2017年5月24日水曜日

三木清

人生論ノートを読もうとした。
物置のどこかに文庫本かがあった筈だが、手近な青空文庫を開く。
全119ページのスラスラと読めばすぐに読み終える程度のものだが、どっこいそうはいかない。
昭和16年8月発行とあるが底本は三木清全集昭和41年とある。
その頃はまだ漢字は旧字体で仮説は假説だし身体は身體、扱ふ、正確にいふとさうではない。というようにとても読みづらい、そして内容が内容だけに固くて戦後生まれの私には消化不良になっている。
体当たりで読もうとしてもその内容は噛み砕いても噛み砕いてもこなれないのだ。
同じ昭和といっても時代の隔たりがあることを如実に見せつけられた思いである。
「死について」「幸福について」「習慣について」「虚栄について」など今の私達にも身近なテーマであるにもかかわらずその入り口は狭くて固い。
なかなか近寄りがたい本である。
これから先も人生の宿題として引きずっていくのかもしれない。

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