2025年7月31日木曜日

津波警報

 昨日は津波警報で これと言うことはしなかったのに疲れた
警報の出た昼間、家族は勤務と学校で私は一人です 普段は一人住まいを気ままに暮らしてるが急に一人と言うことを突き付けられた気がした

都会では電車もバスもコンビニも止まって帰るに帰れない人たちが長い行列で待っていた
気の毒です でも、もしものことを考えて安全を優先したのでしょう

避難途中に車ごとがけから転落して運転していた女性がなくなったというニュース
多分通り慣れた道だったのに避難するということで気持ちが動転していたのでしょうか本当に気の毒です 避難先で熱中症になった人や道に倒れていた人も熱中症だということです
この暑さの中での避難も大変です

35度以上は常識のようになってきたこの頃の夏の暑さに参ってしまいます
これってやはり人間たちがもたらした温暖化のせいなのでしょか?
戦争やってる場合じゃないのに・・・

なにも起きない明日を迎えられることの幸せに感謝しないとね
何か起こった時に思い起こすんだけど、あれが欲しい どこそこへ行きたい 何々を買いたい あれを食べに行きたいって思うことが多くて こんな日に反省しては忘れてます

希望や夢も必要だけど今は平穏が一番と思ってます 

でも朝は草取りする元気が出ません 案外落ち込みやすい自分に気付いてます


津波情報

今朝も早起きして草取りの後シャワーで汗を流す
電話のベルが聞こえるけど一人暮らしと言えどもスッポンポンで 出るのはいくら何でも・・・

その後ヤレヤレと落ち着いたころ突然の警報音に驚く いったい何がおこったん???

スマホで確認すると津波の注意報だった 津波と言えば東日本の時の事を思い出す
でも、震源地は遠くてしかも注意報 大丈夫だよね と自分に言い聞かせて先ずお腹に入れないとと朝食をとる 震源地のカムチャッカ半島って? はっきりここ!って世界地図を指さしできない

それくらい遠いとこなのに注意報が警報に変わり津波の予報が3メートルから5メートルに変わってレベル4になっている レベル4って避難指示?テレビのアナウンサーが興奮した声で逃げて下さい今すぐ逃げて下さい を連呼する
津波の到着時間が示されている和歌山県に津波はまだまだ時間があるが 避難しないと と言うことが具体的に身に迫ってきたような気がする

向かいの方は避難困難者に登録されている(私もだけど私の方が少しまし)新町の避難タワー迄行くのはむつかしいだろうが声をかけてみることに でもドアには鍵が すでに誰かが手助けしたのだろう 次は100歳体操の日で多分こんな日は誰も来ないと思うが今日の体操はお休みですと張り紙をしてきた

その後非難袋ではなくいつものバッグにペットボトルのお茶と買っておいたパンをもって自転車でタワーへ!
なんだか皆降りてくるので声をかけると(一旦帰る)と言うことだった でも私は上る
上には数人と世話がかかりを買ってくれた方がいて水のペットボトルをくれた 避難タワーに備蓄している水分補給のためのものらしい ありがたくいただいて私も水分補給!
このタワーは日陰もあり物品を入れている大きなステンレス製の箱に腰かけられ 風も通るので今は心地よく避難できている 避難袋には(今持ってきてないけど)肌着やら薬やら軍手などを気を付けて入れたけど老眼鏡が抜けている スマホもそれがないと何も見えないのにそれを忘れてる

今朝は50人くらいがここへ来ていたらしい 思ったほど避難者数が少ないと感じた
第2波の方が大きいことがありますとテレビでは言ってるけどいつ来るかわからない第2波を待ってるよりしばらくして家に帰ることに

午後になって各地の津波情報が伝えられる ほとんどが30~40センチ 大したことなくてよかったと思っていたが夜にはどこも朝より夜の報道の方が高い

やはり第2波の方が高いというはずで予報にはなかった大阪や神戸港などに御坊より高い 
自然はなかなか読み取れない

震源地の様子も伝わってきている わが街が震源地になることも可能性としてあるのではと思うとうっかりシャワーを浴びてるのも怖くなる わからないからのんきにしてるのだけどせめてもう一度あの非難袋調べてみようと思っています


2025年7月29日火曜日

三日月に射抜かれる

 窓を開けたら胸に飛び込んでくるような美しい三日月が!

望遠レンズもないのでその三日月を大きく映すことは出来ないのはわかっているけどスマホで写さずにはいられなかったのです

いつもならトリミングして上下の要らない部分を切り取るのだけど今日は違うの!
私にとってやっとできたスマホの写真を自分のパソコンに送る方法!

