2023年1月29日日曜日

市民教養講座 2

私をテレビなどでみていても実際に見るのは初めての方が多いと思います。
と皆の心を惹きつけて「私の事をみなさんはきれいな洋服や宝石で着飾ってなんてラッキーなと思っているでしょうが私は人の3倍勉強し、人の3倍努力をし、人の3倍苦労もしました。
睡眠時間を削って・・・」

東京生まれで、戦時中はあの、東日本大震災の浪江に疎開していたそうです。
母は背中が曲がって不自由な体で3歳の弟をおぶって4歳の私の手を引き空襲警報に怯えながら竹藪へと逃げ込むのですがよそ者の私たちには来るなと言われ、空襲警報が鳴りやんだあと誰かが母を殴ろうとした時4歳の私がお母ちゃんを殴ったらダメ!と立ちはだかったのでその人は手をおろした、その時自分が母と弟を守らなければと言う思いが芽生えた。

終戦後東京に帰り、何もないところから生活を始めるのだが、近くにアメリカ兵の宿舎があり外国人と接する機会が多かったこと、英語を学びたくて勉強したことが後のデヴィ夫人の人生に多くの幸運をもたらすことになる。

千代田生命に就職できたこともスカルノ大統領との出会いの時もこの英語力が多いに味方になったこと。

しかし言葉もわからないインドネシアに行くことの不安もあった、幸せな生活もクーデターや政変でパリやニューヨークに移住し、何よりも母や弟の死、そしてスカルノ大統領との永遠の別れなどの苦難を乗り越えてきたそうです。

高齢になっても感動する事を忘れてはいけない。花が咲いてきれい!、小さな犬を見て可愛い、音楽を聞いて、本を読んできれいな景色を見てなど感動はどこにでもある。

その感動を忘れたら「生きた化石」になると私たちに喝を入れてくれた。

社交界の華やかな話かと思ったが華麗な人生の影にも色々な試練があった事を学べて良かったです。生きた化石にならない為に心を柔らかくしなければね。

0 件のコメント:

コメントを投稿