2017年8月31日木曜日

早起きは3文の得

「ブラザーズ5 スペシャルコンサート」チケット販売日です。
朝早くからいかないと良い席取れないというのです。
市民文化会館ですし近いので誘って下さった柳友たちと行く事に。
朝の5時に目覚ましで起き6時に間に合うように行きました。小さな椅子も持参です。
販売は9時からなので3時間も待たねばなりません。
すでに何人か並んでいます。一人きりではないのでもしトイレに行きたくなっても交代してもらえる安心感があります
仲間が居るので話もできます。
後へ後へとお客が来ます。
このコンサートは杉田二郎・堀内孝雄・ばんばひろふみ・高山厳・因幡晃の5人のユニットです。
何度も時計を見たりしているうちにやっと開館の職員がドアをあけてくれました。
 小さい方のホールに沢山の椅子が並べられ、入り口で整理券が配られました。私は18番なので18の椅子に座ります。
一番早く来た人はなんと!前日の夜10時から並んだそうです。
ここまできたらやっと一安心です。
後はどの席を買うかです。
1人5枚までという制限があります。私達も5枚づつ購入の予定です。
チケットはここだけで販売しているのではないのでそちらに配分してる席は買う事が出来ません。
ようやく販売が始まりました。大抵の人は複数枚づつ買うので18番目と言えどもすでに埋まっている席が・・・
でも買えました。早起きしたおかげです。
最後の人はまだ何時間も待つ事になるでしょう。
 結局早起きは3文の得だったようです。
その後私はモーニングに誘って頂きご馳走になりました。


2017年8月28日月曜日

真夜中のショッピング

何か面白い番組やってないかな?
丑三つ時です。昔なら草木も眠ると言われる時刻。
こんな時刻に目が覚めちゃってついテレビのリモコンを手にしました。
なにやら大きな声で言ってます。
この器具を使えばどんなに手早く野菜の下ごしらえができるかと実況販売のコマーシャルです。
何やら四角い箱をあっちからこっちからと野菜を切ってます。あっという間ににんじんやきゅうり、玉ねぎがサラダサイズに刻まれて箱の中にたまっていきます。ホントにあっという間。
さらに畳みかけてきます。いまから30分以内だと5000円もお安く、更に更にこのくっつかないフライパンもおまけしちゃいます。だって!!
この器具はせん切り、みじん切り、うす切りなどお手のものなんですって!
私この頃たまねぎのみじん切りが苦手です。切ってるうちに腰が曲がってきて玉ねぎと目の距離が近くなって涙が辛いのです。
これを買えばそんな苦労もなくなるはず。私に語りかける、いますぐお電話をって。
それが中々繋がらない。
やっと出たオペレーターは後一時間以内にこちらからおかけ直しします。お値段はサービス価格で、という。私眠らないで待ってたら半時間後にかかってやっと注文受け付けがすみました。夜中のショッピングはよくはやるとは聞いてたけどすごいですね。
何はともあれ数日以内にきます。下ごしらえはもうこっちのものです!!

2017年8月27日日曜日

健康セミナー5回目

全6回の健康セミナー23日に5回目が開催されました。
今回は白浜町の聖福寺の住職 関守 研悟氏でした。
この方のお話は素晴らしいという前評判で楽しみにしてましたが、私は初めてです。
演題は「豊かな心で生きる」とあったので、勿論仏教にまつわるお話だと思っていましたが、どうも様子が違います。
会場に、薄い水色の絽の着物と羽織の男性が色々な機材を設置しています。
私たちは受付係ですが、今日の来場数はこの暑さにもかかわらず100名を越えています。
やがて時間が来てこの男性こそが今日の講師の関守 研悟氏だったのです。
自己紹介から始まりました。
受け付けは時間が来ても来場の方が見えるのでお話を聴き逃す部分もありましたが、ギターを弾きながら四季それぞれの光景を思い出しながら誰もが知っている馴染みの叙情歌や唱歌を歌って下さいます。聴衆もいつしか一緒に口ずさんでいました。

