2024年2月29日木曜日

がっかりだね

 がっかりしてます

その一
遅くまで起きていたり、疲れていたりすると目の白い部分が出血して真っ赤になることがありますよね、 私の場合は決まって左目、何かプチッと糸が切れたような感覚があってそのあと白目の一部分だったり全体だったりが真っ赤になるけど別に痛みもないし数日後にだんだん黄色っぽくなってやがて跡形もなく消えるのですが、今回のは違う。右目です

まぶたが痛むし腫れてる。しかも今まで経験したことのないほど出血がひどい
まぶたの隅にはゼリー状の赤い物が、もちろんそれを拭ってもティッシュが染まることはない

これはお医者に行かねばのレベルだ。せっかく腰が順調なのにまた目がこんなではがっかり…

眼科ってのはこんなに時間がかかるのかと思うくらい長く待った
診察の結果はいつもの白目の出血と同じで内出血です 
そっとしておけば治ります薬も必要ないですとのこと。まずは一安心だけど見た感じが悪い

まぶたの皮膚の色がにえてるし、痛みは和らぐもまだ痛む あれから3日たつのにまだ新しい出血が続いているらしく真っ赤っかです うんざりです

その二
先日、そろそろ自転車に乗っても良いか整形の先生に尋ねてみた
月曜日は御坊へおいでになるので都合がよい 先生は「いいよ、こけないように、サドルの低いのはいけないよ 腰と脚の角度は90度以上やで」これを聞いてうれしかった!
でも強い風の日が二日間も続き一日は用事があって「よし!練習がてら乗ってみよう」とよっこらしょとまたごえようとしたら足が上がらない、「そうや私の足上がらんのやった」
車に乗せてもらう時もベッドで横になるときも右足上がらないの忘れてた!

がっかりです、また歩いてとぼとぼ近所の精肉店へ、トレーニングで上がるようになるかしら?そうでなかったら自転車やめてバイクかもまだちょっと怖いしね

2024年2月28日水曜日

コルセット

入院生活ではコルセットを着けておく必要があります 
入浴時と夜間の睡眠の時だけ外します

ボインのもっと上から下は股関節の曲がり角くらいまであり重さも結構なものです
窮屈だけどこれによってまだしっかりくっついていない背骨とボルトの保護をしてくれるのです それにしてもうっとうしくて窮屈です 特にトイレでは格闘です

しかしこれにもだんだんと慣れて今ではすっかり仲良しになってます

聞いた話ですがある人は体に付けないで飾っていたとかまた別の人は棚からぶら下げていたとか。ぶら下げていた?なるほどまるでミノムシだね

ということで私のコルセットに名前を付けました。ミノムシみのちゃん、

このみのちゃんに夜寝るときは「今日もお疲れさん ありがとね」朝は「おはよう、みのちゃん今日も頼んどくで」となんだかこの相棒に愛着がわいてます

横道それちゃったけど転院先の病院でリハビリが始まりました。
医大では患者さんがひしめく程大勢がそれぞれのリハビリを受けています
ぶつからないように気を使いながらでしたがこちらはゆったりしています
まだ慣れないせいなのかゆるやかで優しいリハビリが始まりました

以前はこれを60回とか90回とか指示されたこともここでは20回から始まりです
お正月はここで迎えました
元旦の食事にはお雑煮のような中におもち
に似せた何かが浮かんでました
高齢者の多いこの病棟ではのどにつっかえる食材はきっとご法度なのでしょうね

お煮しめの気分が出る煮物があったり、また別の日は黒豆に何か練り物が添えられていろいろ工夫の献立でした

2024年2月27日火曜日

転院します

 年も押し詰まり転院を考えるようになりました
クリスマスの給食にはイチゴののったケーキが出ました、うれしかったけど食欲がなく食べられませんでした、もったいなかったです
一方、リハビリではリハビリベッド上でお尻上げの運動が加わりました
将来お〇つを取り変えてもらう時にお尻が上がらないと困りますね
この運動結構きついですよ

めったに来ないのですが往復2時間を私の見舞いのために費やすのは申し訳ないということもあり、御坊でリハビリの出来る病院を希望します
手術前にかかっていた病院なら担当の先生が御坊に来られるのでいいかなと思ったのですが、時々は和医大へも行かないとダメらしくそれならばリハビリが良いと聞く別の病院に決めました。転院ということは今いる病院から真っすぐ転院先に行かないといけないらしいのです。

私はいったん自宅によって改めて入院の用具を持っていくつもりだったのに・・・
しかも何時に転院先に行くようにとの指示もあります。

出発が少し遅くなったので自宅によってる間もなくなり、パジャマのままの転院です
昼も夜もパジャマで過ごしているとこの姿にも抵抗感がなくなったみたいです

転院先で診察を受け1ヵ月の入院と診断されました。                
期間はともかく、和歌山市と御坊では入院していることに違いはないのになんとなく近いんだよって気持ちが違います