このパソコンにアドレスがなかったとか? 息子が長いこと取り組んでできるようにしてくれた よかった‼



2025年7月28日月曜日

教養講座

 土曜日は教養講座の日でした 講師はシンガーの木山佑策さん「ホーム」で有名になりました

いつもその日の講師と一緒に記念写真を撮ります 私も教養講座の役員の一員なのです
思ったより背が高くて、とっても気さくで腰の低い方でした
家庭でもこの雰囲気は一緒なのだろうと思いました

35歳の時甲状腺がんになって手術を受けるとき手術が無事にすみ声が回復出来たら歌手という夢に挑戦することを決意する

その後その夢が折れそうになった時、作曲家多胡邦夫の目に留まり「ホーム」であこがれのメジャーデビューすることになり、その年には紅白歌合戦にも出場を果たす 

夢をあきらめないでと自分の体験を語る 会社員、小説家、バンドでのボーカルなどを経験したことを交えながら その後歌ってくれた


涙そうそうをはじめ6曲も聞かせてくれた 歌の力のすばらしさは歌が始まるとホールの雰囲気が一変する 曲によって静かにうっとりと聴き入ったり、また会場全体が手拍子に包まれたりと会場全体が和やかさに包まれた 講演後は「よかったね」の声があちこちで聞かれた

どの曲もその人生を乗り越えてきた深みのある歌声であった
そして、あきらめないという力をもらったのは私だけではないような気がしました


2025年7月26日土曜日

昨日の作品

 昨日のアッパッパです

縫うのも失敗続きだったけど、この写真夕べの文に間に合いませんでした

日付順に入ってるはずの写真が見当たらないのです 一瞬 自分が写したのは夢だったのかと思ったほどでしたがよくよく探してやっと見つけました SDカードをカメラに戻す時、日付をうっかりしていたのです この頃こんなうっかりが頻繁に起こる

自分を叱りたくなります やっと見つけたのがこれです
全体がぼんやりしてるでしょう でもせっかく作ったのだからここにあげときます

次縫う時はこの失敗を肥やしにして、型紙の補正などしたいと考えています が何時のことやらです


浴衣をリメイク

浴衣のリフォーム

 いつもはズボンのウエストを広げたり縮めたりの針仕事ですが、久しぶりに浴衣をアッパッパにしてみました

ネットで調べてみるとほとんどが着物の形を生かしたもので背縫いも肩もそのまま利用するのが多かった
私は浴衣の生地を利用して洋服の型紙を使って仕上げてみたいと思う

生地は昨年ほどいておいた浴衣です
縫う前から気になっているのはその柄ゆきです

うすいピンクの地色に細い少しだけ濃いピンクのライン ところどころに小さな四角の濃いピンクの模様がある 離れて全体を見るとうすいピンクもほとんど白の無地に見える

ぼんやりしてるこの浴衣、ものになるのかなぁ 思いながら裁断していく
何年振りかの縫物なので失敗続き やっとできたけど何度も縫い直して思った以上に時間がかかった
出来上がっても何のメリハリもないしろっぽいピンクのアッパッパ 昔は必ず背中につけたファスナーも今回は前です だって背中に手が回りません
何より大きなミスは胸のダーツを忘れたことです

型紙にはダーツつけてたのに縫う時に忘れてずーっと後迄気づかなかったのです
脇のダーツを縫わなかったので前と後ろの身頃の長さが違うのにその時も気づかないうっかりミス 途中で着てみてもなんだか薄っぺらく感じるのはこの色のせいだとばかり思っていた

出来上がり間近になってやっと気づくももう遅い 苦肉の策を考える

ウエストの一部にギャザーを入れる 首元へ共布の花をつけることを思いつく

どうでしょう少しは立体感が出ました
布は他にもまだあります このことを教訓に型紙に手を加え布地ももう少しはっきりしたのにしたいです 失敗ばかりだけど 縫物は母に似てるのかも好きです



2025年7月22日火曜日

選挙立会人

 昨日は選挙の立会人と言うことで一日座ってきた
女性三人の立会人です お互いもともと顔見知りだったし 何度か経験しているのですっかり打ち解けてます

たいがい、会場に人がいない時に読もうと思い文庫本を持っていくのだけど、誰かが投票に来られた気配がすると膝の上にのせたりするのでなかなか進まない
それでも何か読むなりしないと、することがないのは辛いのです