今ある私たちの存在が奇跡である事を話されます。
「年毎に咲くや吉野の山桜木を割りてみよ花の在りかを」
という和歌をもって解説されました。
桜の花が咲く前はこの枝に花が隠れているのだろうかと木を割ってみてもそれらしいものは見つからない。という意味だそうです。
自然が創りだす不思議というか奇跡は私達にも通じるので今在ることが奇跡つまり命を大切にということでしょうか

声のトーン、話すスピード、歌にまつわる話題などどれもが聞き手を安らかにします。
音楽法話というのでしょうか。何十年振りかで聴く歌も記憶の巻き戻しによって歌詞を思い出しみんな一緒についていってます。
 お説法めいた話より心に安らぎを与えてくれる歌で日頃の疲れをとってくれるような時間でした。
 ギターとピアノで私達に安らぎの心を与えて下さった講演会でした。

御坊市花火大会

夕べの花火よかったね!
ポンポンと鳴りだして時間が来た事を知り、話で盛り上がっていた友人との会話を切り上げて道に出て見物しました。御坊の花火がすめば日高路にも秋が来ます。
今日の夜風はとても気持ちよく、昼間の酷暑を忘れさせてくれます。
今年ならではの色と形の違った花火も夜空を飾ります。
ちょうど良い具合に吹く風が煙を押しのけて次の花火に夜空のキャンバスを譲ってくれ一層鮮やかな色合いになっています。

例年は一人で見る事が多いのですが、友達と一緒はやはり楽しみも膨らみます。又一人声をかけてくれた人をよく見ればこれもまた同級生。こうして三人の花火大会が連続して打ち上げられる花火を更ににぎわいを添えてくれました。
写真は私のカメラでは無理ですが心に残ります。

先日頂いた変わった種類の紫陽花、盛りが過ぎても散りません。花の形がふと今夜の花火を連想させてくれました

2017年8月23日水曜日

選者になった

いつの間にか日が経っていました。
気になる事があるとこの欄の事もおろそかになってしまいます。
川柳の句会が迫っているのになかなか出来なくって気が気ではありません。
しかも今月の課題は私が出した「試す」という言葉です。
他に宿題として、舌、サンプル、帰る、が各3句づつ、他に自由題のが5句あります。
宿題や、当日席題として出される言葉に即興で作る句はそれぞれの選者が選んで発表の運びとなります。無記名で練習用の短冊用紙に書きます。

この時は本当に勉強になります。みんなが同じ言葉について、作るのですが実に色々な切り口での句が発表されます。無記名なので読みあげて初めて「私の句です」と名乗ります。
悩みに悩んだ言葉も「なるほどこんな表現があったのか」と読み上げるたび笑いが起こったり、ホォーと感心したりします。

私が受け持った課題はその場で選をするのではなく、持ち帰って選をして原稿用紙に書き写し、感想というか解説というかを書き添えて後日編集をする日に持っていくのです。これにはあらかじめ作者の名前が添えられています。

編集というのは選者が選んだ句を大きく訂正したりするのではなく毎月発行の同人誌「仁王門」に 掲載したり、地方紙に掲載されるのに原稿用紙に書き写して整理をしたりするのです。
私も課題を受け持っているので、その日に行きますが、その日までに選をしなくてはなりません。
みんなの「試す」についての全作品を見せてもらうのはとても楽しいのですが選ぶとなると話は別です。未熟な私が選ぶというのはあまりに荷が重いのです。
あさってがその日です。
 今日やっとその作業があらまし出来ました。
それに、今日は老人会の健康セミナーがあってその事も書きたいのですが日を改めます。

2017年8月17日木曜日

決断

――父の考えに従おう――
高見の結論はそこへ落ち着く。
決定は人間が選ぶのだ。
ギリシャ旅行に参加した事、旅の途中でクレタ島よりも赤い夕日が美しいサントリニを選んだのも自身の決定によるものだ。

