今日、こんな晴れの日が来るとは思ってなかった。
朝から太陽が!
先日からしている草取りの残りの作業も気になるが、もっと気になるのは浄化槽の台所の水が流れて行くマスの掃除だ。
1ヶ月に一度と言われていて最初はきちんとしていたがいつもの私の習性で2ヶ月毎になり3ヶ月に一度になり今では「前にしたのはいつだったのかしら?」である。
だけど何時かしなくちゃが心に居座っていて思いがけないこの晴れ間になにを置いても「今日しよう!!」とやる気が出た。
だけど蓋を開けるのが恐い。どんなことになっているのやら。
話が変わるけど(ぬかみそ)を混ぜずに何日も放っておくと蓋取るのが恐いよね。
あの心境です。台所から流れるフライパンの油分など分解されないのがここに貯まっているのだ。
勇気と体力を使ってきれいにしたので今日は晴れやかな気分。
次から真面目にしようと誓ってはいますが・・・
夜になって雨が激しく降っている。ホントにしておいてよかった。
2019年8月30日金曜日
風立ちぬ
私は今堀辰雄の「風立ちぬ」を読んでいる。
それには理由がある
句会で「愛」についての句に「愛読書もう三回目堀辰雄」を提出した。
その後それを読んでくれた柳友が「堀辰雄、風立ちぬの感想は?」って聞かれたのでびっくり。突然感想は?って言われてもすぐには答えられない。
私は「美しい村」が好きで何度か読んだ。
文庫本では「風立ちぬ」と「美しい村」は一緒に載っている。
読んでいてもかなり前の事なので感想は言えなかった。
次回の句会には言えるようになっておきたいので。
今は青空文庫で読んでいます。
「風立ちぬ、いざ生きめやも」
「風立ちぬ」の中の有名な一節。
だが私にはもう一つピンとこない。生きめやもってなんだ?
主人公の「節子と私」、「私」は著者自身をモデルにしているという。
本を読む時、後書きや解説の文も読書の醍醐味であるが青空文庫ではそれがない。
失くしてしまったその一冊を今ごろ惜しいと思っている。
それには理由がある
句会で「愛」についての句に「愛読書もう三回目堀辰雄」を提出した。
その後それを読んでくれた柳友が「堀辰雄、風立ちぬの感想は?」って聞かれたのでびっくり。突然感想は?って言われてもすぐには答えられない。
私は「美しい村」が好きで何度か読んだ。
文庫本では「風立ちぬ」と「美しい村」は一緒に載っている。
読んでいてもかなり前の事なので感想は言えなかった。
次回の句会には言えるようになっておきたいので。
今は青空文庫で読んでいます。
「風立ちぬ、いざ生きめやも」
「風立ちぬ」の中の有名な一節。
だが私にはもう一つピンとこない。生きめやもってなんだ?
主人公の「節子と私」、「私」は著者自身をモデルにしているという。
本を読む時、後書きや解説の文も読書の醍醐味であるが青空文庫ではそれがない。
失くしてしまったその一冊を今ごろ惜しいと思っている。
2019年8月24日土曜日
御坊市 花火大会
今夜は御坊市恒例の花火大会です。
いつもは一人花火大会ですが、今夜は誘ってもらって堤防近くのところで皆が集まるというのでそこへ行くつもりです。
食べたり飲んだりするものは自分で用意するようにとのことなので簡単なお弁当と飲み物を持参します。
お天気は多分大丈夫でしょう。
この花火大会がすめば日高路は秋を迎える。
日の暮れが早くなり、晴れた日は空の雲にも秋らしさが、蝉の声が聞けなくなり代わりにリ~~ン、リ~~ンと鳴いている。
お弁当を買いに行く途中は何だかいつもより華やかな感じだしお客も大勢です。浴衣姿の女性がすてきでした。
夜空を彩る花火、華やかだけど刹那の光に観客は見とれるのです。
いつもは一人花火大会ですが、今夜は誘ってもらって堤防近くのところで皆が集まるというのでそこへ行くつもりです。
食べたり飲んだりするものは自分で用意するようにとのことなので簡単なお弁当と飲み物を持参します。
お天気は多分大丈夫でしょう。
この花火大会がすめば日高路は秋を迎える。
日の暮れが早くなり、晴れた日は空の雲にも秋らしさが、蝉の声が聞けなくなり代わりにリ~~ン、リ~~ンと鳴いている。
