必ず咲くから
彼岸花。
何となく日常花瓶に挿して楽しむのはどうかと昔から言われて来ましたがあまりきれいなので思わず写しました。
お墓参りの帰りです

2015年9月19日土曜日

国語力

先ごろの全国小中学校での一斉学力調査で和歌山県の順位は下位から数える方が早い結果が出ていた。
私はさも、自分はおこがましくも人並みに出来るような口ぶりで「なんとかしないとねぇ」とか言っていた。

今日の新聞で「国語に関する 世論調査」というのがあった。
〈おもむろに、枯れ木も山の賑わい、小春日和〉などの慣用句の意味について質問、あるいはどちらの言い方が正しいかの質問があり興味を引いた。その中に「青田買い」「青田刈り」どちらが正しいかの設問、正解を見てショック、青田買いが正しいのだ。
誰もそばになかったけど恥ずかしかった。

そして先ほど、漱石の句<行けど萩 行けど薄の 原広し>
後に短編『二百十日』 として実を結ぶ。と書いてあった。
 このコラムの文で入力練習することにした、しばらくして
「にひゃくとうか」と入力しても変換できない、「にひゃくとおか」と正しくないとPCは認識しなかったのだ。
ここでも私の国語力の貧しさ見せつけられた。
人のこと言ってる場合じゃない。70歳を目前に  恥じ入るばかりの人生なのである。
ちょっと落ち込んでます。
 


2015年9月16日水曜日

紀勢自動車道

いつもの同級生達で田辺~すさみまで紀勢自動車道が開通したから行こう!ということで連れてってもらいました。
何と1時間でもうすさみです。
トンネル、トンネル、またトンネルで山をくり抜いた自動車道。
海岸べりを走るのとではどのくらい短縮できたのか知らないですが、とにかく近くなった。
先ず、串本、大島へ行くことに、荒磯で波が砕ける海金剛、この島には砂浜の海岸がないのだろうか。眼下に鋭く尖った岩が連なる、じっと見ていると吸い込まれそうです。
小高い展望台からは360度海、海、海で地球の丸さを感じます。
大島はトルコとは深いつながりがありトルコ記念館や友好の記念碑なども、お土産店もトルコばかりです。
本州最南端というだけあって大島に自生する木々も何だか南国を感じます。
大島ではこんな花が
お昼はみんなで橋杭岩を見ながらマグロ丼をほおばりました。
行く先々で何かしら買い物します。

記念館には珍しいタイルが
エルトゥールル号遭難の慰霊碑

次は芦雪の龍虎がある無量寺へ最初はビデオを見て展示室を見学ということですがビデオが始まるや全員居眠り、だって暗くてお腹いっぱいでナレーションに導かれるようにウトウト・・・
展示室には実物大のコピーの竜虎、不思議なことに若冲の直筆画もあります。それらはガラスケースにも入ってなくて間近にあるのです。
次に案内された収蔵庫には、竜虎を始め原画が収められているのです。雨の日には見学できないそうです。
次は本堂です。デジタルで再現したというのですが、本物そっくりです。昼寝も教養も同時に身に付いてよかったねと言いあいました。

帰りは出来たばかりのすさみ道の駅で休憩、木の香りが漂っています。
楽しい一日はあっという間です。
帰ってTVつけたら今行って来たすさみ道の駅が写っていて不思議な気がしました。


2015年9月13日日曜日

国勢調査

今回から国勢調査はパソコンから出来るようになったと友達が言ってました。「ふ~ん、国勢調査あるんや、うちはまだ調査用紙来てないし、どんなかな?」と・・・
友達はネットで回答したようです。
私、ネットでするのってなんだかイヤと思っていたのですが、「簡単だった」というのでさっそく封筒から引っ張り出して操作ガイドに従い入力していきました。なるほど簡単。

でも、不思議に思うのは今までは10月1日のその日に居住している事実を書いてくださいと いうのであったのが、ネットでの回答は9月20日までと大書きしているところです。
細かいことは言うな!って叱られそうですがなんだか腑に落ちない。
あるブログを見ていたら次回はマイナンバー制が導入されて国勢調査の必要が無くなるのではと書いていた。
まったくだ、ますます時代の波に飲み込まれてしまう気がしてきました。

2015年9月9日水曜日

お日様久しぶり!

今日も空を見上げて「また雨か・・」とうんざりしていました。
被害の出た所の事を思えば長雨ぐらいでうんざりはないやろと思いながらもやっぱりうんざりしてしまいます。

日曜日も雨のなか、川掃除が行われました。
来週は市民総体があるので日延べができないということです。
少しだけどお手伝いをしました。
こなした作業よりももっと大きな疲れに取りつかれたようです。

そんなこんなで何となくだるくやる気も出なかったのですが、
久しぶりの友達が来てくれ気分転換できました。
午後には久しぶりのお日様出て来て明るく照らしてくれました。
とりあえず雨で行けなかったお墓参りに。バイクの風はなんて気持ちいいのでしょう。
9月に長雨は似合わないですね。すっきりとした青空に深呼吸です。





2015年9月8日火曜日

火花その後

感想文をと思っていたのがあらすじになってしまっていて、これから読もうと思っているかたの楽しみを奪ってしまったのではと反省しています。
 「火花」は徳永のコンビ名スパークスであり、熱海の花火大会の花火と仮設の粗末な舞台で漫才を披露する芸人たちとの戦いの火花であり、納得のいくお笑いを模索する葛藤が放つ火花でもあったのですね。
 
この本、3回くらい読みました。
滅多に買わない本ですが元を取りまくった気がします。
徳永、山下の「スパークス」最終ライブあえて内容の紹介しませんでしたが是非読んでいただきたい個所です。
読むたびになんでこんなに泣けるんやろと不思議です。

