2018年2月26日月曜日

おらおらでひとりいぐも

立ち寄った書店で奇妙なタイトルの本を手に取ったのがこの本だ。
芥川賞受賞作、63歳の新人。新たな「老い」を生きるための感動作 と腰巻に書いてある。新たな老い、ってそれだけで引き寄せられそうじゃない。
私の老いの道程はどのあたりだろう?この先どんな道を歩むのだろうと漠然とした不安がないわけではないが見たくないものからは目をそらす、蓋をする、なるようになる、その時ゃその時。打ち消しばかりの道程なのだ。
カバーには赤茶けたいかにも昭和の匂いのする襖とその脇に二階へ続くこれまた目を凝らさないと分からないぐらいの暗い茶色の階段がある。どこもここも手垢が染み付いたそれでいて懐かしい温かさがある。迷わず買ってしまった。
書籍を買うのは特別なよろこびがある。
新しい洋服を買った時の華やぐような嬉しさとは別物の感覚。 何年振りだろう。
著者は若竹 千佐子という。
あいやぁ、おらの頭(あだま)このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが
どうすっぺぇ、この先ひとりで、何如(なんじょ)にすべがぁ
とのっけから東北弁丸出しの言葉に吸いこまれそうになりながらページを繰る。主人公は意外にもかわいらしい名前の「桃子さん」。
桃子ではなく桃子さんなのだ。
文体は至って易しい、しかしその東北弁はしばしば紀州弁に翻訳しなければならない時がある。
大抵は読み終わった後で作者の人となりなどを読むのだがこの人物何処の生れよって疑問が湧きあがり後ろのページを読む。岩手県遠野市生まれだって、なるほどなるほど。
今夜はもう遅い。話は次回からね。

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