ここでしばらくリハビリして体力がついてから退院という運びになります

2024年2月26日月曜日

車いすから歩行器へ

 しばらくリハビリを頑張ったら歩行器になりました
病室からリハビリ室へも歩行器です。車いすは座ったままですが歩行器は移動中は歩きます。

自分のリハビリをするまでは(先生は他の患者さんも指導されているのです)イスやソファで待っています。

まだ背骨を止めたボルトをそっとしておかないといけないので下半身中心のリハビリ、屈伸だったりかかとの上げ下ろしだったり歩行の訓練です
そんなことがしばらく続くと今度は杖を使っての歩行訓練ですが病室との行き来は歩行器。
それもそのうち杖中心になり、やがて先生が「杖を持たないで」「廊下の手すりも持たないで」という事には不安があったのですが、えらいもんで慣れるんです
階段の上り下りも増え、歩く距離もうんと長くなりました
でも、先生が私の体を支えることもしなくても一緒に歩いてくださるだけで安心感があります

なので病室での時間は杖が手放せませんでした

そんな中、何が嬉しかったと言うても夜間のトイレの見守りがなくなったことです
なぜだか夜中に何度も行くのでついて行ってくれるのが心苦しいのです
それがなくなって気持ちが軽くなりました

看護学校の学生さんが実習で2週間ついてくれました
4年生でこの春国家試験を受けていよいよ看護師としてデビューするのです。
血圧や体温を測ったり体の清拭を手伝ってくれたりとしてくれました

ある日体が曲がらないので靴下がはけない私のために靴下をはく道具を作ってくれました

何度か練習して一人で上手にはけるようになると、今度はショーツも自分ではけるようにとまた作ってくれ、ベッドで体を起こすときの楽な方法もノートに書いてくれました。

2週間はあっという間でしたがこんな優しい女の子の孫がいたら(うちは男子なの)って思ったくらいありがたかったです


2024年2月24日土曜日

リハビリの生活

 寝たきりの時もベッド上でリハビリしたり、血流の助けになるようにと脚先に時々空気が送られてマッサージのように膨れたりしぼんだりするのが付けられたりしました。

これはしばらく続いたように思います、とにかく血流のことはいつも言われて弾性ソックスも
かなり長い間はいてました。

一階のリハビリの部屋に行くようになって本格的にリハビリへ。
その頃はまだまだ寝たままが多かったし昼も夜も車いすで看護師さんがトイレに連れて行ってくれました。
もちろんリハビリへも連れて行ってもらう日々。長く寝ていると起き上がると吐き気があるのでビニール袋持参です。自分のリハビリを待っている間にも私は首がしんどくてヘッドレストが欲しいと思っていました。
数日後そのヘッドレストが欲しいと思うこともなくなり何から始めたのかもう忘れてしまいましたがリハビリの力ってすごいな!って今までの概念をがくつがえされる思いでした。

出来なかったことができるようになる喜びは何事にも代えがたいです。
この部屋には私などよりもっと重度な患者さんがいっぱいでそれぞれが一生懸命です。
もちろん、先生も同じくらい一生懸命です。
始めは麻痺で表情もなくただ動かされているのではと思う方もしばらくたつと表情が出てくるのには驚きです。

私の場合はけがをしたのでもなく麻痺があるのではないので、軽い方なのです


2024年2月23日金曜日

頑張ってます

 お久しぶりです。っていうより謝らなくてはなりません
もっと早くにご報告しなければいけなかったのですが延び延びになってしまいました
本当に申し訳ございません

退院して1か月が過ぎました。おかげさまで退院したころよりずっと体調は良くなりました
今もヘルパーさんがお風呂の見守りをしてくださいます。
家庭生活の中でもやはり入浴介助が一番必要です
うっかりスッテンコロリといったらせっかく良くなった腰が壊れたらと思うと慎重になります

あ、それより手術前と手術後のことですよね。
前は腰が直角に曲がって脛っこをもって歩くか杖が自分の体の一部のように必要でした

そして今は道路を歩くときは用心のために持つのですが家の中や裏では必要ありません
視野が広がり遠くが見えるのです。「あんた、そんなに背が高かったの?」ってよく言われます

これが本来の私なのですが皆さん背が高なったっていうてくれます
手術直後は先生から言われていた通り十日間ほどは大変でした。前年の胃癌の手術とは比べ物になりませんでした
「曲がったままの人生って選択もあったんだよね」とふと弱気になったことも
そこを乗り越え二本足で立った姿を鏡で見たときの喜びは数日前までの痛みなど吹っ飛びました。感謝感謝の気持ちでいっぱいです

立てば歩めの親心ってわが子の成長を願う親の気持ちの表れですがわたしも自分の体にそんな思いでリハビリに励みました