老人会で体力検査があります。
私の会でも参加者を募ります。
私、これ嫌い。参加はしません。
年々体力は落ちていくのは仕方がないことで自分が一番知っている。
それを今更と言う気持ち。現実を数値でつき付けられてもなす術もないのではと思っています。
鍛え直そうとおもって重い体に叱咤激励しても返ってくるのは疲れと痛みのみ続いた試しがない。
私には自分に見合ったやり方で元気でいられたらいいのだ。
以前、この体力検査受けたことがある。
前屈、障害、片足立ち、6分間で何メートル歩けるかなどの項目だった。
各自が自分の体力を認識する良い機会だと参加したが、そこは最早、競技場のような感じ、高齢者特有かどうかは分からないけど他人に負けたくないと思うのかとても頑張る姿が印象的だった。
そして趣旨が違うと思った。
もしかして私も既に同年代の人よりも体力がないのを知っているから、負け戦には赴きたくない心理が強く働いているのかもしれない。
2019年1月26日土曜日
新垣 勉 講演会
今年度最後の教養講座、講師はテノール歌手の新垣 勉氏。
朝から予報通り時々みぞれ混じりの雨が降り余計に寒く感じる。
その雨の止み間に自転車をこぐ。
今年度の講座の中で是非聴いてみたかった講師の一人である。
やがて舞台に案内された新垣 勉氏が登場する。
「皆さん、こんにちは」と挨拶もそこそこに用意されたグランドピアノの前に座り「帰れ ソレントへ」を会場いっぱいに響き渡る伸びやかな声で歌いだす。
ピアノは習っていないのでと言いながらも見えない目でこれだけのことをと感心するばかり。
演題には「ひとつのいのち ささえることば」とひらがなばかりでかいてある。
その一言が励まし、慰め、力になったり、またその反対に心ない言葉で相手を死に追いやったりもするのが言葉。
といのちを支える食べ物と同じように言葉が人を育てる力を持っていると説く。
父を憎み殺したい程の憎しみを口にした時、寄宿舎の先生がそれを聞き涙を流した。それほどまでに自分の為に泣いてくれる「言葉を越えた言葉」によって自分の人生が変わったと言う。
又ある時、自分を捨てた父を憎んだがこの歌声は父からのプレゼントなのだと言われ許す気持ちが芽生える。
今では父と母がいなければ僕はここに存在しなかったと語る。
その語り口はどこまでも優しく時々ジョークを交えながらLifeという言葉に意味があると言うのだ。
LifeのLはlove(愛)Iはinterest(関心)Fはforgive(許す)Eはencouraged(励ます)である。
なかなか実行するのは難しいことだがこの人が言うと何だか説得力が違う。
立て板に水という講演ではなかったが歌声も聞けたしCDも買ったしでなんだか清々しさの残る講演会でした。
朝から予報通り時々みぞれ混じりの雨が降り余計に寒く感じる。
その雨の止み間に自転車をこぐ。
今年度の講座の中で是非聴いてみたかった講師の一人である。
やがて舞台に案内された新垣 勉氏が登場する。
「皆さん、こんにちは」と挨拶もそこそこに用意されたグランドピアノの前に座り「帰れ ソレントへ」を会場いっぱいに響き渡る伸びやかな声で歌いだす。
ピアノは習っていないのでと言いながらも見えない目でこれだけのことをと感心するばかり。
演題には「ひとつのいのち ささえることば」とひらがなばかりでかいてある。
その一言が励まし、慰め、力になったり、またその反対に心ない言葉で相手を死に追いやったりもするのが言葉。
といのちを支える食べ物と同じように言葉が人を育てる力を持っていると説く。
父を憎み殺したい程の憎しみを口にした時、寄宿舎の先生がそれを聞き涙を流した。それほどまでに自分の為に泣いてくれる「言葉を越えた言葉」によって自分の人生が変わったと言う。
又ある時、自分を捨てた父を憎んだがこの歌声は父からのプレゼントなのだと言われ許す気持ちが芽生える。
今では父と母がいなければ僕はここに存在しなかったと語る。
その語り口はどこまでも優しく時々ジョークを交えながらLifeという言葉に意味があると言うのだ。
LifeのLはlove(愛)Iはinterest(関心)Fはforgive(許す)Eはencouraged(励ます)である。
なかなか実行するのは難しいことだがこの人が言うと何だか説得力が違う。
立て板に水という講演ではなかったが歌声も聞けたしCDも買ったしでなんだか清々しさの残る講演会でした。
あびき
「あびき」初めて聞く言葉である。
説明に広辞苑による、と断りがあり(漁村語)満ち潮の途上に干き潮の生じること、暴風雨の兆しという。単に大浪のことをもいう。とある。
例の<日高野>に掲載されている文章のタイトルが「あびき」である。