長谷川町子さんのさざえさん、特集号を見せてもらった
年に春夏秋冬にこの特別号が出るらしい

昭和特集と言うことでそれこそ昭和のサザエさんオンリーである

よくこんなにアイディアが出たものだと思うほど楽しめました
大きな風呂敷包みのドロボウが登場したり 銭湯では脱いだ衣服をかごに入れて床に並べて置いたり、その衣服をドロボウに持っていかれたり、また台風が接近するというので自宅の窓や入り口に板を×印に雨戸に打ち付けたりと「そうやそうや、こんなんだった」など心の中でニヤニヤする場面のなんと多いこと

ほのぼのする場面ばかりです

最近令和の世の中は

殺人事件のなんと多いこと、人の心も殺伐としているようだ

この作品集はそんな事件は無くて私が小・中学生だったころの時代背景のことを集めた4コマ、6コマの漫画なのでどこから見ても面白い
で、私は始めから読み始める このころの空気感迄伝わってくる
空気も笑いもとっても健康的に感じる

そんな昭和に少しだけタイムスリップしました
でも、立会人としての役割もちゃんと果たしたのは言うまでもありませんよ 



2025年7月18日金曜日

7月18日

 今日は昭和28年の水害の日ですね

私は小学1年生でした 大雨の中登校していると帰宅しなさいとの連絡(どんな連絡の仕方だったのかおぼえてないけど)とにかく帰ります 雨脚が強く叩きつけるような振り方だった コンクリートの道路にはごみや埃もなくただ透き通った水が歩くたびに長靴の甲の部分にあたるのをなぜか記憶している

あれから71年だそうです 折しも今日の日高川は数日来の大雨で水かさが増し泥色です
あの日もこんな色だったのでしょうね 

わが家(実家)は流されなかったけど避難先を転々と移り数日後帰って来た時は 家財や家業の米もすべて水没していた 倉の二階での生活が始まる
倉は暑くて小さな窓が高い所に一つだけ、しかも物置なので あるのは古い空き俵や使わないガラクタばかり 今では考えられないけどイエダニやと母が言ってたがとてもかゆかった 
とにかく水没した米で炊いたご飯はとっても臭かったけどそれでも食べた

数日後自衛隊が真っ白な握り飯をくれた その白さと味が今も鮮明に記憶している  ありがたかったです みんなが同じような状態だったので我慢も出来たのでしょうね

復興はどのようにできたのかいつ頃 元の暮らしに近い生活が出来たのか覚えてないけどとにかく私は今日まで生きてこれたことに感謝し、水害で犠牲となった人たちのご冥福を祈る日なのです


 

2025年7月16日水曜日

桃太郎の桃

 この前頂いた桃をそろそろかと切ってみた

店頭に並んでるのより見た目は少し負けてるような気がしたがおいしさはびっくりするほど濃厚で甘い、施設の職員や利用者さんたちが育てたと言ってたけどお世話の結果がでている

甘さと少しの酸味何と言っても味が濃い改めて御礼言わないとね

桃栗三年柿八年と言うけど おいしくなるまでにはもっと年月がかかるかもしれない
それにどれも好きな果物 季節ごとにおいしい果物がある何て幸せですね

これからは育ててくれた人のことを思い浮かべながら頂かないといけないですね

エアコン

 今朝は調子よく動いていたエアコン、

100歳体操に行くまでに仕上げておきたいことがあってパソコンの前で懸命に仕事した

やれやれ、時間を見るとちょうどよい 安心して立ち上がるとヤタラ暑い???
エアコンはついてるはずなのに???あれ?

ちっとも涼しくないじゃない こんな日に限って・・・
とりあえず体操に

息子に訊けば一度コンセント抜いてしばらくして差し直すくらいしか分からない それでだめだったら修理を頼むしか と言う

帰宅して取説見るとコンセントの差し直しがあるのでしてみたら、少し動いたけど直らん

そこで急遽エアコンの掃除をする、この暑い中で!

掃除は時々するが取説見ながらでないと・・・
自動で掃除するというブラシとホコリをためるとこもそれほど汚れてないので掃除機で

次はフィルター ここも言うほど汚れてないので掃除機で大丈夫!

