またまた誘って戴きました。
今度は寒川で古民家を改装してお昼ごはん出してくれるとこがある。
ということで出かけました。
今日は日曜日なのであちこちでお祭りがあります。
道成寺では会式です。
日本一の(今もそうなのかな?)藤棚ロードで有名な美山では藤まつりが、
温泉療養館を過ぎてももっともっと行きます。
いつしか山の中へ奥深く入ったようでうっそうと繁った杉林・・・
道をまちがえたのかと心細くなる頃を見計らったかの様にその店の小さな案内板が私たちの心をつないでくれます。
道はいよいよ険しくなりもちろん舗装はできてません。路傍の石は今山肌を離れたかと思うくらい鋭く尖っています。
急に視界が開けたらお目当ての古民家が・・・
ほんとに古いだけどなんだか懐かしい、だって私も相当古いんだもの。
山菜中心の「春ごはんセット」を頂きました。そこは普段はレストランでなく焼物をしていて
藤まつりの五日間だけ営業しているそうです。
「ハァ~?」と思わず言っちゃいました。ここはどこまでもの~んびりと時間がたつようです。
来年の予定をきいても「来年のことはわかりません」ですって!
だのにどこで情報を得たのか後へ後へと車が来ます。
車が着くたびにこのあたりを包む空気とは異質のものが存在するような気持ちになるほど
タイムスリップした風景なのです。
山の木々の緑は若葉と濃い緑が織りなすグラデーションが乾いた心に水をくれます。
お山の霊気を含んだこの空気は淀んだ心の澱を取り去ってくれるようです。
時々はこんなところで胸の空気を入れ替えるのはいいものです。
そうそう、ランチは 野菜だけの献立ですがそこで焼いたこれまた素朴な食器の形と色会いが相まって料理を引き立ててくれます。
そして山の景色と空気もまたごちそうなのです。
2014年4月21日月曜日
同窓会
昨日同窓会に出席しました。
地元ではなく大阪の方たちがお世話してくださいました。
慣れない都会へ行くのは苦手です。
乗せていってくれる友がいます。まさに玄関から会場まで、こんなありがたいことはありません。
同じ校舎で学んだ同窓生は何年の隔たりがあっても一瞬でつながりあうことができます。
67歳での同窓会、中学卒業以来初めて会う方もいますが、どの顔もそのころの面影残っています
やんちゃだった子も、どこにいるかわからないくらいおとなしかった子もみんなが67歳です。
そして今はみんなその齢にふさわしい風貌です。
若いころの輝きとはまた違った深みと味わいのある輝きをしているのです。
ぼつぼつ体力も体調も万全ではなくなってきていますが、この日ばかりは全員中学生に戻って
時間の経つのを忘れおしゃべりに全力投球!!
一泊してゆっくりするように企画してくださっていたのですが私たちは日帰りです。
だけど、今もまだまだ余韻が冷めません。
70歳になったとき次回があります。目標ができたのでおちおち老化に身を任せてはおれません。
明るく、健康でみんなに再会できるよう少しは運動もします。
地元ではなく大阪の方たちがお世話してくださいました。
慣れない都会へ行くのは苦手です。
乗せていってくれる友がいます。まさに玄関から会場まで、こんなありがたいことはありません。
同じ校舎で学んだ同窓生は何年の隔たりがあっても一瞬でつながりあうことができます。
67歳での同窓会、中学卒業以来初めて会う方もいますが、どの顔もそのころの面影残っています
やんちゃだった子も、どこにいるかわからないくらいおとなしかった子もみんなが67歳です。
そして今はみんなその齢にふさわしい風貌です。
若いころの輝きとはまた違った深みと味わいのある輝きをしているのです。
ぼつぼつ体力も体調も万全ではなくなってきていますが、この日ばかりは全員中学生に戻って
時間の経つのを忘れおしゃべりに全力投球!!
