2018年5月23日水曜日

そのまた続き

周造の死を悲しんでいるが喜んでいる自分もいると感じた桃子さん。喜んでいる心を底の底に隠し続けていたのが今浮上してきたのだ。

おらは独りで生きてみたかった、思い通りの我の力で生きてみたかった。それがおらだ。おらどいう人間だった。なんと業の深い人間なんだと思いつつもおらは自分を責めぬ。責めではなんね。周造はおらを独り生がせるために死んだ。周造のはがらい(はからい)なんだ。
これが周造の死を受け入れるためにおらが見つけた、意味だのす。
1人は淋しさが道連れの時もあるとその女性に言おうとしたが呑み込んだ。

独りがいい、独りは気がそろうとぶつくさ言う女は腰をかがめた後の自分であった。

そして桃子さんは新しい生き方を見つけたのだった。
脚は相変わらず痛む。しかしこの痛みを凌駕して余りある究極の安心を得た桃子さん。坂を登ったところに目指す亭主の墓があった。墓と一緒に空を仰ぎ遠くの海を見る。そして弁当を。
思いがけなく墓のそばに赤く熟れた カラスウリを見つけ独り笑う。この笑いはこみ上げる意欲だ。おらはまだ、おわっていない。と自分を発見する。

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