数ヶ月前「小梅日記」という本を貸してもらった。
川合小梅という和歌山で暮らした女性の日記です。
全部で44ページで活字も大きく絵本のようです。
生れは文化元年(1804年)和歌山城下~明治22年(1889年)86歳になくなったそうです。
この時代にしてはかなりの長寿、
父は早くに亡くなったので、お母さんと紀伊徳川家に仕える学者だった祖父に育てられ色々なことを学び特に絵と和歌に優れていたなかなかの才女。
16歳で結婚し1人息子にも恵まれ晩年まで活躍したそうです。
日記の内容は落雷で焼け落ちた和歌山城の天守の上棟式の様子にはもちまきなどの賑わいを伝えている。
又花見の時にはお酒を飲みすぎて泥酔、夜中に夫が火を起こしてお茶をのましてくれた失敗談(48歳)や51歳の時には大地震による津波で家や石づくりの橋が流されたり大きな船が川原に打ち上がり人の力ではどうにもならないとある。他にもほうき星の事、川原で洗濯をしてとても疲れた事、小倉神社での勇ましい馬かけに興奮した事や坂本竜馬が京都で襲撃され亡くなったことなども書いているなかなかの情報通です。
73歳の時には水野殿の娘さんに習字や絵などを教えに行くことになったというから驚きだ。
77歳の折にはなんと、早朝から夕暮れまで休まずにふすま絵を25枚仕上げて自分でもよく続いたものだと感心したら風邪をひいてしまった。となんともパワーがあふれた活躍ぶりです。
江戸時代の人々の暮らしぶりは私が思ったよりも屈託がなく 季節が巡るたびにお花見をしたり潮干狩りを楽しんだりしたのですね。
現在のように電話も車もない時代ですがそんなことはものともせず実に生き生きと又力強くおおらかな暮らしが垣間見える。
なかなか楽しい本なので一読をおすすめしたい一冊です
2017年6月29日木曜日
朱い旅
寝る前の読書に阿刀田高の朱い旅を少しづつ読んでいる。
去年図書館で無料でもらってきたものだ。
読み始めはあまり面白くないので途中で投げ出していたが今回改めて読んでみようという気になった。
薄闇の中で眼をさました。
どこかで見えない色が点滅している。・・・夢の続きかもしれない。春のさなか。ひたひたと白い潮のように攻めよせて・・・・
となんだか夢と現の中の病的ともとれる出来事から始まる。
怖いのはヤダヨともう少し進んだところで去年はやめてしまったのだ。
そこを乗り越えて読み進めると主人公の私、すなわち<高見>はごく普通の家庭でジャイアンツが好きな妻と暮らす人である。
あるときギリシャ・エーゲ海10日間の旅に申し込む。この旅が朱いのだろうか、どう朱いのかはまだ分からないが
この旅で知り合った田辺という男性と何事もなく帰国する。
よい旅だった、サントリニの朱色の風景が一番心に残る思い出だった。とあるのはこの物語の伏線であろうか?
旅から帰ってすぐに母方の祖母の葬儀に山口県の萩にいく。
母の(若くして他界)遺品が物置にあるのを自宅に送ってもらう事に。
少し面白くなってきた。寝る前の睡眠を導入するための読書にしておくにはもったいないような気がしてきました。
続きが気になります。
去年図書館で無料でもらってきたものだ。
読み始めはあまり面白くないので途中で投げ出していたが今回改めて読んでみようという気になった。
薄闇の中で眼をさました。
どこかで見えない色が点滅している。・・・夢の続きかもしれない。春のさなか。ひたひたと白い潮のように攻めよせて・・・・
となんだか夢と現の中の病的ともとれる出来事から始まる。
怖いのはヤダヨともう少し進んだところで去年はやめてしまったのだ。
そこを乗り越えて読み進めると主人公の私、すなわち<高見>はごく普通の家庭でジャイアンツが好きな妻と暮らす人である。
あるときギリシャ・エーゲ海10日間の旅に申し込む。この旅が朱いのだろうか、どう朱いのかはまだ分からないが
この旅で知り合った田辺という男性と何事もなく帰国する。
よい旅だった、サントリニの朱色の風景が一番心に残る思い出だった。とあるのはこの物語の伏線であろうか?