しかし桜の頃には彼にはやはり不吉な夢か現かわからない不気味な兆候が現れる。
まるで不二草がみた兆候と同じような・・・
若い女性が電話ボックスで電話をしている。机の引き出しから尖ったナイフを取り出す・・・という様なまるで不二草の精神が生きているような。
ふとテレビに目をやるとジャイアンツが負けたプロ野球の結果を報じている。そして愉快になる。
妻の房子が明るく話しかける。
「どうしたの?いつも真っ暗のまま、食べない?またタイ焼きを買ってきたの。尻尾まであんこが入っているのよ」
陽気な声だ。
――もう何も悩むまい――
父がすでに決断を下した事だから。人間が選ぶ事だから
高見にも父にもアルクメールと呼ぶべき妻がいるのだ。
房子は涼やかな笑顔を返した。

この作品の書き出しと完結部分に不二草の見た不気味な兆候が数ページにわたって続く。

ギリシャ神話を軸に、自分の出生の秘密を探りながらも神の領域の遺伝子や生物学的な要素よりも人間の決断によりゆるぎない親子関係が構築されるという私にとってかなり難解な作品でした。
そのため本書の紹介も作品の本質から少し方向違いな個所もあるかも知れないことをお許しいただきたいと思います。
しかし、読後いつまでも心に重く残るかと思っていたのが妻の房子の明るい存在が中和剤となってかなりハッピーな気持ちで読み終えました。
長々とお付き合いありがとうございました。


朱い旅(疑念)

高見の自らの出生について自分の本当の父は高見政一か不二草薫かの疑惑がますます深まる。年表からの推測ではどちらの可能性もある。
ある時高見政一が大学の修士論文に「アンフィトリオン」の戯曲について書いたのを見る機会に恵まれた。

アンフィトリオンの妻が身ごもって産んだヘラクレスの父はアンフィトリオンの子か、はたまた横恋慕してアンフィトリオンに姿を変えて戦争に行って留守の間に寝所に忍び込んだジュピテル神の子かの問答がある。
妻のアルクメールはジュピテルが自分の子だといっても頑として受け付けない。
この子は夫アンフィトリオンとの子だ。とどちらの可能性がどれほど大きい物であっても決定はアルクメールに委ねられる。
しかし、この考えはアルクメールの考えであると同時に父政一自身の判断でもあるのではないか。
自分の主張を代弁してくれるテーマであったのではと考える。
あいまいな事実、答えの知りようのない事実、知ってみても甲斐のない事実があるなら事実は自分が決定しようではないか。そんな意味合いの文章が論文の中に綴られている。
父も母も仲睦ましい仲にもその胸中に「この子の父は不二草薫かもしれない」という疑念があったに違いない。
ずっと続いていた煩悶を遂にその決定を「俺たち二人でする」と決意する。

2017年8月14日月曜日

目にはさやかに

「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」
古文で習った好きな和歌の一首です。
8月7日は立秋でしたが燃えるような暑さの中ではとても秋の気配は感じられませんでした。
夜になっても熱気に包まれて息苦しいほどで暑さが最高潮だったのかもしれません。
昨日の朝、そして今朝は朝の空気が違ってましたね。
そして雲が積乱雲から小さな雲に変わりました。
橋の上には赤とんぼが飛び交っていました。
田んぼの稲も豊かな波を作っています。
少しは目にも秋がやってきたようです。昼間の暑さは相変わらずだけど夕暮れも日に日に早くなってきています。

子どもの頃の長い夏休みもお盆が過ぎるとあっという間に終わり毎年宿題の追い込みが待っていた記憶があります。
何はともあれ猛暑の夏も何とか乗り切れそうです。
そして「朱い旅」自分で書いていながら、もひとつ面白さが伝えられてないなぁと実感してますが、やりかけたので最後まで書きます。
お付き合いください。

