2015年6月20日土曜日

コントラバスとトライアングル

17日のコラムに<オーケストラでコントラバスは合奏の底を支え、主旋律を奏でることはあまりないがバスがあるとないとでは音楽全体の重さと幅が違ってくる>とあった。
コラムが伝えたかったのは他のことで、音楽にたとえていうなら、一見無駄そうでも全体の重さと幅を支えるものがあるということであった。

私はなるほど!とひざを打った。そしてまだあるよ、案外聞きのがしそうでスパイスのような音源が。
打楽器の存在だ。
トライアングル、鈴などの小さな楽器。
コントラバスが全体の重さと幅を支えるなら後者はさしずめ全体を引き締めアクセントを付け、調和を整え豊かな味わいを醸しだすスパイスのような存在ではなかろうか。
たまにその澄んだ金属音が聞こえると雲間から射し込む一条の光あるいは、寒空の星のまたたきを見るような気持ちにさせられる。

もっと若い頃はそんな音には気付くことはなかったように思う。
しかし最近は効率も大切だけど一見無駄そうで、愚鈍でも大事にしたいものが増えたような気がする。
今、スメタナの「モルダウ」を聴きながらゆったりした調べの中で時々聞こえるトライアングルの音色はモルダウの水面にきらめく光なのかなと見たこともないその河に思いを馳せている。

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