2018年8月26日日曜日

花火大会

台風で延期された花火大会。
おまけに今夜は満月です。
くっきりと空を照らす月はすっかり秋の月の様子です。
始まりの時刻にびっくりするくらい大きな音が続き、一気に気分上昇!
毎年の事、私は家の近くの空き地越しで見物です。

年々、花火の研究が進んでいるようで今年ならではの色彩で楽しませてくれます。
それに、今夜は適度な風もあるらしく、打ち上げるたびに煙が無くなり、まっさらな空に大輪が咲きます。その分それぞれの色も鮮やかで龍のように細かい螺旋を描きながら夜空をかけのぼる様子も見てとれる。

花火より夜店に重点を置く孫たちが両手に何やら持って帰ってきた。
例にもれず金魚も小さなビニール袋に入っている。
初めて自分ですくう事が出来たらしく「一匹は僕がすくったんやで」と説明付きで。
前の子と仲良く出来るかなと言いながらずいぶん大きくなった(前の子)と 一緒にしてえさを撒くと早速食べていた。
これで暑さ以外は日高地方の夏も過ぎていくのです。

2018年8月25日土曜日

台風過ぎて

台風、大丈夫でしたか?
テレビでは風力発電の風車が根元に大きな水たまりを作って横倒しになっていて様子を見に来た人達がまるでガリバー旅行記の小人のように写っていた。
風車の巨大さをあらためて認識し、自然の力には抗えない私たち人間の無力さも浮き彫りにしていた。

日高地方でもまさかと思うものがこけたり、飛んだりしている。又日を追って農作物などの被害も伝わってくるだろう。

夜中の風の威力は怖かった、屋根が持っていかれそうで、家ごと揺れ、部屋の気圧が瞬間的に下がったのか耳の奥がトンネルの中に入った時のようになった。

せっかく大きくなったひょうたん、ツルがネットに巻きつきあちこちに広がっているのでもう前のように移動できなかって朝見てみたらやっとつぼみも付いているのにもみくちゃにされて萎れていた。残念です。
昨日は飛んできた軽い物やゴミ、遮光ネットのからみついたのなどの片付けに費やした。これですんだのは幸運としか言えないのですが・・・


2018年8月23日木曜日

米とごはん

最近、気になる言葉づかいがある。
一時は(ら)抜き言葉、例えば「食べられる」を「食べれる」なんていうのが耳触りであったが最近は慣らされてしまったのか使わなくなったのか気にならない。
その代わりと言うと変だが気になるのが「ご飯」を「米」という表現だ。
「米」というのは炊飯していないものは米で炊飯して口にできる物をご飯と言うべきであろう。
「熱々のご飯」「卵かけご飯」というように米は調理してはじめてご飯になるのを「米が食べたい」だの大盛のごはんを食べてる写真に「米5合」などと注釈をつけているのを見ると小さな怒りさえ感じる。

時とともに変化する日本語だが主食の米とご飯の区別くらいちゃんとしてよと言いたいね。

因みに食事に炭水化物抜きで「ご飯」は摂らないというのが流行ってるらしいが私は「ご飯」を食べないと食事した気がしないという「米飯」好きである。
あ、関係ないか?

2018年8月22日水曜日

孫と私の夏休み

あと一週間で長かった夏休みが終わります。
手間がかからなくなった孫、小5ですが、違った意味で気を使うところもあるのです。
放っておくと目の開いてる時間はずーっとゲームとYoutubeに浸っているだろう子に勉強したか、宿題したか、今日はプールある日やろと急かす自分に嫌気がさしてきます。
 子育てのなかでの禁句は「はやくしなさい」だと分かってはいるのだが・・・

勿論かわいいとこもいっぱいあるのだが、日毎の暑さも手伝ってイライラしてつい強い言葉になる。(もっと言い方あったやろ、そんな口調で言われたら余計やる気出ないよ)と心の声が自己嫌悪へと導く。

始業式はなぜか29日です。プリントに新学期には各自雑巾を2枚用意するようにとあり、ママに頼まれてそれを今作っている。2枚と言わずもっとと張り切って5枚縫う。

お風呂上がりで気持ちも落ち着いた時間。孫は孫なりに夏休み中は合宿に次ぐ合宿で楽しいこともいっぱいで成長ぶりも見えるのに私は違うとこばかり見てたのかもしれないと反省してます。
もしかしたら私の方が勉強させてもらってるのかもしれない
とつくづく・・・