昭和 21年12月21日未明の激しい地震に見舞われた。
これが南海地震といわれるものであろう。
作者は由良町網代の漁港付近に住まわれていたと思われる。
その時の様子が細やかに表現されている。
皆が「がいな地震やど おかん わい 海見てくらよ」と家を飛び出した健吉という人が見た光景は網や煮干の干し場、それに草の広っぱ、カフェなどの付近は半分泥(ぬ)半分砂状になっていた。海岸には人々が群がりガヤついていたその時一瞬紀伊水道が白く光ったとある。漁師たちは度肝を抜かれて「津波やどぉ 津波がくるどぉ」暁闇の中で村全体がどよめき立って駈け出した。
山に向かって逃げる、闇の中は異様なざわめきに包まれ・・・
津波は人の背丈ほどになりやがて引きはじめた。メリメリ、バチバチ、パリパリ…と家が壊れる音「助けてー」「助けてー」という悲鳴が生き地獄のようであった。又二回目の津波は一回目より10センチほど高く、健吉は何度目かの津波が引いた時家の見回りに山を降りる。流木やがらくたがうず高く重なっていた、表通りへ。おばあさんが亡くなっていたので家の中に入れておいてあげたけど。先に逃げたはずの弟の姿が見えずさがすと別のところで無事であった。又山へとって返す。
津波は陸(おか)で十数回寄せては引きを繰り返しが昼近くまで続いたとある。油の線が襖や壁に目の高さから順に何本もその回数を刻銘に記している。
先のおばあさんがまた押し流されて流れてきた畳の下敷きになっていたという。十一人の遺体をにわか作りの戸板でお寺に運ぶ。
その日から被災者は着の身着のまま大きな余震におびえながら焚き火をして片付けに明け暮れた。
港は三つある湾口の防波堤の一つが真っ二つに沖に向かって折れていた
港の水をかっさらって海底が干上がってしまったのではないかと思われる程の引きであった。
この文を一気に読み、今まで講演できいた防災のどんな話より身に沁みてその情景と恐ろしさが伝わってきた。
この古い本の中に閉じ込めておくにはもったいないほどの文章であると感じた。
説明に広辞苑による、と断りがあり(漁村語)満ち潮の途上に干き潮の生じること、暴風雨の兆しという。単に大浪のことをもいう。とある。
例の<日高野>に掲載されている文章のタイトルが「あびき」である。
昭和 21年12月21日未明の激しい地震に見舞われた。
これが南海地震といわれるものであろう。
作者は由良町網代の漁港付近に住まわれていたと思われる。
その時の様子が細やかに表現されている。
皆が「がいな地震やど おかん わい 海見てくらよ」と家を飛び出した健吉という人が見た光景は網や煮干の干し場、それに草の広っぱ、カフェなどの付近は半分泥(ぬ)半分砂状になっていた。海岸には人々が群がりガヤついていたその時一瞬紀伊水道が白く光ったとある。漁師たちは度肝を抜かれて「津波やどぉ 津波がくるどぉ」暁闇の中で村全体がどよめき立って駈け出した。
山に向かって逃げる、闇の中は異様なざわめきに包まれ・・・
津波は人の背丈ほどになりやがて引きはじめた。メリメリ、バチバチ、パリパリ…と家が壊れる音「助けてー」「助けてー」という悲鳴が生き地獄のようであった。又二回目の津波は一回目より10センチほど高く、健吉は何度目かの津波が引いた時家の見回りに山を降りる。流木やがらくたがうず高く重なっていた、表通りへ。おばあさんが亡くなっていたので家の中に入れておいてあげたけど。先に逃げたはずの弟の姿が見えずさがすと別のところで無事であった。又山へとって返す。
津波は陸(おか)で十数回寄せては引きを繰り返しが昼近くまで続いたとある。油の線が襖や壁に目の高さから順に何本もその回数を刻銘に記している。
先のおばあさんがまた押し流されて流れてきた畳の下敷きになっていたという。十一人の遺体をにわか作りの戸板でお寺に運ぶ。
その日から被災者は着の身着のまま大きな余震におびえながら焚き火をして片付けに明け暮れた。
港は三つある湾口の防波堤の一つが真っ二つに沖に向かって折れていた
港の水をかっさらって海底が干上がってしまったのではないかと思われる程の引きであった。
この文を一気に読み、今まで講演できいた防災のどんな話より身に沁みてその情景と恐ろしさが伝わってきた。
この古い本の中に閉じ込めておくにはもったいないほどの文章であると感じた。
2019年1月21日月曜日
同窓会反省会
先に開催された同窓会の昼食会を兼ね反省会と収支報告の為役員が集まった。
同窓会が参加した人たちに好評で楽しんで頂けたことを共に喜び合った 。
また三年後の開催に向けて元気でいましょうと誰言うとなく話は健康の事へ向かう。