お弁当を買いに行く途中は何だかいつもより華やかな感じだしお客も大勢です。浴衣姿の女性がすてきでした。
夜空を彩る花火、華やかだけど刹那の光に観客は見とれるのです。
2019年8月22日木曜日
今日のサロン
今日はサロンの日、会員の皆様は時間より早くから来ていました。
私たちも次からはもっと早く来ようとおもう。
いつもは歌を歌ったりおしゃべりしたりだが今日は高校野球の決勝戦。
みんな興味あるようなので、本日のサロンはテレビで優勝戦観賞会です。
また、ある人は先日のテレビでの歌番組の感想を言いながらもうすでに興奮状態でその様子を「良かった、素晴らしい、上手だった」と教えてくれる。
こうしてサロンを楽しみにして下さることが何よりうれしいのです。
先日窓から差し込む光が暑いというのでカフェカーテンを取り付けたりエアコンの掃除をしたり薄汚れた洗い桶などを新調したりして気持ちよくなった。
みんなが楽しみにして下さるサロンを模索中です。
私たちも次からはもっと早く来ようとおもう。
いつもは歌を歌ったりおしゃべりしたりだが今日は高校野球の決勝戦。
みんな興味あるようなので、本日のサロンはテレビで優勝戦観賞会です。
また、ある人は先日のテレビでの歌番組の感想を言いながらもうすでに興奮状態でその様子を「良かった、素晴らしい、上手だった」と教えてくれる。
こうしてサロンを楽しみにして下さることが何よりうれしいのです。
先日窓から差し込む光が暑いというのでカフェカーテンを取り付けたりエアコンの掃除をしたり薄汚れた洗い桶などを新調したりして気持ちよくなった。
みんなが楽しみにして下さるサロンを模索中です。
避難タワー
近くに避難タワー建設中です。
先ず地中に巨大な穴が掘られ、連日何やら工事をしていた。
多分基礎部分をこしらえているのだろう。
今度は地上部分を作るらしい。もっとも現場の様子はしっかりとした囲いで中の様子はなにも見えない。
今日、ふと見ると少し秋らしくなってきた青空を突き刺すようなクレーンの先端が見える。
一筋離れたこちらの道路から確認できる。そして頑丈な鉄骨の枠組みも見え始めた。
いよいよ避難タワーが出来るのを実感できる。
すぐ近くに避難タワーが出来ればとみんなが願ってやっと着工出来たのだ。
莫大な費用をかけて地震でなくす命を0に出来るようにと建設される避難タワーです。
心丈夫です。ここまでは私の家からでも5分もあれば来れそうです。
だけど、姿を現した巨大な鉄骨を見ながら、この施設が使われることのない日をつい祈ってしまうのです。
先ず地中に巨大な穴が掘られ、連日何やら工事をしていた。
多分基礎部分をこしらえているのだろう。
今度は地上部分を作るらしい。もっとも現場の様子はしっかりとした囲いで中の様子はなにも見えない。
今日、ふと見ると少し秋らしくなってきた青空を突き刺すようなクレーンの先端が見える。
一筋離れたこちらの道路から確認できる。そして頑丈な鉄骨の枠組みも見え始めた。
いよいよ避難タワーが出来るのを実感できる。
すぐ近くに避難タワーが出来ればとみんなが願ってやっと着工出来たのだ。
莫大な費用をかけて地震でなくす命を0に出来るようにと建設される避難タワーです。
心丈夫です。ここまでは私の家からでも5分もあれば来れそうです。
だけど、姿を現した巨大な鉄骨を見ながら、この施設が使われることのない日をつい祈ってしまうのです。
2019年8月20日火曜日
鎌田 十六さん
鎌田 十六(とむ)さん、現在106歳の女性である。
高齢と言うだけでも驚くが車いすではあるがさらに受け答えはしっかりしていて、若い日の記憶力は驚くばかりである。
大正2年1月16日生れお名前の〈とむ〉は16に因んだもの。
太平洋戦争でB29による東京への空爆で3月10日未明、彼女と夫、背中に生後6ヶ月の娘で隅田川の方へ避難するも、夫と背中の長女を失う。水の中に落ちた彼女は夫とはぐれ,
生きていると思って「この子を診てやってください」と救助隊にいうと背中の娘をみて「亡くなっています」といわれた。
数日後、夫は川下で遺体で見つかる。
涙は一滴も出なかったが廃材で荼毘にふし遺骨を新聞紙に包み夫の郷里の母に届けると「貴女だけでも助かってよかった」と言われた時初めて涙が出たんです。