2017年8月12日土曜日

恋人つなぎ

あの人もこの人にも不倫の疑惑が報じられてワイドショーは話題に事欠きません。
知らないうちに写真を撮られたりして芸能人や有名人は大変ですね。
そして注目されるのはその手のつなぎ方ね。
お互いの指を組み合わせるようにつなぐのが(恋人つなぎ)ですって!
映画を見た後足元がふらついたので瞬間的につないだなんて釈明されてた人もいた。私も〈どうでもいい〉と思いつつもよく見てるね。
もし、私がもっと高齢になって誰かの支えが必要になったときつないでもらったら(これが介護つなぎです)ってなるのかしらね、
悪いことして警察のお世話になったりしたら(逮捕つなぎ)でしょうか?
大きなお世話です。

日本の昼下がりはまだまだ平和です。

立ち葵
百日紅

どちらも繋がなくても独り立ちしています。
さるすべりのユラユラとゆれてる様は心がなごみます

2017年8月11日金曜日

餅まき

新築するお宅で上棟式に餅まきをするというので誘われて行って来ました。
近所の方々やもっと遠くの「ひさしぶりね」と挨拶する人など大人も子供も時間が近づくとおおぜいになりました。
私も見るだけだよと言ってこの事を教えてくれた友達といったのですが、実はスーパーの袋を持ちエプロン姿で結構やる気になってました。
はじめに大きなおもちや平べったいのを投げてそれから紅白餅を投げてくれました。
誰かが「もちまきは本性が出るんやで」と言ってたけどほんまや!みんな夢中で拾います。背の高い人は直接空中で受け止めてます。
普段どこが痛いここが悪いと言ってた人も別人になってました。
最後は子どもたちのためにお菓子もまかれました。
私は膝をかばうので 機敏には動けません。
  
私の成果はエプロンのポケットの4個でビニール袋の出番はありませんでしたが、翌日足の後ろが軽い筋肉痛になってたのは拾う事に熱中しすぎたせいです。
何十年ぶりかに行ったもちまき楽しかったです。

2017年8月8日火曜日

朱い旅(疑惑)

翌日、高見は昼休みに図書館の書庫で新聞の縮刷版に三月二十五日、樋笠の逆転サヨナラホームランでジャイアンツの奇跡的な勝利の記事を見つける。そして、その翌日の夕刊に探し求める記事があった。若い女性の絞殺死体を発見、記事には前夜の夜中に公衆電話をかけに来て被害にあった。その付近で昨年の三月にも通り魔によると思われる若い女性の死体が発見されている。

父母と不二草の年表にその事を書きくわえる。
母と不二草は大学事務員の母と助教授の不二草は同郷のよしみで近づきやがて二人は愛を交わすようになる。
一旦はのめり込んだ愛も鋭利な頭脳の持ち主も人間的には歪みが多く、円満な愛を育むのは難しい。
やがて、大学図書館に勤務する父、高見と知り合う。
何かのきっかけで二人は好意を持つ、やがて熱い恋心へと発展する。
そこから先は漱石の「門」の世界を辿ることに、
彼女は大学の職を去り、高見へ。
不二草は深く傷つく。
その為か不二草は次第に奇行を示すようになる。
その噂を聞いた二人には愛し合っていても彼を思うと暗い影が射す。 高見は大学を去りひっそりと生きる道を選んだ。そして交通事故をきっかけに年末に入籍をする。翌年の九月、高見一郎が誕生した。

その頃、不二草の病は年々ひどくなりどこまでが現実かどこからが妄想か自分でもわからない程になっていた。
そして高見が生まれた翌年の春あの事件が起こり更に翌年にも類似の事件が発生する。
そのまた翌年、病状が特に悪化する春に自らの命を絶った。