元に戻して祈るような気持でスイッチON! 
しばらくしたら動き出して 涼しい風が出てきた 一時的に直ったのかもしれないけどとにかくうれしい💛 

ここのエアコンは一年間で使わない日は数えるくらいしかないと思うほど使用率が高い かれこれ10数年になるからもしかしたら・・・

そういえばこの前の浄化槽のポンプも寿命だと言われた もう少し待ってよね

蝉の声

 今年は梅雨が明いても蝉が鳴かないという

そういえばまだうるさいほどのミ~ンミ~ンが聞こえない
春先にはツバメの飛来も少なかったような気がした

こんなに暑いし、やっと久しぶりの雨と思ったらめちゃくちゃな降り方するし・・
日本の正しい夏はどこへ行ったのだろう

と思ったら今朝、蝉の声が聞こえてきた向かいのお宅には樹木があるのでそこで泣いているのでしょう なんだかうれしくなった

裏へ出ると小さなセミの抜け殻が三つ葉っぱにくっついていた ここでも羽化したのだろう
それにしても小っちゃい蝉だね

日本の気候は最近どうなってるのだろう 私たちが温暖化に加担してるのかしら?

でもエアコン使えってテレビは言ってるしこの暑いのにうちわじゃ対処できないよ

ちょうどよい降り方の雨を待ってます

京鹿子娘二人道成寺

京鹿子娘二人道成寺の映画を観に行った
坂東玉三郎と尾上菊之助が二人の花子(実は清姫の化身)を踊ります

道成寺で鐘供養があるので是非拝ませてほしいという
所化と言う修行中の若いお坊さんたちは白拍子であるならば、舞いを舞うならと言うことで許してしまう

この時小さな木戸があって花子はまだ木戸の外なので赤い花緒の草履をはいているが許されていったん袖に入って改めて出てきたときは草履ははいていない、境内の中に入ったことをこんな目立たない演出で表現しているのだ

とにかく次々に長唄や地唄や鳴り物に合わせて華麗に舞う花子の踊りは美の世界に誘われてうっとりします
二人で舞う花子、ある時は二人が合体したかと思うほどぴったりでまたある時は一人が分身したかのような舞い姿 何よりも衣装の早変わり、重ねた衣装を引き抜きと言う手法で一瞬にして衣装が変わる 何度衣装替えがあったのかしら

また、素人の目から見ても息をのむような美しい所作の数々、ただ歩くだけでも滑るような動きです
あの重い衣装を着けて体をそらすシーンでは思わず息をのみました

色とりどりの衣装や小道具で見る物を飽きさせません
映画なのに本物の舞台を見ているような時間でした

ラストシーンは「鐘に恨みは数々あれど・・・」やはり清姫の怨念が鐘にとりついてすさまじいまでもの形相で二人花子が鐘に巻き付きます

美しい物を見ると目が喜びます 日本の文化にじかに触れたようなひと時でした

2025年7月12日土曜日

桃太郎の桃かも

 

こんな立派な桃を頂きました、 高齢の方々が育てた桃だそうです
葉っぱ付きのさっきまで木で実っていた桃です

後、2~3日置いた方がおいしいらしいので明日ごろかなって思っています

丹精込めてお年寄り(私もかなりのお年寄りですが)が育ててくれたのを頂くと元気も頂けそうです

何だか桃太郎の昔話に出てくるような元気な色してます 
食べるのもええけどあまりに写真写りがいいので このまま飾っておきたい気分です

豊かって?

 豊かって何?テレビ見ていてふと、こんな疑問が芽生えた

どこかの村はもう人口が減って、その終末が見えてきたぐらいの小さな山間の村であった

ところがここ数年移住者が増え、間伐材などを使った産業も出来てきて、村は活気が復活しているという

詳しく見てなかったが、家族で移住してきた家庭のいく組かを紹介していた

そんな中、村の大部分を占める森林から出る間伐材を使っておもちゃや小さな家庭用品などを作り、また村の人々のやさしさが移住してくる人たちを迎え入れているそうだ

「村の環境が子育てにも良い」などとの声が聞こえる

便利で何でもすぐ手元にあるし何事もスピーディに済ませることが出来ることはもちろんいいことだが、そんな便利さに少し疲れてきたのかしら?と勝手に思ってます

そんな中、どこまでも青い空が広がり、緑の山々が涼やかな風を運んで来、のどかな田園風景にいやされる豊かさを求めるようになったのでしょうか?

