今日は昭和28年の水害の日ですね
私は小学1年生でした 大雨の中登校していると帰宅しなさいとの連絡(どんな連絡の仕方だったのかおぼえてないけど)とにかく帰ります 雨脚が強く叩きつけるような振り方だった コンクリートの道路にはごみや埃もなくただ透き通った水が歩くたびに長靴の甲の部分にあたるのをなぜか記憶している
あれから71年だそうです 折しも今日の日高川は数日来の大雨で水かさが増し泥色です
あの日もこんな色だったのでしょうね
わが家(実家)は流されなかったけど避難先を転々と移り数日後帰って来た時は 家財や家業の米もすべて水没していた 倉の二階での生活が始まる
倉は暑くて小さな窓が高い所に一つだけ、しかも物置なので あるのは古い空き俵や使わないガラクタばかり 今では考えられないけどイエダニやと母が言ってたがとてもかゆかった
とにかく水没した米で炊いたご飯はとっても臭かったけどそれでも食べた
数日後自衛隊が真っ白な握り飯をくれた その白さと味が今も鮮明に記憶している ありがたかったです みんなが同じような状態だったので我慢も出来たのでしょうね
復興はどのようにできたのかいつ頃 元の暮らしに近い生活が出来たのか覚えてないけどとにかく私は今日まで生きてこれたことに感謝し、水害で犠牲となった人たちのご冥福を祈る日なのです
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