台風一過

昨日の台風が過ぎ去りあたりにゴミや花壇の花達をもみくちゃに、ひまわりや鶏頭は地面に横たわっている。
それにしてもこの突き抜けるような青空は一体・・・
本来なら今日はみんなと高野山参拝に行くことになっていた。
一昨日からあんなに気を揉んでぐずつく台風に振り回されたことが嘘のように晴れた青空を見ながら少し恨めしい。
友達も中止する方に賛成したことを気にして電話をくれた。だけどあの時点では安全という視点では良かったので気にしないでと伝える。
天候ばかりはどうしようもない。また別の企画を計画しましょう。

朱い旅(年表2)

年次順に父、母、不二草について年表を作った高見は自分の出生ついて考える。
そうしたなかギリシャ旅行で知り合った田辺から不二草について詳しく知る人物を紹介してくれる手紙が来た。
自分が頼んでおきながら松本先生という元医師に会うのを戸惑いながらも会うことに。

松本は高見の単刀直入の質問に高齢にもかかわらず記憶をたどってくれた。
それによると不二草は頭が非常に良くまたそれ故に エキセントリック(意味を検索すると普通でない・変わり者・奇人などと出る)な傾向がある。不眠にこらえきれず睡眠薬を飲むとひどい妄想を描く。春さきが特にひどい。
その事に悩んでいた。
その妄想とは先祖に剣の達人がいて訳もなく人を斬りたくなって辻斬りをやって切腹を命じられるというのだ。
その頃不二草の自宅近くで若い女性が通り魔に殺される事件が発生、夜中もかまわずふらふら散歩に出ていた彼は警察から呼ばれる。その翌年また似たような事件が春先に・・・。又警察にいろいろ尋ねられるそのショックで妄想はさらにひどくなる。が真犯人は未だ見つかっていない。そして次の春彼はその妄想に堪えられなくなって自殺に至る。
自分が眠っている間に無意識の行動を起こしたのでは・・・と。

母とは言わず溝口明美という女性について尋ねるもはっきりした記憶はないという。溝口は高木の母の旧姓。

家族はなく独り身、いい人でもいれば彼の人生ももう少し違っていたかもしれない、と松本は残念がる。
その人に去られたのが失意の発端であったのかもしれない。
趣味についてはへそ曲がりな彼にしてはどうしてと思うほど熱烈な巨人ファンだったという。
樋笠という選手が満塁さよならホームランを打ったらしいが本当かと夜明けに電話をかけてきたほど。もっともそのおなじ夜通り魔事件があったというのだ。
不二草についての収穫は充分にあった。
丁寧に礼を言って松本家を去る。

2017年8月7日月曜日

台風5号

台風5号が和歌山県に上陸した。
激しい雨風が叩きつけるようで一時は前が見えにくいくらいだ。
普段でも人通りの少ない家の前ですが人影はまったく見えない。
明日私たちは例年通り高野山へ行く予定でした。
台風情報を見ながら予定通り行くか中止にするかを検討していました。
明日は台風は過ぎ去っていくようだが吹き戻しの風と雨が残る、また運転してくれる方に迷惑がかからないかもと結局今回は中止するという事になった。
参加予定の方々に手分けして連絡した。
残念だけどお天気ばかりはどうしようもない。

明日になって台風一過のよいお天気になったら恨めしいでしょうがせっかくならよいお天気の日に行きたいです。
窓から見るとひまわりも遮光ネットも倒れてました。

明日はすでに作業が手を広げて待ち構えています。

2017年8月6日日曜日

平和祈念式典

あれから72回目の夏です。
今年もあの日と同じ晴天の猛暑の中で平和祈念式典が執り行われた。
午前8時15分参加者もテレビを見ている私たちも1分間の黙とうを捧げる。
今年は核兵器禁止条約 が批准された年です。
しかし日本はアメリカの核の傘の下にあるという事で賛同しなかったという。世界で唯一の被爆国なのに????