旅から帰ってすぐに母方の祖母の葬儀に山口県の萩にいく。
母の(若くして他界)遺品が物置にあるのを自宅に送ってもらう事に。
少し面白くなってきた。寝る前の睡眠を導入するための読書にしておくにはもったいないような気がしてきました。
続きが気になります。
ひまわり
スッキリしない日が続きます。
しかし、植物たちにとってはこの時期は成長の為になくてはならない雨なのです。
私にとっても晴ればかりのカンカン照りの中にしっとりとした梅雨らしい雨の日は何となく気持ちもしっとりと潤してくれます。(毎日はイヤですが)
そんな中ひまわりが咲きました。

しかし、植物たちにとってはこの時期は成長の為になくてはならない雨なのです。
私にとっても晴ればかりのカンカン照りの中にしっとりとした梅雨らしい雨の日は何となく気持ちもしっとりと潤してくれます。(毎日はイヤですが)
そんな中ひまわりが咲きました。

孫が種から育てたのです。やっぱりひまわりって元気をくれる花です。
つぼみが出来てきた頃には孫の背丈より高くなって上向いてるつぼみの様子が見えない程でしたが、色付く頃にはこっち向いてくれました。
私のプランターに咲く花達は配色を考えないで植えるものですから他家さまのに比べるといまいちですが、すっくと立ったひまわりの色と言い花姿と言いちょっと自慢したくなるくらいです。
お日様のいる方向に花の向きが変わると思っていましたが時計のようにくるくる回ることはありません。
2017年6月21日水曜日
AIスピーカー
AIスピーカーなるものがTVで紹介されていた。
人工知能がついたスピーカーで音声で呼びかけるとそれに反応してくれるそうだ、「ねぇ、クローバー(これがそのスピーカーの愛称らしい)、 今日のお天気にあった音楽は?」なんて言うとそれに合った音楽を流してくれたり好みのニュースを選んでくれたりと何とも親切な機能が搭載されているそうだ。
だけどねぇ、おばさん(私)は思うのよ、人間っていったいどこまで横着になっていくのよって。
私はすでに漢字は変換できるけど書くことが出来ない文字が多くなってきている、手紙を書くという機会がなくなってさて、どう書けばよいかうろたえる。まして、子供たちは電話で『○○ですが△△ちゃんお願いします』と取り次いでもらった時代があった事さへ知らない。
他人に対する気遣いや作法、自分で疑問を調べる時間、丁寧に何かに向き合う時間が無駄で時代遅れという事になりはしまいかと少し心配なのです。
そのうち人間は選択する事さえできなくなるのではって。
こう言うのを年寄りの冷や水って言うのよね。
時々忘れ去っていた植物も季節が来ればちゃんと花開きやっと気がつくことがある。
そんなとき少し恥ずかしくなるのです。咲くまでに見えないところで根を張り芽吹きそして時期が来て花を咲かす、少しづつ少しづつしかし着実に。
私は咲いた花だけ見てうれしくなって写真に撮ったり、なんて薄っぺらいなって。
だけど写しちゃった、わが家の山野草三姉妹です。
人工知能がついたスピーカーで音声で呼びかけるとそれに反応してくれるそうだ、「ねぇ、クローバー(これがそのスピーカーの愛称らしい)、 今日のお天気にあった音楽は?」なんて言うとそれに合った音楽を流してくれたり好みのニュースを選んでくれたりと何とも親切な機能が搭載されているそうだ。
だけどねぇ、おばさん(私)は思うのよ、人間っていったいどこまで横着になっていくのよって。
私はすでに漢字は変換できるけど書くことが出来ない文字が多くなってきている、手紙を書くという機会がなくなってさて、どう書けばよいかうろたえる。まして、子供たちは電話で『○○ですが△△ちゃんお願いします』と取り次いでもらった時代があった事さへ知らない。
他人に対する気遣いや作法、自分で疑問を調べる時間、丁寧に何かに向き合う時間が無駄で時代遅れという事になりはしまいかと少し心配なのです。
そのうち人間は選択する事さえできなくなるのではって。
こう言うのを年寄りの冷や水って言うのよね。
時々忘れ去っていた植物も季節が来ればちゃんと花開きやっと気がつくことがある。
そんなとき少し恥ずかしくなるのです。咲くまでに見えないところで根を張り芽吹きそして時期が来て花を咲かす、少しづつ少しづつしかし着実に。
私は咲いた花だけ見てうれしくなって写真に撮ったり、なんて薄っぺらいなって。
だけど写しちゃった、わが家の山野草三姉妹です。
2017年6月18日日曜日
東国原英夫講演会に行った
元宮崎県知事 東国原英夫氏の講演会に行った。
前評判の高い教養講座なので1時間も前に行ったのだが
最後尾はここというプラカードを持ったスタッフの所へ並ぶ
会場はすでに大勢の人が座っていた。
始まりのブザーが鳴る頃には満席になっている、どこからともなく「こんなに大勢は初めてやね」との声がきこえる。
登場した元知事は政治家よりもやはりお笑い芸人が身についてるという腰の低さと言い身のこなしと言い、それだけで何となく笑える、これがこの人の本質なのか芸達者なのかははかれない。
