2011年12月2日金曜日

幸せ?  不幸せ?

「エホバの証人」活動の人がくれた冊子に「私たちは世に何かを携えて来たわけではなく、また何かを運び出すこともできません。ですから、命を支える物と身を覆う物とがあれば、わたしたちはそれで満足するのです。・・・・・とありました。幸せの尺度は満足の尺度と自分では解釈しています。
人によってその満足の度合いは大小あるだろうけど、手の届く範囲で満足を感じる方が幸せ感を
味わい易いのでは、しかし、教えて欲しい、望みや希望、目標を高い所に持つのはいけない事なのかしら?

2 件のコメント:

  1. ワタクシは自称・<エクボの笑人>ですが、この世は仮の世とはいえ、日々の生活、はたまたウット苦しい人間関係、金に追われる、ゴキブリに追いかけられる・・・といった煩わしさに絶えずさらされ、心の休まるひまがないというのが、その実体です。けれども、そういうものをかきわけかきわけ、全てのことに<感謝>をしながら生きてゆくというのが、正しい人間の在り方だと思われます。(ワタクシはようしませんが)
     それ故、貴女は今この時から、ワタクシに感謝しながら強く生きていってください! <エクボの笑人>はきっと貴女を見守ってくれるでしょう。
     欲望については、<エベレストのごとく!>高い志をもって階段を一歩一歩登るように日々を歩き続けてください。

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  2. エクボの笑人さんへかほる2011年12月3日 20:15

    <エクボの笑人>様有難うございます。名回答、感謝感謝です。欲望、もしくは目標はとてもエベレストなどは程遠い。
    貴女ん家の金木犀峠でぜいぜい言うたの知ってるでしょう?
    夕べ寝る前古川聡さんのツイッターについて書いたのがまた無くなってんの、全く頭きちゃうよね!

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