昨年オバマ大統領が広島を訪れたのは記憶に新しい。
あのときの折り鶴が多くの外国人を広島に呼び寄せまた沢山の折り鶴が贈られているという。

若い頃私も資料館を見学する機会があり、あまりの惨状に心が締めつけられた。
孫たちにももう少し大きくなったら是非訪れる事を勧めたいと思う。そして核のおそろしさと平和のありがたさを少しでも理解してほしい。

核の開発が進み現在ではヒロシマの時より何倍もの威力を持ち小型化され、どこからでも攻撃できるようになったという。そしてその数はTVで報道されていた数を覚えられなかったが信じがたい数であった。
持っているということが抑止力だというが世界の各国が保有すれば抑止力にはならないのでは?それよりどの国も持たない開発しないということのほうが大切というのは多分みんなが分っているのに手放せない。
核のない穏やかな日が来るのでしょうか?

朱い旅(年表)

父と母の結婚についての章がある。
父は53歳で他界。 悪性の腫瘍によるものであったがその23年前買い物に出かけて事故に遭い腰骨を砕かれた。 それは母と暮らし始めて間もない頃であった。

そんなことから自身の死を覚悟していて、自分の死後困ったことがあったら「箕川(みかわ)君」を頼れと言っていた。
二人で父の墓参りに出かけた折父が大学を去った理由を尋ねてみた(父は経済学部を出て文学部に学士入学、英語もフランス語も達者で大学に残るつもりだったのでは?それに対して「夏目漱石の門の世界だよ」と言っていたという。
漱石の「門」私読んだことがないでネットで検索すると親友の妻を奪うという話であった(ざっくり過ぎるが・・・)

何歳の時だったか母の遺品の中にどうして母がこんな本をと思うその本の裏表紙に不二草薫の名を見つけた。
その人の名前が読めなかったからこそ記憶に残った。
今改めてその色褪せた古い本に不二草薫の名を確認。
父も「門」の男と同じだったのだろうか?
不二草という珍しい姓それを萩の街で見かけた不二草薬局の看板に母と接点があったのではという確信に似たもの。
父は誰から母を奪ったのか?
不二草は母にとってどういう立場の人だったのか?
調べてみようと思った。
図書館で不二草の出身地を萩と知る。ノイローゼで自殺。
母とのつながりが見えてくる。
父、母、不二草の年表を書いてみる。

2017年8月5日土曜日

朱い旅 2

高見はギリシャ・エーゲ海の旅で知り合った「田辺」から一枚の写真を渡される。そこには結婚前の父も母も田辺も写っていた。ホテルの自室で改めて写真を見る。ふと目に止まった男性がいた。
「だれだろう?」翌朝田辺に聞くと不二草薫という人だと教えられる。田辺の記憶によると(彼は大変な秀才で経済学部の助教授をしていたが頭が良すぎて風変わりな人柄でお父様より経済学部の研究室に勤められていたお母様の方がよくご存じだったでしょう。ずいぶん前に亡くなられました。自殺でした)
高見は以前その名前を見たことがあった。自殺の原因は何だったのか知りたくなり田辺に当時の事を知っている人を探してもらう事に。

ギリシャの旅はサントリニ島の先端で見た水平線が朱に染まりながら沈む太陽の様子が一番心に残る良い旅あった。と振り返る。
サントリニに行くか、クレタ島に行くかは旅の途中でコースを選択することになっていた。高見はサントリニを田辺はクレタをそれぞれ選択した。すべては自身の決心から始まった事でこの決心によって数日前までは考えもしなかった絶景を見ることが出来た。――母はどうだったのか――と連想が首をもたげる。
やがて日本に着き「よい旅でした」「お世話になりました」と田辺と別れる。

ギリシャから帰ってすぐに母の故郷の山口県萩市の叔母から「おばあちゃんが亡くなったの。是非お葬式に来て下さい」と連絡があり萩市に向かう。
祖母にはずい分世話になったがすでに知った顔の人はいない萩での葬儀を済ます。
 母の遺品があるというのでそれらを東京の自宅に送ってもらう事に。