大輪の菊が名産というところに講演に行ったとき善意でその名産の大輪の白菊がいっぱい飾られた演台で講演しおまけに後日贈られてきた写真は白菊に囲まれた自分が黒い額縁に入っていたという話に会場は笑いの渦が湧く。
知事に就任した頃の失敗談や子ども時代のおおらかな生活ぶりそしてたけし軍団の一員として学んだことなどを面白おかしく話すものだからとうとうお終いまでお腹がよじれるほど笑った。時間はあっという間に過ぎた。
その中でなぜ、お笑いから政治家を目指したのかというと、どちらも人を幸せにする仕事だからという言葉が私の心に留まった。
政治家は国民が幸せになるような政治をしてくれないとね。
今は無職と言ってたけれどもう少し政治の話も期待していたのだけど。
前評判の高い教養講座なので1時間も前に行ったのだが
最後尾はここというプラカードを持ったスタッフの所へ並ぶ
会場はすでに大勢の人が座っていた。
始まりのブザーが鳴る頃には満席になっている、どこからともなく「こんなに大勢は初めてやね」との声がきこえる。
登場した元知事は政治家よりもやはりお笑い芸人が身についてるという腰の低さと言い身のこなしと言い、それだけで何となく笑える、これがこの人の本質なのか芸達者なのかははかれない。
大輪の菊が名産というところに講演に行ったとき善意でその名産の大輪の白菊がいっぱい飾られた演台で講演しおまけに後日贈られてきた写真は白菊に囲まれた自分が黒い額縁に入っていたという話に会場は笑いの渦が湧く。
知事に就任した頃の失敗談や子ども時代のおおらかな生活ぶりそしてたけし軍団の一員として学んだことなどを面白おかしく話すものだからとうとうお終いまでお腹がよじれるほど笑った。時間はあっという間に過ぎた。
その中でなぜ、お笑いから政治家を目指したのかというと、どちらも人を幸せにする仕事だからという言葉が私の心に留まった。
政治家は国民が幸せになるような政治をしてくれないとね。
今は無職と言ってたけれどもう少し政治の話も期待していたのだけど。
2017年6月15日木曜日
ネコになりたい?
小学校の下校時間である。
子どもの会話が聞こえてきた。
「ぼく、ネコになりたい」という。
一瞬私の全身が耳になってその続きをきく。
「そしたら、小学校へ行かれんで」と女の子の声。
ただそれだけで次が聞けないで遠ざかってしまった。
多分低学年の子供たちの会話である。
色々なことを想像してみた。
大人が言うなら人生が煩わしくなって気ままな猫になりたいと思うかもしれないが将来がいっぱいの子どもはそんなことを考えはしまい。
多分あのしなやかな動きで高い塀に登ったり、眠りたい時に眠り、時には大きく伸びをしたり長いしっぽを揺らしながら闊歩する姿に魅力を感じてのことだろう。
そして、女の子の返事は「小学校へ行けなくなる」という言葉に楽しい学校生活が覗われる。勉学に対する向上心も読み取れる。その純真さに私はにこやかな気持ちになった。
ここ何年も(○○○になりたい)と思ったことがない。
毎日が何となく過ぎてゆき、良くも悪しくも現実にどっぷり浸ってだらしなく、昨日と同じ朝が来るだけが幸せだと思っていることがまさしく老化なんだと認識した。
小学生に小さな刺激をもらった一瞬でした。
子どもの会話が聞こえてきた。
「ぼく、ネコになりたい」という。
一瞬私の全身が耳になってその続きをきく。
「そしたら、小学校へ行かれんで」と女の子の声。
ただそれだけで次が聞けないで遠ざかってしまった。
多分低学年の子供たちの会話である。
色々なことを想像してみた。
大人が言うなら人生が煩わしくなって気ままな猫になりたいと思うかもしれないが将来がいっぱいの子どもはそんなことを考えはしまい。
多分あのしなやかな動きで高い塀に登ったり、眠りたい時に眠り、時には大きく伸びをしたり長いしっぽを揺らしながら闊歩する姿に魅力を感じてのことだろう。
そして、女の子の返事は「小学校へ行けなくなる」という言葉に楽しい学校生活が覗われる。勉学に対する向上心も読み取れる。その純真さに私はにこやかな気持ちになった。
ここ何年も(○○○になりたい)と思ったことがない。
毎日が何となく過ぎてゆき、良くも悪しくも現実にどっぷり浸ってだらしなく、昨日と同じ朝が来るだけが幸せだと思っていることがまさしく老化なんだと認識した。
小学生に小さな刺激をもらった一瞬でした。
2017年6月14日水曜日
羽蝶蘭
シュッとした葉が生えてきたと思う間もなく何だかつぼみらしいものが、となると私の注目度120%です。
昨日開花した桔梗とともに室内に、私ってわかりやすいというか目の前に良いことを見つけるとそればっかり、
冬中植木鉢だけになっていたこの花の存在などすっかり忘れ去って芽生えてつぼみまで付けているのに「あなた誰?」と問いかける始末。
で、昨年の今ごろの写真を探して見ると羽蝶蘭ですって!