2018年8月21日火曜日

夏の収穫

朝の空気が秋の気配を届けてくれる。
暑さの中にも空の色や夕闇の暗さが一段と濃くなったことなど秋を見つけることが出来るようになった。

この夏「あついあつい」ばかりで過ごした私ですが、ふと小さな夏の収穫を見つけようと思いました。

読書の方はじっくり時間をかけて読んだのは無いので×。
何かないかなぁと重箱の隅をほじるように探しだしたのが随一先日のアッパッパ仕上げたこと、ズボンのウエストを広げたこと、スカートを一枚縫ったこと、小さな手提げの袋を作った事ぐらいしか思い当たりません。
汗だくで世話した裏庭の花達も矢張り暑さのせいかもう終わり掛けている。
あ、そうそうこんな暑さの中でもへたらないで72才の誕生日を迎えられたことも収穫の一つ。元気でいられることがなによりの今日この頃です。
形になってこれだよ!って威張れることはないけど小さな小さな日々での収穫ならあるかもしれないが忘れながら日々を重ねるのがいいのかもしれない。

 花がらのアッパッパの一輪を切り出して黒い袋に貼りつけました。袋の生地も勿論リフォームです。
(淋しかった僕の庭にバラが咲いた)少しだけ刺繍をしただけなのに立体感が出ました。


2018年8月19日日曜日

歯医者にて

予約なしだから待つを覚悟で出かけた。
待ってる間隣に座った奥様風の方と話が弾み長く感じなかった。
診察椅子で「あ~ん」と口を広げた。
被せた物が無くなったのだが少し前からその歯の歯茎がプクンと膨れたり痛かったりして違和感があるのでもしかしたらと思っていたらやはり抜くことになった。
この歯は一旦抜いた歯で向きを替えてそのまま又元の位置に戻したものだ。(再植)というらしい。

つまりそれにはもう神経など無いし一度抜いたものだから簡単に抜けると思っていたのが甘かった。
麻酔をしてさあ、抜くとなり先生は引っ張ったりこぜたりしていた。
あれ?抜けにくいのかなと思って薄眼を開けた時私は見てしまったのだ、「やっとこ」みたいなのが目の前を通ったのを。

体が硬くなるのは無理のないこと。
ハイ、抜けましたよ。
と見せてくれたのは出ているところが1とすれば根の部分が4くらいあった。
帰ってどっと疲れと痛みが出た。
今日はお風呂も駄目だそうだ。
真昼間なのに寝込んでしまった。私は痛いのが人より敏感なのだろう。抜歯で2日くらい弱ってしまう。
2回目の鎮痛剤と化のう止めをのんだ。
昼間眠ったせいかまだ眠くない。
けど、もう寝ます。朝になったらきっと良くなっているでしょう。


2018年8月17日金曜日

新涼

昨日までとはうって変わって爽やかな朝だ。
まさに「新涼」という言葉がぴったり。このままうまいこと秋になることはないだろうが、暑さで弱った体を慰めてくれる。
青空が澄みわたり、トンボも飛んでいる。
猛暑続きの夏だったので帳尻を合わすように秋が長ければいいのに。

そうだ、明日は歯医者へ行こう。
爽やかさが背を押してくれる。
お盆前から小さな被せが取れてしまったのだ。
少し前にも同じのがはずれて、その時は気がついて良かったのだが、今回はごはんと一緒に呑み込んだのかもしれない。

歯医者へ行くのは他と違って腰が重い。小さな子じゃあるまいしと自分に言い聞かせながらもつい日延べしてしまう。

秋になるとしたいと思っていた事あれもこれもやる気が出そうだね。

2018年8月15日水曜日

ささやかな満足感

ゆうべ、あのアッパッパが出来上がった。
仕上げアイロンをして早速着てみた。物だけ見ると「なんと大きい!」と感じたが着るとちょうどいいのはなぜだろう?

風が通り抜けるような感覚が何とも言えない。
その後、裁縫箱の整理をする。ミシン糸、針山の整理、服地の端切れ、諸々の洋裁道具、全部出して糸くずや小さなゴミをぬぐい取り、キチンとならべて元の位置に戻す。

縫物が終わった時こうして箱の整理をすると心が落ち着く。
仕上げたささやかな満足感に浸る。

本を読み終えた後の後書き、草取りを終え平らな土を見まわす時も同じような満足感がある。
人間小さいね。けど幸せ感じてます。

2018年8月13日月曜日

記憶の空洞

男はステテコ女はアッパッパがあれば夏を乗り切ることが出来る。 
 夏の定番「アッパッパ」を縫いかけている。

ストンとした何のデザインもない(というより生地が2メートルほどしかないのでデザインなど言ってられない)が一応型紙を作る。
しかし、ここで早くも壁にぶつかる。
目ぇつむってても書けたはずの原型が思い出せない。
愕然とする、ヒントになる何かがあるかもとノートを探すが洋裁のヒントになるものが何もない。仕方なく今着ている現物を紙に写し取る。