ホテルの付近を散策するうち〈不二草薬局〉という看板が目につき不二草薫と母は同郷だったのかと思う。

訃報

ミニ同窓会に何時も参加されていた方が亡くなった。
体調が思わしくないことは聞いていたがまさかという思いです。
新聞でその事を知った。
悲しいことは重なるものなのか、最近私のいとこ、夫の同級生、そして今度は私の同級生と続く。
どの人もお元気な頃の様子がつい昨日のことのように思い出される。
表現しがたい虚無感が漂う。

誰もがいつか泉下の客となるのだが、いつなのか?わからないから呑気に構えてしまう。しかし日一日とその日が近くなっているのは確かな事。
せめて一日を大切に生きたいものです。とは言いながらも
この暑さの中ダレ~となってしまってます。

2017年8月3日木曜日

朱い旅

子どもの頃親に叱られた時など自分はもしかしてもらわれてきた子じゃないか?などと思った事がないですか?
わたしはそんな幼い日の涙でしょっぱくなった思い出があったことをこの本を読んで思い出しました。

先日少し紹介した「朱い旅」です。
主人公高見一郎は東京中央図書館で司書として勤める、妻の房子は広告代理店勤務で帰宅が遅くなることもしばしば、子はいない。夫は妻のために夕食を作る仲のよい夫婦である。
ある日妻が芝居の切符をもらってきた、演しもの(だしもの)はモリエールでギリシャ神話らしいという。
芝居の中でも、この後ギリシャ・エーゲ海の旅に参加するが事になるがその中でもアンフィトリオンという名がよく出てくる。
アンフィトリオンの妻は美しいアルクメールという女性。
しかし、オリンポスの大神ジュピテルがアルクメールを見初める 。大神は戦争を起こし夫のアンフィトリオンを戦場に追いやる。その留守に自らを夫の姿に替えて妻の寝所の入り込む。(何ともゲスな神様だこと)
そうして生まれた子がギリシャ神話きっての英雄ヘラクレスである。

ヘラクレスは大神ジュピテルの恵みにより諸国の怪物を退治して民衆に平和と繁栄をもたらす とある。

この芝居を楽しんだ後勤務先の図書館連盟が企画するギリシャ・エーゲ海の旅に参加申し込みをする。
その先で知り合った「田辺昇」という初老の男性と知り合うことになる。
田辺は主人公の高見の父や母と親しかったという人物。
10歳の時高見は母を事故で失くしていて 記憶が少ないが事故死の時よりも鮮烈に思い出す場面があった。

大きな夕日が海を真っ赤に染めて落ちていく。朱色に焦げてジュッと音のしそうな熱い太陽、彼の傍らに立つ母らしい人がその光景を見ているうちに抱えていた悩みも心を洗われたという記憶。
幼心にも漠然と母の気持ちの変化を察していたような気がしてならない。
とあるがこの部分が重要な伏線であることを読みおわってからでないと気が付かなかった。

結構哲学的というか宗教的というかスラスラと入ってこない物語であるが、読み終えて長く心に居座っているテーマである。
続きに興味を持って頂けるかどうかはわかりませんが独断で日を改めて書きたいと思います。
こう言うのを独りよがりというのですね。

2017年8月1日火曜日

浜木綿のかおり

ミニ同窓会で「おいでよ」に甘えて友人宅へ皆で押しかけ花をもらいに行きました。
鹿の子百合と緋扇それに浜木綿の花などです。
とても広いのに手入れが行き届いています。何しろ水やりに2時間もかかるというのです。
貰ってきて4人がそれぞれ好きなように生けて写真を撮り見せあっこしました。それぞれ生け方が違います。たのしみも一入です。
それを下さった方へラインで送ってくれました。便利なものです。
浜木綿はよい香りがするのですが昼間なので「わからない」と友人は言います。調べてみたら夜に香るらしいのです。で、私はそれを独り占めで楽しみました。月下美人のかおりを薄くしたような良い香りです。

緋扇は涼しげな籠に
鹿の子百合はくるりと反転した花弁の斑点が鹿の子模様