大澤歯科医院の近くの坂本家、父はとうに亡くなり母一人子一人で、高齢の母は数年前施設に入ったが昨年亡くなり淋しい葬式が営まれた。
その坂本家にパトカーが来たと言う。何事かと近所のものたちが集まってきた。
ずっと空き家だと思っていたその家になんと息子がいたのだった。その家の借地権は母親で死亡により契約が切れて退去しなければはならなくなり呼びかけに応じないので強制執行されることになったのだった。
執行官と共に出てきた親の死後なす術もなくひたすら閉じこもっていた中年の男。
節子は衝撃を受ける、「うちの30年後の姿…」
翔太に本気で向き合おうと息子の部屋のドアをドンドン叩いた。不機嫌そうな様子の翔太はまだ髪も長くなくそれほど肥満もしてなくて少しほっとする。部屋に洗濯ものが干されパソコンがピコピコ光っていた。
渋る翔太を「大事な話がある」とやっとリビングに連れ出す。
人生をやり直せると書いてあったパンフレットを見せ、これからのことを真剣に…」
「ふざけんじゃねー!!ババァ」と言ったかと思うとテーブルとお茶、急須、ティッシュなどけちらし節子と正樹に「そんな事を二度と言ったらぶっ殺す!!と言い捨て部屋に帰る。
二人はおとなしいと思っていた息子の突然の暴力に何が起きたのかさえもわからない気持ちだった。
「俺たちが甘やかしたのだ。もう、小遣いはやるな。飯を作ってやる事もない」
「そういうわけにもいかないでしょう」
「それがあいつのためだ」
「もう、甘やかすな」妻ではなく自分に言い聞かせる正樹。
久し振りに来た娘の由依に節子
「もう私たちは覚悟を決めるときなのよ」
その言葉に由依は大きく頷く。
由依は大学生の頃は冷ややかで取りつく島もない娘であった。母親とはよく話をしていたが父親が入っていくとピタッと口を閉じる。が年頃の娘というのはこんなものだと友人たちから聞いたりしていた。娘につきあっている男性がいてそろそろ挨拶に行きたいと言われた。
翔太のことは知られたくない。それで「ずうっと医大目指して浪人中」と言って彼は「よくある話だね」と気にしていないと言う。「引きこもりと言えばいいじゃないか」という父に絶対にイヤという。先日のことは既に節子から聞いてあるらしい。
「今決断をしないと翔太は廃人になってしまう」
老後のことを考え始めているのかと畳みかける。
「お前の世話なはならん」
「翔太のことはどうするのよ。引きこもりのまま親の年金を頼りにして就職も結婚も出来ずに小汚い中年にになっていく。親が甘やかしすぎるのよ。」
由依は「私はおかげでちゃんとした大学出て就職し、彼のお母さんも喜んでくれている。だけど、翔太のことが知れたら私の評価はずっと下の方に行ってしまう」正樹は口のまわる娘に唖然としてしまう。翔太のことを災難という。正樹は「よくもそんなことが言えたものだ」
由依は翔太の為に一度も友達を家に連れてこれなかったし、翔太を連れて歩いているのを見た子になんかキモイって言われた。将来ヤバいかも。幼女に何かしそうって。
「それ聞いて私の将来翔太にやられちゃうかも」由依は由依なりに深い苦悩をかかえていたのだ。
親娘のやり取りはまだ続く。