便利がすぐそばにある、ビルに囲まれた交通の便も申し分がないのも豊かな生活の条件です
先日、淡路島に行ったときふと海峡を挟んで橋一つ越したら景色が一変するのを見て思いました

どちらがいいとは答えにくいですが、両方ほしいですね

年齢とともに、動作がゆっくりしかできなくなったこの頃、大勢の中で皆と歩くスピードを同じにはできなくなり、選挙の演説の声も早口では聞き取りにくくなって来てます

社会のスピードからほっていかれそうですが自分なりの豊かな時間で行きたいものです


2025年7月7日月曜日

淡路島 再び

 淡路島でのお買い物はここが最後になります
またお土産を買います

私も普段より財布のひもは緩みっぱなしです
いつも色々頂く近所の方やお土産上げたい方を思い出しながら買います
美味しそうなものを見つけたらつい手が伸びます 鯛の炊きごみごはんの素と言うのがあって晩ごはんの献立にとこれも買いました

淡路島を離れ神戸に戻るとそこはもうビルと工場の街です
帰りのバスの中で久しぶりに小学校と中学校の校歌を歌いました
ちゃんと歌詞のプリントを配ってくれてお世話様です
その後  はまぼう学園で歌謡クラブの先生をしているY君が歌ってくれてミニカラオケ大会で楽しみました

いつもそうですが行きより帰りの方がすぐに着くような気がします
いっぱいしゃべって、お腹いっぱいにおいしくいただいて、歌って笑って楽しさもいっぱいでした でも、忘れ物したり歩くのが昔のようにさっさと歩けなかったりで年齢的なこともありますがみんなで補いながら協力し合いながら 同級生ならではの繋がりのありがたさも味わった旅でした 御坊についてもまだまだ日は高くもっと一緒に居たかったです

そうそう反省会??も後日することになっています これも今から楽しみです


七夕笹飾り

 先週の100歳体操の後の10分サロン(今 勝手に名前つけました)で
七夕の笹飾りを作りました 
あらかじめ笹は私ともう一人の方が見つけてくれた場所で2本用意して飾り用の色々のくさりや網 西瓜などとっても上手に作ってくれていて笹につけておきました(彼女のアイディアはいつもホントに素晴らしいのです)
それにみんなに短冊へお願い事を一つか二つ書いてもらって笹に結わえます

時間は10分よりかかったけど楽しみながら童心にかえって楽しみ最後に七夕の歌を歌いました 

ちょうどスマホで七夕の歌を検索したメロディーを流してくれる人もいてみなで歌いました   

出来上がった笹飾りをお宮さんでお焚き上げします
明日、また二人で行って水曜日に報告することになっています

皆が書いた短冊そっと読ませてもらったのですが
自分の足や腰が治りますようにと言うのもありましたが 家族の健康、世界の平和
などを書いているのも多くありました
さすが人生を長く歩んできた方々は穏やかで優しさあふれた言葉です



2025年7月6日日曜日

美味しいことは幸せです

 さてお楽しみの昼食です 

私たちも広い部屋にごちそうが並べられたお部屋に案内されました
私たちもっていうのは他の団体様も隣の部屋でお客さんの用意万端が二部屋程用意されていました 昼食は皆さん同じ時刻になるのでお店の人は大わらわでしょうね

さて、ごちそうの手前中央にはカルパッチョがさあどうぞ!と言うように新鮮なおさかなが光っています 鯛と他のおさかなに細切りの野菜がさっぱりとおいしかった

そして淡路牛のしゃぶしゃぶ、これがまた絶品で柔らかい霜降り肉がとろけるようでした、そうそう、冷や麦も冷たくて程よい腰があっておいしかった これには名物の玉ねぎが麺の中にすりこまれているそうです 玉ねぎの味も匂いもわからずにつるつるっと流しこみました のど越し過ぎれば何とやら 献立のすべては思い出せませんがにぎりがとってもおいしかったです 一度にたくさん食べられないのでバスの中でいただきましたが とても新鮮なネタと酢飯の味がおいしかったです
米不足の昨今、大勢においしいご飯を提供するのは大変だろうなと思いながらほおばりました

次はこれも楽しみなお土産屋さんです、 大鳴門橋記念館という名前なので橋についての色々な資料や写真が展示されているのかと思ったのですが大部分はお土産屋さんです

吊り橋が見える展望台から橋を見下ろしました、良いお天気でしたが少し曇っているのか霞んで見えましたがこの橋が淡路島と神戸とを近く便利にしてくれたのです
同じ兵庫県なのにとても遠い存在だったのでしょうね 

高いビルが林立するのとのどかな田園が広がる場所、どちらが良いかと言われても答えを出せません 両方あってこそが豊かな社会生活があるのでしょう

お店の中はどっち向いても玉ねぎ玉ねぎまた玉ねぎです もちろん海産物の加工品も色々あって玉ねぎの入った天ぷらとタコが入ったのと買い、おいしそうなクッキーもゲット!それにちりめんをぺしゃんこの御煎餅にしたのも買いました
骨量が不足の私にピッタリです