案内はがきを作ってくれた人、急遽写真を取ってくれた人、それを編集してくれた人、司会、受付、会計、企画、紙芝居の折の古代衣装で雰囲気を盛り上げてくれた人、などなどこうして改めて見直すとみんなの協力があればこその同窓会である。
同じメンバー構成で続けているので勝手が分って何事も阿吽の呼吸でスムーズに進むのがありがたい。
つくづく同級生ならではの繋がりの輪にいられることに感謝です。
食事の後、それぞれの話で盛り上がってもう一度同窓会をしている気分の役員会でした。
同窓会が参加した人たちに好評で楽しんで頂けたことを共に喜び合った 。
また三年後の開催に向けて元気でいましょうと誰言うとなく話は健康の事へ向かう。
案内はがきを作ってくれた人、急遽写真を取ってくれた人、それを編集してくれた人、司会、受付、会計、企画、紙芝居の折の古代衣装で雰囲気を盛り上げてくれた人、などなどこうして改めて見直すとみんなの協力があればこその同窓会である。
同じメンバー構成で続けているので勝手が分って何事も阿吽の呼吸でスムーズに進むのがありがたい。
つくづく同級生ならではの繋がりの輪にいられることに感謝です。
食事の後、それぞれの話で盛り上がってもう一度同窓会をしている気分の役員会でした。
2019年1月19日土曜日
あの日から
あの日から24年の歳月が流れた。そう、阪神淡路大震災。
年月の去りゆくスピードに驚かされる。
その半面記憶は止まったまま、あの日が鮮明に思い出される。
直接被害はなかった私でさえ、あの早朝の瞬間飛び起きた事、二階の倉庫の商品が棚から落ちていた事、刻々と被害状況が伝わり、あちこちで火災が発生するも消火活動ができない事や日毎に増え続ける新たな死者の数と倒壊した高速道路、そのままの形で横倒しになったビルが道路をふさいでいる様子などの記憶は消えることがない。
被災地の人々がどれほど不安と苦しみそして不自由な生活を強いられたか多分私はその何分の一も分かっていない。
昨年の台風で停電になっただけでも「色の無い時間 」に自分が何をすべきかを見失いそうだった。
テレビはもちろん日暮れては本も新聞も読めない、台所仕事も出来ないとできない事尽くしで生活に色が無くなった。
被災地のことと比べるととるに足らない出来事なのに・・・
その後も各地で震災、洪水、雪害など自然災害のなんと多いこと。
しかし、そんな状況下でも復興に向けて立ち直ろうとする力に励まされることが多い。
今年こそ災害の無い年でありますように。
年月の去りゆくスピードに驚かされる。
その半面記憶は止まったまま、あの日が鮮明に思い出される。
直接被害はなかった私でさえ、あの早朝の瞬間飛び起きた事、二階の倉庫の商品が棚から落ちていた事、刻々と被害状況が伝わり、あちこちで火災が発生するも消火活動ができない事や日毎に増え続ける新たな死者の数と倒壊した高速道路、そのままの形で横倒しになったビルが道路をふさいでいる様子などの記憶は消えることがない。
被災地の人々がどれほど不安と苦しみそして不自由な生活を強いられたか多分私はその何分の一も分かっていない。
昨年の台風で停電になっただけでも「色の無い時間 」に自分が何をすべきかを見失いそうだった。
テレビはもちろん日暮れては本も新聞も読めない、台所仕事も出来ないとできない事尽くしで生活に色が無くなった。
被災地のことと比べるととるに足らない出来事なのに・・・
その後も各地で震災、洪水、雪害など自然災害のなんと多いこと。
しかし、そんな状況下でも復興に向けて立ち直ろうとする力に励まされることが多い。
今年こそ災害の無い年でありますように。
2019年1月17日木曜日
市議会選挙
市議会選挙、中盤戦たけなわ。
落選するのは二人、ゆったり構えていられる人を除けば、後はどの人も団子状態だと言う。
落ちそうな人、今回ややこしいと言う人、色々世間の下馬評が聞こえてくる。
自分の事じゃないから私も興味津津で聞き耳を立てる。
御坊市を思って本当に親身になって考えてくれる人に当選してもらいたいものです。
朝からスピーカーが名前を連呼する。
「選挙カーで名前を叫んで一票を投じてくれる人が居るんやろか」と素直な質問に「効果がなくても、じっとしてられないんやろ」と答えたが、その気持ちもよくわかる。
私の家の前をあまり通らない候補者より、何度も通ってその人の名前を聞くと何となく記憶に残る。その効果を狙っているのだろうか。
候補者のみなさん後半戦頑張って下さい。
落選するのは二人、ゆったり構えていられる人を除けば、後はどの人も団子状態だと言う。
落ちそうな人、今回ややこしいと言う人、色々世間の下馬評が聞こえてくる。
自分の事じゃないから私も興味津津で聞き耳を立てる。
御坊市を思って本当に親身になって考えてくれる人に当選してもらいたいものです。
朝からスピーカーが名前を連呼する。