上野で小さなおにぎりを食べようとしたら「ください!」と当時は浮浪児とよばれる大勢の孤児たちが手を出した。
そんなことから東京養育院に就職する。そこは100人を超える戦争孤児たちを養育する施設とは言うものの「なにもないんです。お風呂はドラム缶で粗末な囲いがあるだけでみんなを洗ってあげるんです」
不足している物は食料や物資だけでなく親の愛情迄も失った子供たち。
ある日、一人の子に「おかあさんと言っていいよというとみんながわたしのこと、おかあさんと呼ぶようになったんです」とほほえむ。30代から70歳で退職するまで実に500人以上の子供たちを育てる。
彼女が担当するクラスはなぜか落ち着いていたと当時の後輩が語る。
亡き娘に「面倒みてやって」と言われたから続けられたと語る。
かつての教え子が訪ねてきた。65歳の男性で5歳から15歳までそこで育ったという、「今の自分があるのは先生のお陰」と話す。
私よりも年下であることに驚く。
私は戦後生まれで当時の暮らしがどうだったのか知らないが
両親のもとで育ち今がある。
立場が振り替わっていても不思議でない。
とむさんの偉業を初めて知る。日本の復興の陰で彼女たちのような献身的な人が大勢支えてくれたのだろう。
壮絶な戦争体験をテレビで知った。
既に戦後の記憶は薄れゆく傾向があるが語り継ぐべき事柄であろう。
高齢と言うだけでも驚くが車いすではあるがさらに受け答えはしっかりしていて、若い日の記憶力は驚くばかりである。
大正2年1月16日生れお名前の〈とむ〉は16に因んだもの。
太平洋戦争でB29による東京への空爆で3月10日未明、彼女と夫、背中に生後6ヶ月の娘で隅田川の方へ避難するも、夫と背中の長女を失う。水の中に落ちた彼女は夫とはぐれ,
生きていると思って「この子を診てやってください」と救助隊にいうと背中の娘をみて「亡くなっています」といわれた。
数日後、夫は川下で遺体で見つかる。
涙は一滴も出なかったが廃材で荼毘にふし遺骨を新聞紙に包み夫の郷里の母に届けると「貴女だけでも助かってよかった」と言われた時初めて涙が出たんです。
上野で小さなおにぎりを食べようとしたら「ください!」と当時は浮浪児とよばれる大勢の孤児たちが手を出した。
そんなことから東京養育院に就職する。そこは100人を超える戦争孤児たちを養育する施設とは言うものの「なにもないんです。お風呂はドラム缶で粗末な囲いがあるだけでみんなを洗ってあげるんです」
不足している物は食料や物資だけでなく親の愛情迄も失った子供たち。
ある日、一人の子に「おかあさんと言っていいよというとみんながわたしのこと、おかあさんと呼ぶようになったんです」とほほえむ。30代から70歳で退職するまで実に500人以上の子供たちを育てる。
彼女が担当するクラスはなぜか落ち着いていたと当時の後輩が語る。
亡き娘に「面倒みてやって」と言われたから続けられたと語る。
かつての教え子が訪ねてきた。65歳の男性で5歳から15歳までそこで育ったという、「今の自分があるのは先生のお陰」と話す。
私よりも年下であることに驚く。
私は戦後生まれで当時の暮らしがどうだったのか知らないが
両親のもとで育ち今がある。
立場が振り替わっていても不思議でない。
とむさんの偉業を初めて知る。日本の復興の陰で彼女たちのような献身的な人が大勢支えてくれたのだろう。
壮絶な戦争体験をテレビで知った。
既に戦後の記憶は薄れゆく傾向があるが語り継ぐべき事柄であろう。
2019年8月16日金曜日
百歳体操
6月から市老連で講習会が行われてきた百歳体操、9月からは各単位会で開催することになりました。
その事を会員に案内するため会員宅にちらしを配る。
反応はまちまちですが、台風明けの暑さにみんな閉口しているようで「きっと行く」と言う人は少なかった。
配ってる私も汗だくだし台風の間、部屋で座ってテレビを見るかパソコンするか縫物するかで動かなかったせいか立ち上がりが悪いし歩くのも上手く歩けない。
夕べ小学校の体育館に避難した人によるとエアコンが無いのでいてられなんだのでエアコンのある勤青ホールへ移ったそうだ。