これでいいのかわからないが縫ってるところ。
縫いながらも手順でドジなことばかりして一向に進まない。おまけにすぐ飽きて休憩に次ぐ休憩。
頭の記憶が少しづつ欠けていく。 そんな不安が雨雲が空を埋め尽くすように増えていく。
去年と今年、衰えていくのは体力だけかと思っていたが記憶の方にも空洞化が発生中。
人生の幕引きの前にしておくべきこと呑気にしていてはいけないね。
2階の要らないものを早く!
けど、少し涼しくなってからだね。

2018年8月11日土曜日

御見舞い

御見舞いに行った。誰が見てもいつその時が来てもおかしくない状態で横たわっている。
それでも感謝の言葉を言ってくれる。短い間隔で見舞に行くと自分の余命がわずかだと悟るかもと「近くまで買い物に来たから寄ってきたの」と見え透いた嘘をつく。
嘘ついたところで自分の余命がどんなものか既に感じているだろうが・・・
痛くてしんどくて・・・「安楽死 」という言葉さえ口にする。
これ以上「頑張って」とも「もう頑張らなくていいよ」とも言えず言葉に詰まる。

ここで泣いたらあかんと枕の位置を替えたりやせ細った背をさすったり、頭の中で言葉を探すが見つからない。
病室を出ると涙がにじむ。
心に重りがぶら下がっているようだ。

2018年8月9日木曜日

折り鶴

 私は天井から数羽の折り鶴を吊り下げた。
孫と折ったものだ。数日間英語教室のイベントで留守になる。荷物にならず日本の文化を伝えられるものとして選んだ折り鶴。
奇しくも翌日はヒロシマ原爆祈念日であった。
良いタイミングなのでどこの国がヒロシマ・長崎に落としたのかと聞くと「アメリカ」と答えた。そこで、オバマ前大統領が自作の4羽の折り鶴を核廃絶へのメッセージと共に広島市に寄贈したことも教える。
何時か孫にも原爆資料館を見学して核の恐ろしさ、核廃絶の重要性を学んでほしいと思う。

不器用な孫が折ると鶴がクシャッとなるのを少し手直しした。
祈りが込められているこの折り鶴に糸を通して吊り下げた。カラフルで結構絵になる。
孫が元気に帰宅するまでこのままに…


高野山参拝

高野山へ行きました。
いつもの同級生の仲間です。
昨年は台風で行けなかったので二年ぶり。
前日から心が浮き立ってます。絶好の参拝日和。
二台の車に分乗して今回は南回り、つまりいつもとは反対のコースで気分も新たです。
どこを見ても山は緑 緑、日高川を右手に突き進みます。
途中休憩をしたところからは更に一時間半だとお店の人が教えてくれました。
一言いう度に笑いあいます。きっと向こうの車もいっしょでしょう。なんせ9人全員既に心は中学生ですから。

立里荒神へ着きお札を納め新しいのを頂く人や、険しい参道を登ってお参りする人。
私は70歳の時これが登り納めという事にしていたのでお札所のところで待っています。
1200メートルの眺望は幾重にも重なった連山が墨絵のように霞んでいる。
霊場ということもあり空気が違う。この景色を見るたび信仰心のかけらもない私でさえ神を疑わずにはいられなくなる。

昼食は美味しい釜めしを頂く。そして奥の院へ。
せっかくここまで連れて来てもらったのだから、どこまでいけるか本殿まで歩いてみることに、下界とは比べ物にならないくらい涼しく、しかも薄曇り。
休み休みでやっと本殿に到着。お参りを済ませ帰りはやはり腰とか股関節が痛んできたが、弘法太師さまのご加護で本懐を遂げることが出来た。

帰りは甘い物を買いごま豆腐を買いの買い物ツアーですが高野山なのに高野槇がどの店も品不足とはどういう事なのかしら?あちこちで買い足しながら調達しました。

運転して下さってありがとう、計画してくれてありがとう、面倒な会計もいつも同じ方です。ありがとうございました。

2018年8月8日水曜日

立秋

今朝(日付が替わっているので正確には作日)の草取りは風が心地よく、秋を感じるほどであった。
後に立秋だと知った。

うだるような暑さの中で時々吹く心地よい風を「極楽の余り風」というのだそうな。うまいこと言うものだ。
(極楽へ行くとこんないい風が癒してくれるなら行ってもいいかも)なんて思いながら草取りに励んだ。

それにしても暦というのは良く出来ていて、立春には梅の便りが立夏には茶のそして立秋には風が季節の移り行くことを教えてくれる。
いにしえ人は現在の私たちよりも敏感にそんなことを感じ取ることが出来たのだろう。
目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
という和歌を思い出す。
日本中がフライパンになったような暑さが今日を境に少しづつ解消されるといいね。
そう言えば日暮れが少し早くなったことも感じられる。
小さな秋を見つける楽しみが増えました。



2018年8月4日土曜日

帰ってきた

臨海学校からもう帰ってきました。
「楽しかった?」の問いかけに「うん、楽しかった一日経ったとは思えん」と言ってます。
実際一泊二日と言えども24時間くらいですもんね。
ママは「午後休みだからそれから昼ごはん食べさせます」と行ってたけど自分で何か食べたらしくもうお友達のところへ出かけた。
「ママに帰ってきた顔見せな」といっても駄目です。
彼の顔は毎日のゲーム三昧のそれとは別物のようになっていたのは私の独りよがり?