 また別のお土産屋さんにも寄るのでそこも楽しみです

2025年7月5日土曜日

商売繁盛

 八浄寺のご法話、You tubeではとても楽しそうな様子でしたが、商売上手のご法話でした、立て板に水の説明は感心するばかりです

八浄寺は真言宗で淡路島の七福神霊場の総本院という由緒ある寺院でさすが、お庭には石づくりの七福神の皆様がくつろいでいらっしゃいます

本堂には高さが2メートルもある大黒様が私たちに豊かな笑みで包んでくださいます福を授けて下さるというお参りの時の言葉を教えて頂きましたがもうすっかり忘れてしまいました

こんな信仰心のうすい私は期待するのは厚かましいですね
でも、こうしてみんなとここにお参りできたということこそが特大の福なのだと勝手に幸福感に浸っています

次はお楽しみのお昼ご飯です 一般的な団体バス旅行のお昼より少し豪華な昼食と言うことでとっても期待してます


2025年7月4日金曜日

淡路 八浄寺

 鳴門の渦潮が見えたらうれしいけど明石海峡大橋を渡る時は海面がなんだかざわついて小さな渦の始まりみたいなのが見えただけで残念でした

橋を渡りしばらく行くと水田や山が沢山あり橋のこちらと向こう側ではこうも景色が変わるのかと感心しました それほど橋がなかった時代はこの海峡が人々の往来を受け付けなかったのでしょう

間もなく八浄寺というお寺で楽しいご法話を聞かせて頂くというのです
すぐ近くに駐車場があるのはうれしいね

目の前にそのお寺や朱塗りの経典なんか入ってるのでしょう高野山にもあるあれが見えたのですぐそこへ行けるのかと思ったけどず~ッと回って山門が迎えてくれました

その境内を巡る土塀の瓦には八浄寺の文字が入った素晴らしい瓦です 流石、瓦でも有名な淡路島です その下は一般的には土塀でしっくいのが多いですがここのは石造りです

しかも平面的な塀ではなく丸みのあるふっくらした三段の石でしかも2メートルくらいの区切りのとこまで石には継ぎ目がのです そんな塀がしばらく続きます
参道もすべて美しい石でとても歩きやすいです
どこをとっても立派なしつらえですのでまた次に紹介します

2025年7月3日木曜日

1ヵ月もご無沙汰です

 1ヶ月も休んでしまいました

前回は6月1日で終わってて自分でもびっくりのご無沙汰です
6月30日には前から計画していた中学時代の同級生たちと淡路島へ行ってきました

その間の1ヶ月はこのことの用意もあったけど自分の仕事や行事や計画が詰まって、時々その日にちがこんがらがって頭の中に湯気が立ってるみたいな日もありました

それと言うのも、ここ数年前とは体も心も違ってきているのを実感しました
あれとこれを同時進行できなくなり失敗したり気持ちだけが焦ってイライラしたりです

言い訳より淡路島です 
淡路と言えば玉ねぎと渦潮それにコアラとかサッカーのなんとかの拠点とかも聞いたことがあるけどおいしいものもたくさんですね淡路牛 ハモ 鯛にタコなどなど

それに最近テレビで淡路島がよく紹介されていますね

当日の出発は7時と言うことで寝坊しないように目覚ましをかけておいたけど早くから目が覚めたのはうれしくて仕方なかったからです

参加者は20名ですが大型のバスにゆったりと座っていけて有難かったです
トイレ休憩しながら最近の同級生たちのことや恩師が100歳のお誕生日を迎えても、なおお元気な様子など悲しいこともうれしいことも織り交ぜて紹介してくれました

こうしてみんなと一緒にバス旅行できることの幸せを改めて感じました
とは言え、みんなそれなりに動きがスローです 私ももちろんしばらく座って今度立ち上がるのにしばらく動けません、バスの乗り降りも手すりがあればこそ 時間がかかるけどいつの時も笑いが絶えません

「シートベルトを締めましょう」と言うので皆締めようとするのですが中には隣席のベルトと間違えて自分のほうに差し込もうとして、ああでもないこうでもないと言って、やっとできてまた皆で面白いと笑い心はすでに中学生です

今夜はここまでにしておきますが、末永くよろしくお願い致します

時々勝手に長く休むこともあろうかと思いますが元気なうちは細々と続けたいと願ってます