「選挙カーで名前を叫んで一票を投じてくれる人が居るんやろか」と素直な質問に「効果がなくても、じっとしてられないんやろ」と答えたが、その気持ちもよくわかる。
私の家の前をあまり通らない候補者より、何度も通ってその人の名前を聞くと何となく記憶に残る。その効果を狙っているのだろうか。
候補者のみなさん後半戦頑張って下さい。
2019年1月16日水曜日
文化協会新年会
御坊市文化協会の新年会に出席した。
会場には約100人の来場者、私たちは日高番傘川柳の会としての出席です。
主催者の挨拶に続き文化賞受賞のお祝いなどすみ日高川踊りが披露されたりで和やかななか会食が始まる。
食事をしながら隣り合ったグループは写真クラブの方々だそうだ。同級生や知った顔の方々も多く参加されている。
そして懇談が続き福引があると言う。
今年の干支の猪の置物が20名にそして猪柄のタオルが50名に当たるそうだ。次々に引き当てた人がにこにこ顔で賞品を手にする。
私たちのテーブルはすでにというか、まだというか4人が当たっている。
その内私たちの二人がタオルをGetして、いよいよ最後の札が何と私。
最後に当たった人は何か一言という約束で嬉しいやら恥ずかしいやら、 仕方ないので「シンガリで頂きました。今年も皆様各分野でますます活躍されますよう、<エイエイ・オ~>しましょうかとみんなを巻き込んでエイエイ・オーとこぶしを振り上げました。とっさのことでどうしてエイエイ・オーなのか自分で今も分かりません。
楽しい新年会でした。
会場には約100人の来場者、私たちは日高番傘川柳の会としての出席です。
主催者の挨拶に続き文化賞受賞のお祝いなどすみ日高川踊りが披露されたりで和やかななか会食が始まる。
食事をしながら隣り合ったグループは写真クラブの方々だそうだ。同級生や知った顔の方々も多く参加されている。
そして懇談が続き福引があると言う。
今年の干支の猪の置物が20名にそして猪柄のタオルが50名に当たるそうだ。次々に引き当てた人がにこにこ顔で賞品を手にする。
私たちのテーブルはすでにというか、まだというか4人が当たっている。
その内私たちの二人がタオルをGetして、いよいよ最後の札が何と私。
最後に当たった人は何か一言という約束で嬉しいやら恥ずかしいやら、 仕方ないので「シンガリで頂きました。今年も皆様各分野でますます活躍されますよう、<エイエイ・オ~>しましょうかとみんなを巻き込んでエイエイ・オーとこぶしを振り上げました。とっさのことでどうしてエイエイ・オーなのか自分で今も分かりません。
楽しい新年会でした。
2019年1月13日日曜日
特技
誰もがきっと特技を持っていると言う事を改めて認識した。
私の身近なところでもそんな特技の持ち主がそこここに居る。
自分ができない事を難なくこなす人ってすごいねって感心する。
中でも車の運転できる人と文字の上手な人、数字に強い人は特に尊敬に値する。
それに手早く家事を片付けてシレ~ッとしてる人。
どれも私には逆立ちしても出来ない事。
今更羨ましいなんて思ってみても詮なきこと・・・
ならば私には私の・・・思い浮かびませんがこの気にしないとこが私の特技かもしれません。良く言えば立ち直りの早さ。
明日という日があればこそが座右の銘なんです。
そうそう特技の話、主婦としては完璧みたいな方の特技を見た。 いつも家の中は片付け完璧、これだけの完璧さなら趣味に時間を費やす暇はなかろうと思っていたのが大間違い。
紀州手毬、折り紙のフクロウ、などを戴く。総て彼女の手作りだそうだ。
沢山の作品を見せてもらった。まさに特技のオンパレード。
私も「ボーっと生きてんじゃねえよ」です。
私の身近なところでもそんな特技の持ち主がそこここに居る。
自分ができない事を難なくこなす人ってすごいねって感心する。
中でも車の運転できる人と文字の上手な人、数字に強い人は特に尊敬に値する。
それに手早く家事を片付けてシレ~ッとしてる人。
どれも私には逆立ちしても出来ない事。
今更羨ましいなんて思ってみても詮なきこと・・・
ならば私には私の・・・思い浮かびませんがこの気にしないとこが私の特技かもしれません。良く言えば立ち直りの早さ。
明日という日があればこそが座右の銘なんです。
そうそう特技の話、主婦としては完璧みたいな方の特技を見た。 いつも家の中は片付け完璧、これだけの完璧さなら趣味に時間を費やす暇はなかろうと思っていたのが大間違い。
紀州手毬、折り紙のフクロウ、などを戴く。総て彼女の手作りだそうだ。
沢山の作品を見せてもらった。まさに特技のオンパレード。
私も「ボーっと生きてんじゃねえよ」です。
| 沢山の作品の中から頂きました |
さいころ