思い出しました。涼やかな色でまるで蝶が飛び交っているみたいです。楽しみだわ♪
枯らすのが上手と言われる私でもチャンと季節が成長を促しそれぞれの花をつけてくれます。しっかりネームプレートを付けておかないとと反省しました。
昨日開花した桔梗とともに室内に、私ってわかりやすいというか目の前に良いことを見つけるとそればっかり、
冬中植木鉢だけになっていたこの花の存在などすっかり忘れ去って芽生えてつぼみまで付けているのに「あなた誰?」と問いかける始末。
で、昨年の今ごろの写真を探して見ると羽蝶蘭ですって!
思い出しました。涼やかな色でまるで蝶が飛び交っているみたいです。楽しみだわ♪
枯らすのが上手と言われる私でもチャンと季節が成長を促しそれぞれの花をつけてくれます。しっかりネームプレートを付けておかないとと反省しました。
| しつこいようですがこの色見て下さい |
![]() |
| 今年は沢山の小さな蝶が舞いそうです |
2017年6月13日火曜日
色付きました
昨日はまだ色がついてなかったアポイ桔梗ですが今朝はこんなに鮮やかなむらさき色です。五枚の花びらがふんわりと集まって閉じていますが一分のすき間もなくピタッと寄り添っています。正五角形、しかも膨らみもあるこの形をだれが設計したのだろうと思います。
花も色々です。桔梗は五弁、菜の花は四弁、昨日咲いたカラーは一枚です。他にも種類によって六枚やもっとたくさんの花弁で出来たのもあれば朝顔のようにラッパ型のもあります。それぞれが美しく形作られているだけでなくなんらかの意味を持っているらしいのです。自然の不思議は人間の知恵が及ばないところで作られているのでしょう。
難しいことは考えないでこの愛らしい包みがほどけて涼しげな姿を見せてくれるのを楽しみにしています。
あじさいは何の変哲もないものですが、うちに咲いたのが高級な品種でない分素朴でかわいいと思うのは何なのでしょう、
こんな状態を指して言う言葉があるのに今思い出せません。私、それにピッタリなのに・・・
2017年6月10日土曜日
転ばぬ先の・・・
転ばぬ先の杖のつもりで持っていったステッキにこれほど助けてもらうとはねぇ。
荷物とステッキとカバンでは手の数が足りません。なので
初めてウエストバッグを利用した。リュックは後ろに目がないので何となく不安です。
この前まで思ってもみなかった事ですがこれにも助けられた。鏡に映る姿は目を覆いたくなる程だが(大きなお腹の前にさらにバッグの厚みを想像してみてください)動きやすいので出かける時はこれだなぁと一人で納得!
生活の中で去年出来ていたことが今年出来ないことに出くわすことがたびたびある。
ステッキの出番が増えたこと、一度に三つは覚えられないし見栄を張って伸ばしたつもりの腰が少しも伸びてないことそして少し痛み出したこと、などなど
数え上げればきりがないけどまだまだ出来ることも数々ある。
夜寝る時に猫のキリ子に「明日もがんばろうね」と言ってきかせる、彼女もまた私と同じくらいの高齢者で一日のほとんどが睡眠時間。
朝が来て今日も元気だと思わずラッキー!!そして感謝
その割には一日を大切になんてすっかり忘れて「あしたがあればこそ」などと事を先送りする呑気な私なのです。
| アポイ桔梗といいます。お手玉のように膨らんでます |
| こちらはカラー、先日芽ばえしたと思ったのにもう咲くのです |
2017年6月7日水曜日
幸福について
消化不良になっている「人生論ノート」の第二章は幸福についてである。
まったくもって固く消化しにくい食べ物を丸のみして胃のあたりがゴツゴツしているような気がする文章である。
内容はともかく、旧かな遣い、旧字体そのものが苦手である。しかし、二度三度同じところを読み返すと少しスラスラと読めるようになる、そうすると文章の言わんとする内容が少しだけ理解できる。とても難解な文章だ。
それもその筈持って回った言い方をしないと当時の日本では言論についても統制下にあった時代である。
第一章の「死について」より身近に感じる第二章である。
どのテーマをとっても今を生きる私たちにも共通することがらである。
全文が現在口語体の文章ならもっと入っていきやすいであろう。
ボツボツいかないと未消化のまま胃炎になりそうです。
完読を今年下半期の目標にしたいですが途中で放りだしそうな気もします。
それにしても、お正月から6月まで過ぎ去るのが早かったこと!!