そう言えば公民館の大ホール、市役所5階の大ホールもエアコンの調子が良くない。
避難する時期にもよるが夏も冬もエアコン欲しいね。
でも停電だったらとてもじゃないが・・・
なんて思いながら何事も起こらない日のありがたさを感じてます。
その事を会員に案内するため会員宅にちらしを配る。
反応はまちまちですが、台風明けの暑さにみんな閉口しているようで「きっと行く」と言う人は少なかった。
配ってる私も汗だくだし台風の間、部屋で座ってテレビを見るかパソコンするか縫物するかで動かなかったせいか立ち上がりが悪いし歩くのも上手く歩けない。
夕べ小学校の体育館に避難した人によるとエアコンが無いのでいてられなんだのでエアコンのある勤青ホールへ移ったそうだ。
そう言えば公民館の大ホール、市役所5階の大ホールもエアコンの調子が良くない。
避難する時期にもよるが夏も冬もエアコン欲しいね。
でも停電だったらとてもじゃないが・・・
なんて思いながら何事も起こらない日のありがたさを感じてます。
| 穏やかな日常でもこんなふうだと困ります |
避難準備
深夜に電話が鳴る!
日高川が危険水位に達し避難勧告が出ていると知らせてくれた。
また隣人がピンポーンと避難するのだったら一緒にと言ってくれる。ありがたいが避難する気にはならない。
その気にならないのは恥ずかしい話だがさあ、持って行くものはとなるとすぐには間に合いそうにない、なにより切羽詰まった感が乏しい。
避難袋は用意していても今避難するとなると間に合うものが揃っているのかそう言えばいつか詰めた内容は軍手だのビニールシートだの肌着に薬、ペットボトルの水、カイロに乾パン、などなど。今必要なのはすぐ食べられる食品、飲み物それに現金が必需品となるように思う。
パソコンで調べると御坊市はレベル3となっている。
まぁええか。と自分を納得させる。
今度はちゃんと用意しておこう。
それにしても日高川河川敷の多目的広場また駄目になってしまうんだろうなぁ。
賽の河原やで・・・
日高川が危険水位に達し避難勧告が出ていると知らせてくれた。
また隣人がピンポーンと避難するのだったら一緒にと言ってくれる。ありがたいが避難する気にはならない。
その気にならないのは恥ずかしい話だがさあ、持って行くものはとなるとすぐには間に合いそうにない、なにより切羽詰まった感が乏しい。
避難袋は用意していても今避難するとなると間に合うものが揃っているのかそう言えばいつか詰めた内容は軍手だのビニールシートだの肌着に薬、ペットボトルの水、カイロに乾パン、などなど。今必要なのはすぐ食べられる食品、飲み物それに現金が必需品となるように思う。
パソコンで調べると御坊市はレベル3となっている。
まぁええか。と自分を納得させる。
今度はちゃんと用意しておこう。
それにしても日高川河川敷の多目的広場また駄目になってしまうんだろうなぁ。
賽の河原やで・・・
2019年8月15日木曜日
1週間のご無沙汰
1週間のご無沙汰です。
暑くて暑くて・・・やる気が下がったままです。
どうしようもないくらいのあつさ
そして思うようにはかどらない家事。
お盆の用意もしなければ、またまた草が伸びてきた、針仕事もできてない。何より川柳が一句も出来てないのだ。
宵の口にちょっとだけとうたた寝のつもりが気がつくと深夜、ふしだらな生活に自己嫌悪に陥りながらも時間はあるのに思うように進まないのはすべて暑さのせいにしてます。
お盆も過ぎようとしてる今日は台風、雨が強い、風も激しく吹いている。
どこかで何か壊れたような音がする。
そっと覗くと植木鉢や自転車が横倒しになっているが、まだそのままにしておく。
朝から一人と一匹です。膝にのせて耳やあるや無しやのしっぽをつまんだり、ひっくり返しておなかにノミがないかしらべたり、猫もええ迷惑かも。
針仕事にとりかかってます。
雨は相変わらずかなり強く降っている。
暑さが和らいで今、エアコン切りました。
気持ちが何だかまったりしている。
暑さも暑さだけど日照り続きで私の心も水分欲しがってたのかもね。
台風の被害が出ませんようにと願いながらも時々は雨で大地と私の心もしっとりさせて欲しいものです。