「チコちゃんに叱られる」という番組、5歳のチコちゃんが大の大人に向かって「ボーっと生きてんじゃねえよ!」というセリフで人気の番組である。
サイコロの目で1だけ赤いのはなぜ?という質問に大人の出演者たちはオタオタする。そんなこと考えたことない、だの梅干しだのという答えに「ボーっと…!」
そこで番組は調査に乗り出した。まずはサイコロの製造が日本一の和歌山県御坊市というから私は「えつ御坊市?」私こそボーっと生きてるじゃないか。
かの有名なプラスチック製造いや今や他業種にも広げている企業。
そこでインタビューに答えるがいつ頃誰が?という事はわからないと言う。
その答えはさておき、サイコロの製造が日本一というのは考えてみれば不思議でも何でもない。私の記憶ではマージャン牌の製造が日本一なのよね。そして自動で牌を並べるジャン卓を考案製造してるのもこの会社だと聞いている。
こんな身近なところにも日本一がゴロゴロしてるなんてね。
私の事じゃないけど心がうきうき、鼻高々の気分でした。
サイコロの目で1だけ赤いのはなぜ?という質問に大人の出演者たちはオタオタする。そんなこと考えたことない、だの梅干しだのという答えに「ボーっと…!」
そこで番組は調査に乗り出した。まずはサイコロの製造が日本一の和歌山県御坊市というから私は「えつ御坊市?」私こそボーっと生きてるじゃないか。
かの有名なプラスチック製造いや今や他業種にも広げている企業。
そこでインタビューに答えるがいつ頃誰が?という事はわからないと言う。
その答えはさておき、サイコロの製造が日本一というのは考えてみれば不思議でも何でもない。私の記憶ではマージャン牌の製造が日本一なのよね。そして自動で牌を並べるジャン卓を考案製造してるのもこの会社だと聞いている。
こんな身近なところにも日本一がゴロゴロしてるなんてね。
私の事じゃないけど心がうきうき、鼻高々の気分でした。
2019年1月12日土曜日
鏡開き
1月11日は鏡開きの日です。
お正月に神様にお供えしていた鏡餅を今日下げて戴く日なのです。
勿論わが家では鏡餅というほど立派なものはなくて神様には申し訳がないのですが、鏡開きの日は「ぜんざい」に繋がるのです。
大義名分のおぜんざい、朝から作っておもちを焼けばいいようにしてます。
夕食後はみんなでいただきます。
そういえば、子供の頃は硬くなった鏡餅には底の部分にカビが生えてたけどそこだけ取って火鉢の火で焼きました。
今思い出したんだけど、「神様のお下がりだから刃物をいれたらあかん」といって割って小さくした記憶がある。
もったいない精神がすみずみまで行きわたっていた頃のお話です。
多分切りたくても切れない程硬くなったのは最早何かに押し当てて割るしか方法がなかったのでしょう。
ひび割れた鏡もちのなつかしい思い出です。
お正月に神様にお供えしていた鏡餅を今日下げて戴く日なのです。
勿論わが家では鏡餅というほど立派なものはなくて神様には申し訳がないのですが、鏡開きの日は「ぜんざい」に繋がるのです。
大義名分のおぜんざい、朝から作っておもちを焼けばいいようにしてます。
夕食後はみんなでいただきます。
そういえば、子供の頃は硬くなった鏡餅には底の部分にカビが生えてたけどそこだけ取って火鉢の火で焼きました。
今思い出したんだけど、「神様のお下がりだから刃物をいれたらあかん」といって割って小さくした記憶がある。
もったいない精神がすみずみまで行きわたっていた頃のお話です。
多分切りたくても切れない程硬くなったのは最早何かに押し当てて割るしか方法がなかったのでしょう。
ひび割れた鏡もちのなつかしい思い出です。
| 庭に咲いた椿 |
2019年1月10日木曜日
あすなろサロンへ行った
第一地区で運営するあすなろサロンへ行ってみた。
飛び入りで参加する事になった。
受付で100円払って自由席、勝手のわからないまますわっていた。顔見知りの方々ばかりである。
会長の年の初めの挨拶があり、この地区で市議選に立候補した人の新年の挨拶があった。
今期は選挙がないと思っていたのに急遽二人が新たに立候補の表明をしたものだから俄かに色めき立ってきた。
各候補者も戦々恐々であろう。
選挙のあることは良いことだと思う。けど、汲々過ぎる感がある。
それはさて置き、あすなろサロンはしばらく雑談したり笑ったり、そして今日は今年初めてのサロンなのでお神酒・ぜんざい・いちごなどが振る舞われた。
お世話してくれる人が前夜から炊いて下さったと言う。
本来なら私もスタッフ側にいなけれならないがお客様になっている。
頂いたあとみんなで新年にふさわしい歌を何曲か歌う。
小学唱歌ながら改めて歌詞を見るとみんな文語体で小学生が理解できそうもない難しい言葉だと又話題になった。