まったくもって固く消化しにくい食べ物を丸のみして胃のあたりがゴツゴツしているような気がする文章である。
内容はともかく、旧かな遣い、旧字体そのものが苦手である。しかし、二度三度同じところを読み返すと少しスラスラと読めるようになる、そうすると文章の言わんとする内容が少しだけ理解できる。とても難解な文章だ。
それもその筈持って回った言い方をしないと当時の日本では言論についても統制下にあった時代である。
第一章の「死について」より身近に感じる第二章である。
どのテーマをとっても今を生きる私たちにも共通することがらである。
全文が現在口語体の文章ならもっと入っていきやすいであろう。
ボツボツいかないと未消化のまま胃炎になりそうです。
完読を今年下半期の目標にしたいですが途中で放りだしそうな気もします。
それにしても、お正月から6月まで過ぎ去るのが早かったこと!!
2017年6月2日金曜日
この夏は・・・
今、23時20分急にざわざわという音に外を見ると大粒の雨と風、各地でこんな急変があったことをニュースで知る。
真夏並みの暑さの日があったかと思うと、涼しすぎる日が
あったりと今年の夏は少しずつ暑くなるのではなく気まぐれな夏の訪れになりそうだ。
ほら、先ほどの雨ももう止んだかしら静かになりました。
最近のお天気は情緒に欠けるような気がする。
雨を例にとっても季節や降り方により日本人特有の細やかな感覚で色々な名前が付けられていた。
最近は世の中が効率とスピードが優先され、こう言った感覚が希薄になってきてはいまいか?
気候もそれに習ったということではなかろうが。
男女の想いを和歌に託して伝えた悠長な時代があり、手紙へと変化し、電話になり携帯やスマホと言った直接相手に伝えられる便利な世の中になった。

庭に咲く月見草を見ると夢二を思い出し「宵待ち草」を連想する。
〈待てど暮らせど来ぬ人の宵待ち草のやるせなさ・・・〉
又、〈今宵逢瀬を待ちわびる・・・〉の哀愁列車の歌詞のように直接相手に伝えられないからこそ生れたせつなさ、やるせなさをかき立てる表現が、現在なら指一本で「今どこ?」と確認できる利便性が細やかな感情表現を乏しくしているのではと時々思ったりする。
先日買った歳時記を時々眺めては日本語の豊かさ、奥深さを楽しんでいます。
真夏並みの暑さの日があったかと思うと、涼しすぎる日が
あったりと今年の夏は少しずつ暑くなるのではなく気まぐれな夏の訪れになりそうだ。
ほら、先ほどの雨ももう止んだかしら静かになりました。
最近のお天気は情緒に欠けるような気がする。
雨を例にとっても季節や降り方により日本人特有の細やかな感覚で色々な名前が付けられていた。
最近は世の中が効率とスピードが優先され、こう言った感覚が希薄になってきてはいまいか?
気候もそれに習ったということではなかろうが。
男女の想いを和歌に託して伝えた悠長な時代があり、手紙へと変化し、電話になり携帯やスマホと言った直接相手に伝えられる便利な世の中になった。
庭に咲く月見草を見ると夢二を思い出し「宵待ち草」を連想する。
〈待てど暮らせど来ぬ人の宵待ち草のやるせなさ・・・〉
又、〈今宵逢瀬を待ちわびる・・・〉の哀愁列車の歌詞のように直接相手に伝えられないからこそ生れたせつなさ、やるせなさをかき立てる表現が、現在なら指一本で「今どこ?」と確認できる利便性が細やかな感情表現を乏しくしているのではと時々思ったりする。
先日買った歳時記を時々眺めては日本語の豊かさ、奥深さを楽しんでいます。
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