2013年5月22日水曜日

食事と終末医療

大阪のホスピスが末期がんの患者に生きる力になるとのことで、週に一度何でも希望する食事を叶えると言う取り組みの番組があった。
ある人は二年半ぶりにバッテラを食べ
「四切れは無理と思てたけどみんな食べたよ」と顔をほころばせ、家族が「目の力が違う。うれしい目をしてる」と言ってた。

また別のもう言葉もはっきりとは聞き取りにくいくらい体力が落ちている患者は腸から直接栄養を摂っているにもかかわらずすき焼きを希望した、「十歳年下の妻に自分が口から食事しているところを見せたい」との想いからだ。
病院は二人の為に和室も付いてる広い部屋を用意し
まるで料亭にいるような雰囲気の中で、ふたりで鍋を囲み幸せな時を過ごしたと言う。
本人は豆腐を一切れ口にしただけだったらしいが・・・
ほどなくして亡くなりその妻がその時の様子を語っていた。

「あなたが食べられへんのに私ばっかり食べて悪いな」と言ったら
「お前、いっぱい食べや。わしに気兼ねせんといっぱい食べや」と言ってくれたという。
私は涙が溢れた。
彼は自分の残り時間がいくばくも無いのを知ったうえで妻の喜ぶ顔を見たかったのだろう。
どの人も自分が苦しい状況にいながらも家族のことを思いやり、病院のスタッフに
「わがままきいてくれてありがとう」とお礼を言っているのをみて、食事ってほんとに大切だなと改めて感じた。

私事ですが、夫もその時を迎える数日前、痛みが無く意識もはっきりし、言葉も聞き取りやすい日が一日だけあり、これからのことや元気にしてた頃の話、お互いにありがとうを言いあって、
「今日はいっぱい話が出来てうれしかったよ」というと
「わしも幸せやったよ」と思いもよらぬ言葉が・・・
そんなにたくさん話したことを息子は信じられないと言いますが神様が私たちに下さった奇跡の一日だったと思って今もその時の会話が心に支えになっているのです。

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