先生方は大変だったでしょうが、元気で楽しかったのは何よりです。

2018年8月3日金曜日

わたしも依存症

悩んでいながらやめられない依存症。
私の場合は甘いものとパソコンのトランプゲーム。
夜中にそのゲームをするとやめられなくなる時がある。
簡単にできるともう一度、上手く出来なければ「このまま負けたままじゃ眠れん」などと呟きながら出来るまで挑戦!

この負けん気が他のことに働けばいいのにそうはいかない。
そしていつしか深夜になっていることも度々。
時計を見て自己嫌悪に陥る。この時間をもっと活用すればあれもこれも出来た筈なのに…と。

今、和歌山県では「IR」誘致が和歌山県の活性化の繋がると言われている。
そんな場所に行くことはまずないが私の性格ならはまってしまいそう。と自己嫌悪の時思う。
今もそのトランプゲームの「フリーセル」をしていたがどうしても出来ない。とうとうあきらめた。
これを機会にしばらくでも「ゲームをやめるね」と猫のキリ子に話しかけた。「またかいな」という顔でそっぽ向かれた。

 いっぱい咲いてくれたのでまた風蘭です。
毎日の暑さもこの花に少し和らげてもらってます。

2018年8月2日木曜日

臨海学校

明日孫たちは臨海学校へ行きます。行き先は由良と言ってた。
それで、今日の登校日に荷物を学校へ持って行き、当日は昼食を家で済ませ、水筒だけ持てばいいようになっているのです。
一泊して翌日にかえって来る短い校外授業だが、友だちどうしは楽しいだろうな。家族で出かけるのとは一味も二味も違った楽しさがあるだろう。

私たちの頃はそういった機会は修学旅行のみであるが、記憶は鮮明に残っている。
東大寺の大仏の大きさに驚き、新京極でのお土産タイムで迷いに迷ってガラスの鹿のブローチ買った事、透き通った鮮やかな青い色の記憶。
その時決められたお小遣いの額は500円であった。
60年も前の事を振り返ると懐かしく彩られてよみがえる。

夏休みの楽しみが大人になった時、孫たちはどんな色合いの記憶を残せるのだろうか。

分散しよう

昨日は息子が休みでした。
息子がいるのなら孫の事を気にしなくていいし晩ごはんも何とかしてもらう積りでした。
だから自分の都合だけで動けます。(付きっきりで世話をしてるわけでもないのですが気持ち的に)
なので、隣の空き地の草取り、やりかけたままの裏庭の遮光ネットを完成させ、又しても生えてきた植木鉢の草取り、少し植え替え、午後はホームセンターへ買い物、墓参りなどなど充実感いっぱいの一日でした。

今朝も空き地の草取りの続きをして掃除機をかけて手洗いの洗濯ものを片付けてと計画していたのに、体が重くて動けません。脚もしんどいです、やる気出ません。
きっと張り切りすぎたのと遮光ネットを張る時、無理な姿勢を続けたのが悪かったのでしょう。

そう言えば夕べはいつものこむら返りがしそうなので薬を飲んだんだわ。今朝は鎮痛剤のお世話になりました。
プールから帰った孫の昼ごはんするだけの午前中、今日も掃除機は置いたままなので床にこぼしたものが散らかってます
こんな時はそれさえ気になりません。

体力は分散して使わないと持たないって事つくづく感じました。
元気取り戻したのはお昼を過ぎてからでした。

焦った!!

このブログを書く時ダッシュボードというところで下書きをしたのを投稿する事になっているのだが、今夜はそれが出来ないで焦ってしまった。
「ブログを始めましょう」という画面が出て来て、新しいブログならここから入力していくのだろうがダッシュボードに繋がる道筋が絶たれてしまったのだ。
なんとかパスワードとアドレスを入力するとこへ行きついたが自分の思っているアドレスでは違います、とつれない返事。夜中なのに滅多に見ない登録証というインターネット利用の時の書類を引っ張り出してアドレスを入れてみると、ようやく完了の文字が出た。
早速試してみるといつものダッシュボードが!!良かった。
でも不思議なことにインターネットエクスプローラからでは繋がらない。
今、これはファイアー・フォックスというところから書いています。不思議だね。
  私は何となく使っている事だけの知識しかないので使いなれない用語が出てくるとその意味さえわからなくってパニクってしまう。
難儀なものです。