老人クラブの会員ばかりだが楽しくおしゃべりし今年の抱負を発表しあって和やかであった。
今年もよろしくお願いします。
飛び入りで参加する事になった。
受付で100円払って自由席、勝手のわからないまますわっていた。顔見知りの方々ばかりである。
会長の年の初めの挨拶があり、この地区で市議選に立候補した人の新年の挨拶があった。
今期は選挙がないと思っていたのに急遽二人が新たに立候補の表明をしたものだから俄かに色めき立ってきた。
各候補者も戦々恐々であろう。
選挙のあることは良いことだと思う。けど、汲々過ぎる感がある。
それはさて置き、あすなろサロンはしばらく雑談したり笑ったり、そして今日は今年初めてのサロンなのでお神酒・ぜんざい・いちごなどが振る舞われた。
お世話してくれる人が前夜から炊いて下さったと言う。
本来なら私もスタッフ側にいなけれならないがお客様になっている。
頂いたあとみんなで新年にふさわしい歌を何曲か歌う。
小学唱歌ながら改めて歌詞を見るとみんな文語体で小学生が理解できそうもない難しい言葉だと又話題になった。
老人クラブの会員ばかりだが楽しくおしゃべりし今年の抱負を発表しあって和やかであった。
今年もよろしくお願いします。
手仕事
針を持つのが結構好きだ。
そして、上手くいくとなおさらうれしい。
お正月のすいた時間の半分をこんな手仕事をして過ごした。
前述のスカートとズボンのサイズ直し。
自分でいうのも何だが、思った以上にうまくいった。
すっかり気をよくして早速はいている。
私は調子に乗りやすい、なのでまた意欲が湧き別のを引っぱりだして励んでいる。
いつもの普通の日常にかえると、まとまった時間が取れなくなり捗らないがすっかりはまっている。
学校を卒業して進学はおろか就職に踏み出す勇気もなかった私に洋裁を勧めてくれた母に今ごろ感謝している。
洋裁学校時代はおしゃべりばかりで他の生徒のように他人様の生地をまかせてもらう事はなかった落ちこぼれ生徒であった。
しかし、不思議なもので必要に迫られると工夫という思いが芽生える。
今、私流のサイズ直しを当時の先生が見るときっと「そんなことして・・・」とあきれ果てた顔が浮かぶ。
自分のものだから少しくらい不格好でも一向に気にしない。
捨てようか、捨てるにはもったいないけどはけないといったものが蘇るのは新しく買った喜びとはまた違った満足感というかお得感に浸れる。
心の奥から「ウシシ~」と妙な歓喜の声が聞こえてくる。
そして、上手くいくとなおさらうれしい。
お正月のすいた時間の半分をこんな手仕事をして過ごした。
前述のスカートとズボンのサイズ直し。
自分でいうのも何だが、思った以上にうまくいった。
すっかり気をよくして早速はいている。
私は調子に乗りやすい、なのでまた意欲が湧き別のを引っぱりだして励んでいる。
いつもの普通の日常にかえると、まとまった時間が取れなくなり捗らないがすっかりはまっている。
学校を卒業して進学はおろか就職に踏み出す勇気もなかった私に洋裁を勧めてくれた母に今ごろ感謝している。
洋裁学校時代はおしゃべりばかりで他の生徒のように他人様の生地をまかせてもらう事はなかった落ちこぼれ生徒であった。
しかし、不思議なもので必要に迫られると工夫という思いが芽生える。
今、私流のサイズ直しを当時の先生が見るときっと「そんなことして・・・」とあきれ果てた顔が浮かぶ。
自分のものだから少しくらい不格好でも一向に気にしない。
捨てようか、捨てるにはもったいないけどはけないといったものが蘇るのは新しく買った喜びとはまた違った満足感というかお得感に浸れる。
心の奥から「ウシシ~」と妙な歓喜の声が聞こえてくる。
2019年1月9日水曜日
夜の闇
例の日高野をパラパラとページを繰る。
古びた装丁は今にも綴じ目がバラバラになりそうで絆創膏で補強の意味がわかった。
このままでは読む事さえできないのでガチャ玉の大きいので挿む。
夜の闇という作品に目が留まる。
「もう50年も前のことになるが・・・」という書き出し。
作者の子供の頃の夜は本当に暗くて怖かった、
自分を包みこんでいるこの暗闇の向こうにはいったい何が潜んでいるのであろうか、闇の中でじっとこちらを見ているものは・・・と夜の暗さの恐怖を書いている。
暗ければ暗いだけ月夜を待ちかねる。と続く。
そしてその月に名前がつけられる。望月、十六夜月などなど、いつの頃からか私たちは夜を失ってしまったと明るすぎる夜を嘆く。
ひたすら目に見えるものを追い求め、目に見えないものを見ようとする力を失って、私たちの心はどこへ漂うて行くのであろうか。と結んでいる。
この頃からこんなふうに捉えられていたのであろうか。
夜通し営業の コンビニなどには夜がない。
