2017年8月3日木曜日

朱い旅

子どもの頃親に叱られた時など自分はもしかしてもらわれてきた子じゃないか?などと思った事がないですか?
わたしはそんな幼い日の涙でしょっぱくなった思い出があったことをこの本を読んで思い出しました。

先日少し紹介した「朱い旅」です。
主人公高見一郎は東京中央図書館で司書として勤める、妻の房子は広告代理店勤務で帰宅が遅くなることもしばしば、子はいない。夫は妻のために夕食を作る仲のよい夫婦である。
ある日妻が芝居の切符をもらってきた、演しもの(だしもの)はモリエールでギリシャ神話らしいという。
芝居の中でも、この後ギリシャ・エーゲ海の旅に参加するが事になるがその中でもアンフィトリオンという名がよく出てくる。
アンフィトリオンの妻は美しいアルクメールという女性。
しかし、オリンポスの大神ジュピテルがアルクメールを見初める 。大神は戦争を起こし夫のアンフィトリオンを戦場に追いやる。その留守に自らを夫の姿に替えて妻の寝所の入り込む。(何ともゲスな神様だこと)
そうして生まれた子がギリシャ神話きっての英雄ヘラクレスである。

ヘラクレスは大神ジュピテルの恵みにより諸国の怪物を退治して民衆に平和と繁栄をもたらす とある。

この芝居を楽しんだ後勤務先の図書館連盟が企画するギリシャ・エーゲ海の旅に参加申し込みをする。
その先で知り合った「田辺昇」という初老の男性と知り合うことになる。
田辺は主人公の高見の父や母と親しかったという人物。
10歳の時高見は母を事故で失くしていて 記憶が少ないが事故死の時よりも鮮烈に思い出す場面があった。

大きな夕日が海を真っ赤に染めて落ちていく。朱色に焦げてジュッと音のしそうな熱い太陽、彼の傍らに立つ母らしい人がその光景を見ているうちに抱えていた悩みも心を洗われたという記憶。
幼心にも漠然と母の気持ちの変化を察していたような気がしてならない。
とあるがこの部分が重要な伏線であることを読みおわってからでないと気が付かなかった。

結構哲学的というか宗教的というかスラスラと入ってこない物語であるが、読み終えて長く心に居座っているテーマである。
続きに興味を持って頂けるかどうかはわかりませんが独断で日を改めて書きたいと思います。
こう言うのを独りよがりというのですね。

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