暑くて暑くて・・・やる気が下がったままです。
どうしようもないくらいのあつさ
そして思うようにはかどらない家事。
お盆の用意もしなければ、またまた草が伸びてきた、針仕事もできてない。何より川柳が一句も出来てないのだ。
宵の口にちょっとだけとうたた寝のつもりが気がつくと深夜、ふしだらな生活に自己嫌悪に陥りながらも時間はあるのに思うように進まないのはすべて暑さのせいにしてます。
お盆も過ぎようとしてる今日は台風、雨が強い、風も激しく吹いている。
どこかで何か壊れたような音がする。
そっと覗くと植木鉢や自転車が横倒しになっているが、まだそのままにしておく。
朝から一人と一匹です。膝にのせて耳やあるや無しやのしっぽをつまんだり、ひっくり返しておなかにノミがないかしらべたり、猫もええ迷惑かも。
針仕事にとりかかってます。
雨は相変わらずかなり強く降っている。
暑さが和らいで今、エアコン切りました。
気持ちが何だかまったりしている。
暑さも暑さだけど日照り続きで私の心も水分欲しがってたのかもね。
台風の被害が出ませんようにと願いながらも時々は雨で大地と私の心もしっとりさせて欲しいものです。
2019年8月9日金曜日
あき?
2019年8月7日水曜日
8月
今年もひろしま原爆の日の祈念式典が行われました。
今朝は少ししか見てなかったので今ネットの動画で見ています。
ひろしま市長や子供たちや安倍首相の平和への決意を聞きながら平和のありがたさが改めてひしと感じてます。
核廃絶と恒久平和を願う私たちの思いが全世界に広がってほしいのですが何となくぎくしゃくとしているのが気になります。
長崎の原爆投下の日、敗戦の日、お盆も控え8月は今は亡き人々の思い出などをしのぶ機会が多い月である。
自分の誕生月でもあるのでことさら思う事が多くなる。
敗戦後74年間戦争の無い時代に生まれ育ったことに感謝し、今の平和が多くの人々の犠牲の上に成り立っていることを忘れてはいけないと思うのです。
今朝は少ししか見てなかったので今ネットの動画で見ています。
ひろしま市長や子供たちや安倍首相の平和への決意を聞きながら平和のありがたさが改めてひしと感じてます。
核廃絶と恒久平和を願う私たちの思いが全世界に広がってほしいのですが何となくぎくしゃくとしているのが気になります。
長崎の原爆投下の日、敗戦の日、お盆も控え8月は今は亡き人々の思い出などをしのぶ機会が多い月である。
自分の誕生月でもあるのでことさら思う事が多くなる。
敗戦後74年間戦争の無い時代に生まれ育ったことに感謝し、今の平和が多くの人々の犠牲の上に成り立っていることを忘れてはいけないと思うのです。
2019年8月3日土曜日
目眩
朝起きる時軽いめまいがする。
この感じ何年振りだろう。
だから、用心のため目覚めると四つん這いでトイレにむかう。
その後は何も感じないので数日放っておいた。
原因は多分不摂生な生活、夜更かし、ダラダラ、そのため忙しい。
わかっているがついつい、
お盆も来るので念のため内科医で点滴を受けた。
それが効いたのか何となく体が軽く感じる。
そんな折同級生の訃報を聞く。
病名が分ってから何ヶ月しかなかったとか。
元気な姿しか目に浮かばないあの方…と思うと心が沈む。
この歳になればいつ何が起きても不思議でない。
一日一日を大切に生きねばと強く思う。
ご冥福を祈るばかりです
この感じ何年振りだろう。
だから、用心のため目覚めると四つん這いでトイレにむかう。
その後は何も感じないので数日放っておいた。
原因は多分不摂生な生活、夜更かし、ダラダラ、そのため忙しい。
わかっているがついつい、
お盆も来るので念のため内科医で点滴を受けた。
それが効いたのか何となく体が軽く感じる。
そんな折同級生の訃報を聞く。
病名が分ってから何ヶ月しかなかったとか。
元気な姿しか目に浮かばないあの方…と思うと心が沈む。
この歳になればいつ何が起きても不思議でない。
一日一日を大切に生きねばと強く思う。
ご冥福を祈るばかりです
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