眠ることのない社会に生きる私たちはどれだけの便利さと豊かさを手に入れ、何を失ったのだろうか。
明るすぎる夜に当たり前に生きている私たちはその得たもので本当に幸せを手に入れたのだろうかとふと考えさせられた文章である
古びた装丁は今にも綴じ目がバラバラになりそうで絆創膏で補強の意味がわかった。
このままでは読む事さえできないのでガチャ玉の大きいので挿む。
夜の闇という作品に目が留まる。
「もう50年も前のことになるが・・・」という書き出し。
作者の子供の頃の夜は本当に暗くて怖かった、
自分を包みこんでいるこの暗闇の向こうにはいったい何が潜んでいるのであろうか、闇の中でじっとこちらを見ているものは・・・と夜の暗さの恐怖を書いている。
暗ければ暗いだけ月夜を待ちかねる。と続く。
そしてその月に名前がつけられる。望月、十六夜月などなど、いつの頃からか私たちは夜を失ってしまったと明るすぎる夜を嘆く。
ひたすら目に見えるものを追い求め、目に見えないものを見ようとする力を失って、私たちの心はどこへ漂うて行くのであろうか。と結んでいる。
この頃からこんなふうに捉えられていたのであろうか。
夜通し営業の コンビニなどには夜がない。
眠ることのない社会に生きる私たちはどれだけの便利さと豊かさを手に入れ、何を失ったのだろうか。
明るすぎる夜に当たり前に生きている私たちはその得たもので本当に幸せを手に入れたのだろうかとふと考えさせられた文章である
2019年1月7日月曜日
日高野
日高野という本を貸してくれた。
何やら汚らしい絆創膏で綴じ目を修理してある。
粗末な表紙は色褪せまるで古文書のような傷みようだ。
私が貸してと頼んだのではないが半ば押しつけるようにして「読んでごらん」と言うのでこの汚らしさに嫌々貸してもらった。
「日高ペンの会」昭和61年とある。日高地方又はゆかりのある方々が書きためた随筆集であろう。
面白いからといった文は「回文」という題である。
たけやぶやけた しんぶんし みがかぬかがみ など上から読んでも下から読んでも同じ言葉についてであった。
作者は山本好一さん 故人であるが近くの方であった。
「からころもきつつなれにしつましあればはるばる来ぬるたびをしぞおもふ」 回文ではないが5・7・5・7・7の頭の文字を読めば(かきつばた)になる。これを折句(おりく)という個所を読み、高校時代の古文の授業を思い出した。
業平の伊勢物語東下りの中の歌である。
この国語の先生の文もこの冊子に載っている。
目次を見ると知った方々が目につく急に興味が湧く。
本文のページは表紙よりはずっと新しい。
追い追いに読んでみるつもりです。
何やら汚らしい絆創膏で綴じ目を修理してある。
粗末な表紙は色褪せまるで古文書のような傷みようだ。
私が貸してと頼んだのではないが半ば押しつけるようにして「読んでごらん」と言うのでこの汚らしさに嫌々貸してもらった。
「日高ペンの会」昭和61年とある。日高地方又はゆかりのある方々が書きためた随筆集であろう。
面白いからといった文は「回文」という題である。
たけやぶやけた しんぶんし みがかぬかがみ など上から読んでも下から読んでも同じ言葉についてであった。
作者は山本好一さん 故人であるが近くの方であった。
「からころもきつつなれにしつましあればはるばる来ぬるたびをしぞおもふ」 回文ではないが5・7・5・7・7の頭の文字を読めば(かきつばた)になる。これを折句(おりく)という個所を読み、高校時代の古文の授業を思い出した。
業平の伊勢物語東下りの中の歌である。
この国語の先生の文もこの冊子に載っている。
目次を見ると知った方々が目につく急に興味が湧く。
本文のページは表紙よりはずっと新しい。
追い追いに読んでみるつもりです。
興国寺
日曜日に興国寺に連れってもらいました。
急なお誘いに嬉しくなり「行く! 行く!」ってなりました。興国寺は創建1227年だそうです。
792年も前に立てられたなんて想像できない。
1601年に再建されたとある。
立派な力強い佇まいの山門をくぐると本堂が迎えてくれる。
本尊は釈迦如来。
興国寺といえば尺八と天狗がすぐに思い浮かべるが、それだけではない。
金山寺味噌や醤油もここから誕生したそうだ。
天狗堂には真っ白な髪とひげで赤いお顔の巨大な天狗様がにらみをきかせている。お線香をたき無病息災を祈る。
売店の方が名物 力もちを進めてくれたので買う。
まだ食べていないがあんこをはさんでいるとか言ってた。
帰りは白崎海岸を回って道端に咲くたくさんの水仙の花を楽しんだ。
昨年秋の台風被害のせいで白崎の道の駅は閉鎖されていた。
ここにも台風被害の跡が残っていた。
今日の興国寺行にはもう一つの意味がある。