お金が幸せなのか、問いかけてくるような個所が随所にあって
その度に答えを求められているような気がします。

目的に向かって進む探求心も幸せの一つの形でしょうか?
そういえば、パソコンしていて昨日出来なかった事が出来た瞬間の喜びと満足感はこれが幸福って感じですね。
すぐまた次の疑問が出て来たりするのですが・・・

火花 その9

スパークスの引退漫才に笑いながらすすり泣く観客たちとともに育てられ中学時代からの相方が自分を漫才師にしてくれ同じ舞台を踏んだ後輩たちと一緒に成長できたことを思い出しながら最後の最後にじぶんの理想と思う漫才をやれた事に自分の人生を得たと感じる徳永であった。
神谷も褒めてくれたのがうれしかった。

伝記のノートは20冊を超えていた。
ある日神谷の相方大林から神谷と連絡が取れなく仕事にも来ないと連絡が入る。借金が膨大な額になっているらしい。

一年が過ぎた。徳永は不動産屋で働き接客で芸人をやっていたことが役立っている。
 ある日、神谷から連絡があった。久しぶりの神谷は精悍に見えたが何か違和感が・・・
相方の大林はそんな神谷のことを関係者に頭を下げて回り、事務所に籍を残したまま待ち続けてくれていた。ここにも相方は彼だけという深い絆のコンビがいた。

やはり借金が原因の逃避行、しかし「借金は怖いで~」とこの期に及んでも楽しそうに話す。そして、違和感が判明、彼はFカップの巨乳になっていた。徳永は狂っているのではと思ってしまう。
しかし神谷の巨乳は時として「面白い」より許されない差別感を生みだすということに気が付き後悔にむせび泣く。

正月休みに徳永は神谷を熱海に誘う。
 夏だけでなく冬も花火大会がある。
スポンサー付き花火の合間に「ちえちゃん いつもありがとう、結婚しよう」 のメッセージと共に打ち上げられた地味な花火に観客は祝福の拍手を送り続ける。「これが人間やで」と神谷がつぶやく。

神谷は「熱海お笑い大会」のポスターを見つけて出場すると言い出す。
「おい、とんでもない漫才おもいついたぞ」と露天風呂から叫んでいる。全身全霊で、生きている限り続きをやる神谷の存在を徳永はノートに書き留めるのであった 。

火花 その8

そんなある日徳永は突然相方に呼び出される。
ネタ合わせでいつも利用している喫茶店のいつもの座席に座る相方の顔をみて、もう何を言われるのかをほとんど理解していた。

同棲している彼女と籍を入れ、お腹には双子の赤ちゃんが入るということを。色々なことを思い出し十年間の感謝の言葉さえ声が震えるのを恐れて呑みこむのだった。
この時、彼はこの相方以外ないと思い自分も引退する決意をする。
そして最後のライブが開催されることに。

私は本を読んで本気で感動したり涙ぐんだことはあるが、この引退ライブの掛け合いの部分を読んで涙で文字が読めなくなりティッシュの箱を引き寄せて鼻水と涙をぬぐうことになるとは予想外だった。
この部分は是非本文を読んでいただきたい。
このライブには神谷も来ていて彼もまた泣いていた。
この日神谷の言う「お笑い」と徳永と相方との漫才が一致したのだ。
そして、改めて今まで自分を支えてくれた人たちへの感謝が溢れるのだった。

              つづく

火花 その7

八月中に仕上げてしまおうと思っていた「火花」ですが、もう9月も大分過ぎ、秋の気配がひしひしと・・・。

神谷は相変わらず「面白い」ということを頑なに追及している。その手法は時として笑いの常識を逸脱しているかのような表現を試みた。信念を持って周囲に媚びることができない性質は敵もつくりやすいがそれでも戦う姿勢を崩さない。
一部の芸人には称賛されても一部の芸人からは煙たがられた。と書いている。
まるで、世渡りに対しては不器用な人である。
しかし、どの世界にもこんなタイプの人はいるものだ。
腕はいいけど全く無愛想な職人さん、とか《芸のためなら女房も泣かす》と歌の文句にもあるような人とか・・・

お客を楽しませる事と神谷の言う「面白い」には言い知れぬ隔たりがあるのだ。
テレビに映る徳永たちの漫才は受けているのにそれを見る神谷は笑わない。
徳永はどうすれば神谷が笑ってくれるのか分からなくなってきている。
いつか自分の本当の出番が来ると信じて、後輩コンビたちとも切磋琢磨しながら成長を続けていった。
しかし彼らが出演した漫才番組に神谷の「あほんだら」が呼ばれることはなかった。
               つづく


2015年9月1日火曜日

9月です

9月になりました。
新学期が始まって私まで気持ちが新たになっています。
そして、今日は防災の日です。
防災グッズ完備しているのですか?
私は何も・・・備蓄の食料もいつか整えようと思っている間に一年経ってます。
何事もなかったからいいようなものの願わぬ災害が来たらお手上げです。

今年こそ少しは備えようと思います。
唯一それらしいのがお湯をかければ出来るご飯、あれも一度試食しとかないとね。
買ったまま封も切ってないまま箱に入っています。
一階に置けばいいのか二階の方がいいのか迷ったあげく階段の途中のとこにほったらかし、きょう思い出しました。

地震が来たら多分私はその瞬間に固まってしまう気がします。
なにも出来ずに立ちつくすあるいは恐怖のあまり這いずり回る。
そんな自分の姿が目に浮かびます。

明日も平穏な一日でありますように・・・