一泊してゆっくりするように企画してくださっていたのですが私たちは日帰りです。
だけど、今もまだまだ余韻が冷めません。
70歳になったとき次回があります。目標ができたのでおちおち老化に身を任せてはおれません。
明るく、健康でみんなに再会できるよう少しは運動もします。
2014年4月16日水曜日
2014年4月11日金曜日
一年生
孫が小学校に入学した。
初めて一人で登校した昨日はみんなでお見送り、体の割にはランドセルと制服が大きい。
それでも元気に「行ってらっしゃい」の声に送られて出発。
親も子もちょっぴり心もたげな表情。
時々振り返っては「まだ見てくれてるのかな」と確認してるようだ。
こうして、親と子は小さな試練を乗り越えながら巣立ちの準備が始まって行くのでしょう。
誰もが歩んできた道なのにちょっぴり寂しくも有りまた、成長していく姿にうれしくも有りの
虹色の一日でした。
帰ってきた孫の様子をパパからきくと「新しい世界が拡がったようやで」の言葉にほっと一安心。
子供たちの新しいことを受け止めていく勇気と順応性にかんぱ~いです。
これからの学校生活が楽しくありますようにと願わずにいられませんでした。
初めて一人で登校した昨日はみんなでお見送り、体の割にはランドセルと制服が大きい。
それでも元気に「行ってらっしゃい」の声に送られて出発。
親も子もちょっぴり心もたげな表情。
時々振り返っては「まだ見てくれてるのかな」と確認してるようだ。
こうして、親と子は小さな試練を乗り越えながら巣立ちの準備が始まって行くのでしょう。
誰もが歩んできた道なのにちょっぴり寂しくも有りまた、成長していく姿にうれしくも有りの
虹色の一日でした。
帰ってきた孫の様子をパパからきくと「新しい世界が拡がったようやで」の言葉にほっと一安心。
子供たちの新しいことを受け止めていく勇気と順応性にかんぱ~いです。
これからの学校生活が楽しくありますようにと願わずにいられませんでした。
2014年4月6日日曜日
香雪美術館
神戸市にある香雪(こうせつ)美術館に連れってってもらいました。
新聞で紹介されていた日本画家森田りえ子さんの個展です。
ずっと楽しみにしていました。
高速道路の景色は行く春を惜しむかのように山々の桜は葉桜へと姿を変えつつあります。
そんな桜を眺めながらも紙面で紹介されていた桜の下の舞妓さんのことを思い浮かべます。
香雪美術館は朝日新聞社の創設者村山龍平と言う人の別荘で香雪はその雅号だそうです。
こんなワクワク感は初めてです。
いかにも別荘というにふさわしく広い杜にかこまれた閑静ななたたずまい、門から入口に続く
庭には今日の展覧会のテーマ「花らんまん展」にふさわしく枝垂れ桜、紅白に咲き分けた桃、
赤や絞り、うす紅の椿が 私たちを迎えてくれました。
会場に足を踏み入れた途端金泥の背景に五色の椿、目にも艶やかな緑の葉が茂り太く苔むした幹はどっしりとその無数の花と葉を支えてたくましく見る者に迫ってきます。
六曲一双の屏風絵の大作 です。
あまりの華やかさと迫力に暫くはその場を離れることができませんでした。
白日という作品は白と黄色の管菊 、その名を負うがごとく細い細い管のような花弁が集まった菊です。花の芯から噴水のように花弁が湧きあがっているように見えるのです。
一輪一輪同じ色でも少しづつ色が違います。花の芯の色、花弁の形がわずかに違ったり 重なり方や盛り上がり方が少し違ったりと少ない色数にかかわらずどれ一つとっても同じ表情の花がありません。
桜、菊、菖蒲、楓、紫木蓮、芙蓉、鶏頭どの花も生き生きとまた生命力あふれる色遣いとタッチで見る者に静かにやさしく語りかけます。
花は見る者が居ても居なくても季節がめぐれば一生懸命咲きます。
生きる力を花たちに改めて教わった気がしました。
新聞で紹介されていた日本画家森田りえ子さんの個展です。
ずっと楽しみにしていました。
高速道路の景色は行く春を惜しむかのように山々の桜は葉桜へと姿を変えつつあります。
そんな桜を眺めながらも紙面で紹介されていた桜の下の舞妓さんのことを思い浮かべます。
香雪美術館は朝日新聞社の創設者村山龍平と言う人の別荘で香雪はその雅号だそうです。
こんなワクワク感は初めてです。
いかにも別荘というにふさわしく広い杜にかこまれた閑静ななたたずまい、門から入口に続く
庭には今日の展覧会のテーマ「花らんまん展」にふさわしく枝垂れ桜、紅白に咲き分けた桃、
赤や絞り、うす紅の椿が 私たちを迎えてくれました。
会場に足を踏み入れた途端金泥の背景に五色の椿、目にも艶やかな緑の葉が茂り太く苔むした幹はどっしりとその無数の花と葉を支えてたくましく見る者に迫ってきます。
六曲一双の屏風絵の大作 です。
あまりの華やかさと迫力に暫くはその場を離れることができませんでした。
白日という作品は白と黄色の管菊 、その名を負うがごとく細い細い管のような花弁が集まった菊です。花の芯から噴水のように花弁が湧きあがっているように見えるのです。
一輪一輪同じ色でも少しづつ色が違います。花の芯の色、花弁の形がわずかに違ったり 重なり方や盛り上がり方が少し違ったりと少ない色数にかかわらずどれ一つとっても同じ表情の花がありません。
桜、菊、菖蒲、楓、紫木蓮、芙蓉、鶏頭どの花も生き生きとまた生命力あふれる色遣いとタッチで見る者に静かにやさしく語りかけます。
花は見る者が居ても居なくても季節がめぐれば一生懸命咲きます。
生きる力を花たちに改めて教わった気がしました。
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