腰を痛めた友人の運転が由良まで大丈夫かの意味があるのだ。
運転は以前と同じ滑らかでどこも痛そうではない。
明日、この運転によって痛みや疲れが出なかったら自信に繋がるはずです。日々よくなっていくのは嬉しいことです。
急なお誘いに嬉しくなり「行く! 行く!」ってなりました。興国寺は創建1227年だそうです。
792年も前に立てられたなんて想像できない。
1601年に再建されたとある。
立派な力強い佇まいの山門をくぐると本堂が迎えてくれる。
本尊は釈迦如来。
興国寺といえば尺八と天狗がすぐに思い浮かべるが、それだけではない。
金山寺味噌や醤油もここから誕生したそうだ。
天狗堂には真っ白な髪とひげで赤いお顔の巨大な天狗様がにらみをきかせている。お線香をたき無病息災を祈る。
売店の方が名物 力もちを進めてくれたので買う。
まだ食べていないがあんこをはさんでいるとか言ってた。
帰りは白崎海岸を回って道端に咲くたくさんの水仙の花を楽しんだ。
昨年秋の台風被害のせいで白崎の道の駅は閉鎖されていた。
ここにも台風被害の跡が残っていた。
今日の興国寺行にはもう一つの意味がある。
腰を痛めた友人の運転が由良まで大丈夫かの意味があるのだ。
運転は以前と同じ滑らかでどこも痛そうではない。
明日、この運転によって痛みや疲れが出なかったら自信に繋がるはずです。日々よくなっていくのは嬉しいことです。
2019年1月5日土曜日
普通の生活
三ガ日も過ぎ普通の生活が戻りつつあります。
もう少しすると学校も始まる。
普通の生活ってやはりいいですね。規則正しい生活ってことは。
正月の怠け心はすぐ身につく。朝寝坊、ますますの夜更かし不規則な食生活、軌道修正しなくては。したところで正しい生活というにはほど遠いが・・・
ただ、少しだけ自分を褒めたいのはウエストを大きくしたスカートとズボン。
身に合わなくなり切羽詰まってやっと動き出す。いつものことです。
しかし理由はともあれスカートとズボンが蘇った。褒めちゃいます。
ほんとは新しい布から製作したいのですけどね。
あ、後一日だけまって、だって明日は日曜日だよ。
朝寝坊しちゃおう。
もう少しすると学校も始まる。
普通の生活ってやはりいいですね。規則正しい生活ってことは。
正月の怠け心はすぐ身につく。朝寝坊、ますますの夜更かし不規則な食生活、軌道修正しなくては。したところで正しい生活というにはほど遠いが・・・
ただ、少しだけ自分を褒めたいのはウエストを大きくしたスカートとズボン。
身に合わなくなり切羽詰まってやっと動き出す。いつものことです。
しかし理由はともあれスカートとズボンが蘇った。褒めちゃいます。
ほんとは新しい布から製作したいのですけどね。
あ、後一日だけまって、だって明日は日曜日だよ。
朝寝坊しちゃおう。
2019年1月2日水曜日
初詣
初詣行って来ました。
日頃は閑散としているお宮ですが、本日は大賑わいです。
本殿にお参りするのも行列です。次は私の番と思っていたが今お参りしてる人は何をお祈りしているのかものすごく長いこと手を合わせて頭を垂れている。
これが正しいお参りの仕方かどうか知らないけど「早よせえよ」と言いたくなるくらい不謹慎なことつい思ってしまった(レジの行列とは違いますよね)
私はと言うといつもの通り「今年もよろしく」といった塩梅です。
お参りをすませ御神籤を買いました。なんと、「大吉」と出ました。老眼なので文字が見えないので家に帰ってみます。
なになに?願い事はのぞみのまま、相場は買え 今が最上ってあるけど元手がないじゃん。出産 やすし 安心せよなんだってそれに縁談も多くて困ることありとは!!
これが50年も前に出ていたら良かったのにね。
もしかしたら幸先よい報せならうれしいね。大事にとっておこう。
日頃は閑散としているお宮ですが、本日は大賑わいです。
本殿にお参りするのも行列です。次は私の番と思っていたが今お参りしてる人は何をお祈りしているのかものすごく長いこと手を合わせて頭を垂れている。
これが正しいお参りの仕方かどうか知らないけど「早よせえよ」と言いたくなるくらい不謹慎なことつい思ってしまった(レジの行列とは違いますよね)
私はと言うといつもの通り「今年もよろしく」といった塩梅です。
お参りをすませ御神籤を買いました。なんと、「大吉」と出ました。老眼なので文字が見えないので家に帰ってみます。
なになに?願い事はのぞみのまま、相場は買え 今が最上ってあるけど元手がないじゃん。出産 やすし 安心せよなんだってそれに縁談も多くて困ることありとは!!
これが50年も前に出ていたら良かったのにね。
もしかしたら幸先よい報せならうれしいね。大事にとっておこう。
登録:
投稿 (Atom)